新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、甚大な被害を被ったエンターテインメント業界。未曾有の状況のなかでも桑田は、“どんな状況であっても音楽を届けたい”という強い意思のもと活動を継続してきた。2020年6月25日のサザンオールスターズのデビュー記念日には無観客配信ライブ『サザンオールスターズ 特別ライブ 2020 「Keep Smilin’ ~皆さん、ありがとうございます!!~」、そして大晦日には、無観客年越しライブ『サザンオールスターズ ほぼほぼ年越しライブ 2020『Keep Smilin’~皆さん、お疲れ様でした!! 嵐を呼ぶマンピー!!~』』を横浜アリーナで開催。ヒット曲、レア曲を交えた選曲とエンタメ感に溢れたステージによって、日本中のファンを喜ばせてきた。また、困窮する音楽関係者へのエール、医療関係者、エッセンシャルワーカーへの感謝を示したことも大きな意義だったと思う。
ソロとして初となる今回の配信ライブは、会場の規模、楽曲、演奏の雰囲気を含め、これまでとはまったく違うスタイルのステージを披露。事前に発表されていた「『ライブハウス』というライブの原点の場所に立ち返り、一緒にいてくれる仲間たちと共に、シンプルかつ『少々大人な感じ』のライブをやらせていただきます」「このライブが、そんな“静かな春”の戯れとして、皆様のささやかな楽しみの一つになりましたら嬉しい限りです」というコメント通り、シックに洗練された音楽を堪能することができた。
最初に映し出されたのは、夜空に浮かぶ満月、そして、ブルーノート東京のエントランス。小粋なジャズのレコードが流れるなか、お洒落なエントランスを通り、カメラはライブフロアの様子を捉える。そこには桑田佳祐とバンドメンバーの姿が。ステージの真ん中に置かれた椅子に座った桑田はアコースティックギターを響かせ、1曲目の「ソバカスのある少女」(ティン・パン・アレー(カバー)/アルバム「キャラメル・ママ」/1975.11)を披露。アコギ、ピアノ、サックスによるアコースティックなアレンジは、この会場の雰囲気にピッタリだ。
“ワン、ツー、スリー”という桑田のカウントから始まった「孤独の太陽」(アルバム「孤独の太陽」/1994.09)は、アコギ、エレキギター、ブルースハープによるアレンジ。会場のテーブルに置かれたキャンドル風の電飾、憂いを感じさせるブルーの照明も“素敵”のひと言。コメント欄には「飲みながら見れるのはいいですね~」「大人な感じで素敵です」といった言葉が。視聴者も“お洒落なジャズクラブで歌う桑田佳祐”をリラックスして楽しんでいるようだった。
“Pon pon pon”というコーラスから始まった「若い広場」(アルバム「がらくた」/2017.08)ではステージ全体がライトに照らされ、和やかな雰囲気に。フォーキーなサウンド、郷愁を誘うメロディ、そして、楽しそうに演奏するバンドメンバーの姿も印象的だ。
「どうもありがとうございます。桑田佳祐でございます。ブルーノートにようこそ。今回も画面越しに皆さんに楽しんでいただいております」「ブルーノート東京のステージに上がれるというのは、私にとって憧れでして。本当だったら皆さんの前でやらせてもらいたかったんですけどね、今日は大好きなメンバーと集まってやらせていただきたいと思ってます。少し大人っぽい感じで」「素敵な春を迎えられるように祈りを込めて、切に願いながら、次の曲を歌いたいと思います」
そんなMCを挟んで演奏されたのは、「DEAR MY FRIEND」(DVD+CD「桑田さんのお仕事07/08 ~魅惑のAVマリアージュ~」/2008.03)。会場に置かれた桜の木とオーガニックな音像、『冬をひとつ越え少し背伸びをした/君に逢える日を待ってる』というフレーズが溶け合い、穏やかな感動が広がる。山本拓夫(Sax, Flute)のフルート、片山敦夫(Piano)のピアノが共鳴する間奏も絶品だ。続く「こんな僕で良かったら」(シングル「明日晴れるかな」/2007.05)ではジャジーな演奏を響かせる。河村“カースケ”智康(Dr)の心地よい4ビート、楽曲のボトムを支える角田俊介(Ba)のウッドベース、斎藤誠の(G)の洒脱なギターフレーズ、山本のテナーサックスが織り成すサウンドは、まさに「大人な雰囲気のライブ、最高!」(視聴者のコメントより)。
この後はさらに大人のムードが濃くなっていく。まずは「愛のささくれ~Nobody loves me」(アルバム「がらくた」/2017.08)。桑田はテレキャスターに持ち替え、いぶし銀のアンサンブルとともにブルージーなロックを描き出す。セクシーさを増した桑田の歌声に誘われるように、視聴者からも「桑田さんが素敵すぎる」「お酒が進む…」といった声が寄せられた。
さらに「簪 / かんざし」(アルバム「がらくた」/2017.08)ではクラシカルなピアノをバックに切なさと悲しみに満ちた恋愛模様を歌い上げ――『甘いジャズなど歌わずに/粋なブルースで踊らせて』というフレーズで声を合わせる桑田とTIGER(Cho)の姿に心を掴まれた――基地のある町を舞台に、大人の情事をディープに映し出した「SO WHAT?」(アルバム「MUSICMAN」/2011.02)では、奥深い楽曲の世界を見事に表現するバンドメンバーの演奏も文句なく素晴らしい。
ライブ前半のピークを演出したのは、「東京ジプシー・ローズ」(AL「ROCK AND ROLL HERO」/2002.09)。ロックンロール、ジャズ、ブルースが混ざり合うサウンドが高らかに響く。こんなにも奥深く、刺激的なポップミュージックを体現できるのはまちがいなく、桑田佳祐だけだ。ギター、ピアノ、フルートが奔放にフレーズを交わし合う演奏も素晴らしい。「東京ジプシー・ローズ」を「東京ブルーノート」と歌詞を替えて歌う場面も、この日だけの特別な演出だった。
マスクをした人々が行き交う街の様子を映したモノクロの映像に導かれた「グッバイ・ワルツ」(AL「MUSICMAN」/2011.02)、ステージの奥に満月の映像が浮かび上がった「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」(AL「MUSICMAN」/2011.02)では、桑田佳祐が紡ぎ出す言葉の凄さを実感できた。「暗闇が目の前に迫り来る」(グッバイ・ワルツ)、「今はこうして大人同士になって/失くした夢もある」(「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」)。人生を歩むことのしんどさ、その中で経験する悲しみや諦めを抱えながら、それでも人は生きていくーーそう、桑田の歌はいつも市井の人々に寄り添い、励まし続けてきたのだ。コロナ禍により、先が見えない社会のなかで、これらの楽曲が持つパワーは、さらに強くリスナーの心を揺るがせたはずだ。
「ライブの力って凄い!!」ファンも感動
「画面越しのみなさん、楽しんでいただけてますか。医療に従事されている方々はじめ、ホントにみなさん、ご苦労様でございます」と挨拶した後、バンドメンバーを紹介。洗練されたグルーヴのなかで個性溢れるソロ演奏をつなぎ、ライブバンドとしての魅力を改めてアピールし、視聴者も質の高い演奏をじっくり楽しんでいた。最後はもちろん桑田佳祐。渋いギターリフを奏で、メンバー紹介を笑顔で締めくくった。
ここからは“カバー曲コーナー”。「かもめ」(浅川マキ(カバー) / シングル「夜が明けたら/かもめ」/1969.07)、そして、桑田とTIGERのデュエットによる「灰色の瞳」(加藤登紀子&長谷川きよし(カバー) / シングル「灰色の瞳」/1974.03)。どちらも知る人ぞ知る名曲だが、昭和の叙情性、人々の暮らしに根差した情景描写、歌心とフロウの気持ち良さを兼ね備えたボーカルは、まさに桑田佳祐の原点。日本語の歌を追求し続ける桑田のルーツが感じられる貴重なカバーだった。
哀愁たっぷりのサックスの音色、「東京」(シングル「東京」/2002.06)からライブは後半へ。桑田のボーカルによって、冷たい雨が降る都会の風景と寂寥感たっぷりの心象が広がり、ブルーズ感覚に貫かれた桑田のギターソロも最高だ。
さらにこの日のライブの大きなポイントとなったのが、「SMILE~晴れ渡る空のように~」だ。この曲は、東京オリンピック2020に向けた民放共同企画「一緒にやろう」の応援ソングとして制作。オリンピックは延期されたが、「みなさんに『コロナ禍でも元気になれるような気がする』と言っていただけてありがたいです。アスリートのみなさんに我々のエールが届くように、本日、初めて皆様の前で歌わせていただきます」とライブ初披露された。原曲はシンセサイザーを取り入れたポップチューンだが、この日は生楽器の響きを活かしたアレンジで演奏。「命の限りに 幸せに/敬いし友と 闘え」というフレーズは、コロナ禍で苦しむ多くの人々にとっても大きなエールになったはずだ。客席で拳を突き上げる大勢のスタッフ、そして、「涙が出てくる」「次の世代に何を渡せるんだろう」「この曲を聴けただけで本日のライブは価値があったと思えます」といったリスナーの思いのこもった言葉も印象的だった。
東日本大震災の年にリリースされたフォーキーな応援歌「明日へのマーチ」(シングル「明日へのマーチ / Let's try again ~kuwata keisuke ver.~ / ハダカ DE 音頭 ?祭りだ!! Naked?」/2011.08)、エキゾチックなバンドグルーヴが響き渡る「大河の一滴」(シングル「ヨシ子さん」/2016.06)によって、ライブはクライマックスへと向かう。ジャズのエッセンスをたたえたピアノに導かれたのは、KUWATA BANDの1986年のヒット曲「スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)」。思わず身体を揺らしたくなるビート、エロさと高揚感が混ざり合うボーカルによって、視聴者のテンションもさらにアップ。間奏ではバンドメンバー、スタッフとのコール&レスポンスを挟み、心地よい一体感を生み出した。本編ラストは、ハードロック調のギターリフから始まった「真夜中のダンディー」(シングル「真夜中のダンディー」/1993.10)。男の色気に溢れるボーカル、70年代ロックを色濃く感じさせるサウンド、洋楽の名曲のギターソロを差し込むアレンジ、会場全体を包み込む熱気を含め、すべてが最高だった。
アンコールの前に、桑田のインタビュー映像が映し出される。
「(今回のライブは)原点というか、今の時代だからこそ、どんどん大きく拡張するばかりじゃなくて、もう少し人肌感じる距離でね、小さな音で、それこそ“戯れる”じゃないけど、そういうの(ライブ)やりたいなって」
「我々は歌を歌うことくらいしかできないけど、未来を生きる人たちへのエールというか。歌うことによって(皆さんと)繋がっていきたいなぁという風に改めて思った次第です」
今回のライブに対する思い、歌うこと、音楽を届けることへの強い決意を感じさせるコメントの後は、再びステージの映像へ。1曲目はドクター・ジョン「Iko Iko」のカバーからビートを止めることなく「ヨシ子さん」(シングル「ヨシ子さん」/2016.06)につなぐ時空を超えたメドレー。さらに沢田研二の「君をのせて」(シングル「君をのせて」/1971.11)と代表曲「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」(シングル「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE/1987.10)を結び付けてみせる。特別感たっぷりのステージに対し、視聴者からは「ライブの力って凄い!!」と感動のメッセージが寄せられた。
演奏後、「最近ちっとも酒を飲んでいないけど、今夜は少し飲んじゃおうかな!」と笑顔で語る桑田自身も、このステージをしっかりと楽しんでいたようだ。
「もう3月ではありますが、画面越しの皆さんとスタッフの皆さん、我らが仲間たちの健康を祈って、最後の曲をやらせていただきたいと思います」という言葉とともに、最後の「明日晴れるかな」へ。力強さと優しさを感じさせるボーカル、<もう少しの勝負じゃない!!/くじけそうなFeeling/乗り越えて One more chance>という勇気に溢れたフレーズとともに、「静かな春の戯れ~Live in Blue Note Tokyo~」はエンディングを迎えた。
改めてバンドメンバーを紹介した桑田は、オーディエンスに向かって「素晴らしい春をお迎えください。体気を付けてね。またブルーノート東京で皆さんを待ってます!」と語り掛けた。桑田佳祐というアーティストの豊かな音楽の世界、そして、“皆さんを少しでも元気づけたい”という思いが真っ直ぐに伝わる素晴らしいライブだった。
■桑田佳祐「静かな春の戯れ ~Live in Blue Note Tokyo~」
1 ソバカスのある少女 ティン・パン・アレー(カバー)/AL「キャラメル・ママ」(1975.11)
2 孤独の太陽 /AL「孤独の太陽」(1994.09)
3 若い広場 /AL「がらくた」(2017.08)
4 DEAR MY FRIEND /DVD+CD「桑田さんのお仕事07/08 ~魅惑のAVマリアージュ~」(2008.03)
5 こんな僕で良かったら/SG「明日晴れるかな」(2007.05)
6 愛のささくれ~Nobody loves me/AL「がらくた」(2017.08)
7 簪 / かんざし/AL「がらくた」(2017.08)
8 SO WHAT ? /AL「MUSICIMAN」(2011.02)
9 東京ジプシー・ローズ /AL「ROCK AND ROLL HERO」(2002.09)
10 グッバイ・ワルツ /AL「MUSICMAN」(2011.02)
11 月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)/AL「MUSICMAN」(2011.02)
12 かもめ 浅川マキ(カバー) /SG「夜が明けたら/かもめ」(1969.07)
13 灰色の瞳 加藤登紀子&長谷川きよし(カバー) /SG「灰色の瞳」(1974.03)
14 東京 SG「東京」(2002.06)
15 SMILE~晴れ渡る空のように~
16 明日へのマーチ SG「明日へのマーチ / Let's try again ~kuwata keisuke ver.~ / ハダカ DE 音頭 ~祭りだ!! Naked~」(2011.08)
17 大河の一滴 SG「ヨシ子さん」(2016.06)
18 スキップ・ビート (SKIPPED BEAT) SG「スキップ・ビート (SKIPPED BEAT)」(1986.07)/KUWATA BAND
19 真夜中のダンディー SG「真夜中のダンディー」(1993.10)
■ENCORE
1~2 Iko Iko~ヨシ子さん/ドクター・ジョン(カバー)/AL「ガンボ」(1972.04)
~SG「ヨシ子さん」(2016.06)
3~4 君をのせて~悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)/沢田研二(カバー)/SG「君をのせて」(1971.11)~SG「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」(1987.10)
5 明日晴れるかな /SG「明日晴れるかな」(2007.05)