渋谷区が“誰でも使えるトイレ”を優先的に設置したことで、女性専用トイレがなくなってしまった問題。専門家は「防犯面から見ても危険だ」と警鐘を鳴らしている。
「女性用トイレは残すべきだと思う。皆さんはどうお考えでしょうか」
東京・渋谷区の2月に完成した“誰でも使えるトイレ”をめぐって、渋谷区議がSNSに投稿した一文。この投稿には多くの意見が寄せられ、そのほとんどは女性用トイレがないことに対して安全面を危惧するものだった。
女性専用トイレの設置は防犯上どのような意味があるのか。犯罪学が専門で、これまで世界100カ国のトイレを調査してきた立正大学の小宮信夫教授に話を聞いた。
「女性用トイレをなくすことには反対する。そもそもトイレは“犯罪の温床”と言われていて、被害者のほとんどは女性と子ども。トイレの設計をする場合、海外では女性と子どもを基準にして安全性を高くデザインすることが常識。男性が入っても怪しまれない構造は大きな問題だ」
渋谷区は性別・年齢・障害に関わらず、誰もが快適に利用できる公共トイレを区内17カ所に設置する方針だ。華やかで個性的なデザインのトイレには、これまであった暗くて汚いイメージが一新されたと好意的な声もある。
「(トイレは)誰もが必要なので、そこの快適性を高める、イメージを払拭するという意図は素晴らしい。ただ、最優先すべきは安全・防犯だ。その要素を取り入れて欲しかった。そうすれば非常に素晴らしいプロジェクトになると思います」
渋谷区が実施しているトイレプロジェクトについて、その意図を評価しながらも防犯性については苦言を呈する小宮教授。それは、渋谷区に限らず日本の公共トイレ全般に対して言えることだと指摘する。
「(公共トイレを利用した犯罪は)女性が歩いているときに後ろからついて行って、そのまま個室に連れ込むパターンが圧倒的に多い。日本の(公共トイレの)問題点は男女の入り口が共通していることだ。海外の場合は、男女の入り口をかなり離すなどして動線を分けて、男が女の後ろをついていけば周囲の人がすぐにおかしいと思えるようなデザイン・レイアウトにしている。日本の場合は、海外で当たり前に行われている“犯罪機会論”に基づくデザインが普及していない」
「犯罪機会論」とは、犯罪の機会を与えなければ、いくら動機があっても犯罪を起こせないという理論。小宮教授によると、男性用と女性用トイレの入り口をできるだけ離すことで、かなりの防犯効果が期待できる。だからこそ、女性専用トイレの必要性を訴えている。
誰でも使える「オールジェンダートイレ」は、設置すべきではないのだろうか。小宮教授は次のように考えを明かす。
「オールジェンダートイレはあっていい。社会全体の見えないところには、性的な差別がある。これは大いに問題とすべきだし、差別は解消すべきだ。しかし、区別と差別は全く次元が違う話だ。グローバルスタンダードの犯罪機会論を取り入れて、それに基づくデザインでトイレを作った上で『もっと便利にしよう。オールジェンダートイレ欲しいよね』ということで作るのであれば大歓迎だ」
こうした問題について、臨床心理士・公認心理師で明星大学心理学部准教授の藤井靖氏は「考えさせる仕組みはトイレに合っていない。感情論ではなく機械的に分けたほうがいい」と考えを明かす。
「大事なのはマイノリティの存在否定をしないことだ。特にジェンダーの問題は感情論になるとさまざまな意見が飛び交って結論が出ない。いろいろな人の感情を否定しないという配慮のもとに、より明確な区分が必要ではないか。女性用、男性用、それから疾患・障害者用も専用にする。そして、もう一つ“性別関係なく使いたい人用”の4つを用意すれば、大体の人がスッキリした形で使えるのでは。
根源的な人間の欲求を解消したいとき、『どう使えばいいんだろう』『どういう意図なんだろう』といった“考えさせる仕組み”は本来的ではない。考えずに利用できることが日常生活の空間では必要だ。4つあれば多くの人は悩まずに利用できるのではないか。“みんなのトイレ”も抽象的な表現であるがゆえに『いま自分が使っていいのか』と一瞬悩む場合もある。例えば『性別関係なく使いたい人用トイレ』などの直接的な表現で、より多くの人が直感的に理解できるラベリングで区別すればいいと思う」
(『ABEMAヒルズ』より)