待ち望まれていたその知らせは、突然もたらされた。
【動画】中国短期ビザ免除を再開 4年8か月ぶり 往来活発化に期待 懸念の声も
11月22日、中国外務省の定例会見での3問目のやり取りだ。
中国国営テレビの記者が、「ビザ免除の対象国を増やす検討をしているか?」と質問を投げかけ、報道官がおもむろに答え始める。
「中国はビザ免除国の拡大を決定した。ブルガリア、ルーマニア、クロアチア…」と、中部ヨーロッパ諸国の国名を8つも列挙したあと、9つ目に「日本」を挙げたのだ。
2023年1月のコロナ収束以降、日本政府がずっと求めてきた「短期ビザ免除」の復活が、ようやく発表された瞬間だ。
中国便り28号
ANN中国総局長 冨坂範明 2024年11月
■「ビザ必要」で感じる不便 トランジットビザで渡航の裏技も
コロナが収束した後でも、中国は日本人への「短期ビザ免除」を頑として認めてこなかった。中国人にも同じ内容のビザ免除を求めるべきだという「相互主義」がその理由だ。
結果的に、訪問にビザが必要な状況が続いたことで、中国にいる日本人には様々な不便が生じた。私は単身赴任だが、風邪をひいて寝込んだ時など、ノービザなら家族にすぐ飛んできてもらえるのにと、切実に思ったりもした。また、会社の設備が壊れた時など、専門の技術者にすぐに修理を頼みたいところだが、ビザを取っていたら来るのは1カ月後となってしまう。
ただ、そんな時でも裏技はあった。「トランジットビザ」を活用する方法だ。中国政府は乗り換えのため空港を利用する場合、144時間までは一定地域内の滞在を許可していた。例えば、東京から上海を経由して香港に行く場合、144時間までは上海近郊に滞在することができる。もちろん、直行便に比べて時間も費用も余分にかかるため、なかなか気軽には使えない方法だった。
■ビジネス界にとっては“念願” 日本からの投資も期待?
今回、中国政府が「短期ビザ免除」の復活を決めた最大の要因には、長引く景気低迷があるだろう。日本との往来を活性化し、投資などを呼び込みたい目論見だ。
また、来年1月のトランプ大統領就任をにらんで、日中関係を安定させたい思惑もあったとみられる。
私は“解禁”前日の11月29日、北京で開かれていたサプライチェーンの博覧会で、日系企業を取材したが、「ビザ免除」を歓迎する声が多く聞かれた。
日本の部品メーカーで働く中国人女性は、「本社の社長が営業や視察で中国に来やすくなる。ビザ申請の手間とお金がかからなくなるので、日系企業にとっては大きなチャンスだ」と声を弾ませた。
また、別のメーカーの責任者は「タイムリーに本社の支援を得ながら、営業活動ができるのが最大のメリット。経済が落ち込んでも、やはり中国市場は狙うべき市場だと考えいている」と戦略を語った。
日本企業の海外進出を後押しするJETRO北京の森永正裕次長は、「ビザ免除」は日系企業の“念願”だったと強調した。
「例えばいい日本酒を作っている酒蔵が地方にあっても、領事館がない場所ではビザを取るのも一苦労だった。これからは航空券だけ買えばすぐ中国に来て、実際に売る相手の生の声を聴くことができる」と強調する。
さらに、「ビザ免除」でビジネスでの往来拡大とともに中国側が期待しているのが、日本から中国への観光客の回復だ。
■10分の1まで落ち込んだ日本人観光客 「ビザ免除」効果は?
北京で有数の観光地、天壇公園。「ビザ免除」復活の11月30日は寒さも厳しくなく、快晴の1日だった。
園内には、漢服のコスプレをした中国人観光客や、欧米系やアフリカ系の外国人観光客の姿が目立つ。一方、日本人らしき観光客は見つけることはできなかった。
北京で日本語の観光ガイドを20年以上続けているという劉恒江さんは、「2000年代、日本人観光客が本当に多かった。予約を入れすぎて、迎えに行くのを忘れたこともあったよ」と、冗談交じりで話してくれた。
しかし、コロナの影響もあり日本人の旅行者数は激減。コロナが収束しても、ビザが必要な状態が続いたこともあり、現在の日本人観光客数は最盛期の10分の1にも満たないという。劉さんも、「ビザ免除」の復活に大きな期待をかけている1人だが、現時点で効果は見えていない。
「ビザなしになったから、予約がどんどん入るかと思ったけど、まだ全然来ないね(笑)」
1月のカレンダーを見ながら、劉さんは大きくため息をついた。
■影落とす無差別殺傷事件 訪中の抵抗感 減らすには
「ビザ免除」が復活し、物理的な障害が無くなっても、日本人の中に、訪中に対する心理的な抵抗感が強くあるのだろう。
劉さんは、その理由として「円安」や、「日中関係の悪化」を挙げた。
それらに加えて、最近の無差別殺傷事件の続発も、心理的抵抗感を高めている原因と思われる。
今でも中国は夜1人で女性が出歩ける安全な国だし、治安が極端に悪化した実感は全くない。ただ最近は、深センで日本人学校の男児が刺殺された事件を含め、各地で無差別殺傷事件が続発している。そして、それらの事件の背景や容疑者の動機は、ほとんど報じられないまま、うやむやにされてしまっている。また、反スパイ法の容疑で拘束された日本人に関しても、詳しい理由の説明はない。
こういった中国政府の姿勢に、不信感や不安を感じる日本人が多く、訪中へのハードルになっているのではないか。
続発する事件を受け、北京市内の小学校では、門に頑丈な車止めを設置するなどの措置が取られ始めた。ただ、ハード面の対策だけでなく、「情報公開」や「報道の自由」などのソフト面での対策も、中国政府には求めていきたい。そういった、開かれた姿勢を示すことこそ、日本人の訪中へのハードルを下げるきっかけになるのではないだろうか。