「第1回ABEMA師弟トーナメント」の開幕に先立ち、師匠8人が集まり将棋界の師弟関係について語る「師匠サミット」が12月18日に放送された。ベテラン棋士たちが、将棋界に根付く師弟という制度について、様々なエピソードを紹介したが、中でも話に熱が入ったのが「恩返し」だ。多くのケースは「弟子が師匠に勝つ」ことを意味していたが、必ずしもそうではないという意見が次々に出ることに。時代とともに、その考え方にも変化が生まれていることを示す場となった。
一般的な「恩返し」という言葉の意味から考えれば、育ててくれた師匠に対して、弟子が何かお礼をするように何かをする、ということになる。ただ将棋界では、いつの頃からか対局において、弟子が師匠を負かすことが「成長した証し」というように伝わっていった。師匠サミットに参加した8棋士は、いろいろな場で弟子と対戦してきたが、このテーマについて口火を切ったのは木村一基九段(48)だった。
木村九段が王位のタイトルを保持していた時、弟子の高野智史六段(28)が若手棋戦の新人王戦で優勝。この新人王戦では、若手がタイトルホルダーに胸を借りられるという意味合いでの、記念対局が行われることになっており、ここで木村九段と高野六段の師弟対決が実現した。木村九段は「最初は香車を引いて(駒落ちで)勝つつもりだったんですけどね。申し訳なさそうに『平手でお願いします』と言うもんだから、平手で指したら負けちゃって。それがまた悔しくてね」と、ユーモアを交えてその対局について説明した。
ここで番組の進行役から「恩返しになりましたね」という言葉を受けると、すかさず木村九段は「悔しさの方が大きくて、恩返しも何もあったもんじゃない」と苦笑い。続いて「師匠を痛めつけた人を痛めつける、それが本当の恩返しかなと思いますね」と語った。
これに続いたのがタイトル27期、永世名人の有資格者でもある谷川浩司九段(59)だ。2019年度の王位戦では、挑戦者決定リーグ入りをかけた一局で、弟子の都成竜馬七段(31)とぶつかった。「当然、こちらも勝ちたいと臨むわけですが、自分の勝ちがはっきりした瞬間、すごく複雑な気分になりましてね。リーグに入ればトップ棋士と5局はさせるわけで、そのチャンスを師匠自らつぶしてしまったところがあって、最後の数手はすごく複雑でした」と、大事な勝負になるほど、勝てば勝ったで師匠としても、もやもやする部分もあるという。さらに「木村さんが言うように、師匠がひどい目にあった人を負かしてくれるのがいいですが、私がひどい目にあったのは羽生善治さん(九段)。羽生さんと対局するところまで行くのも大変なんで、弟子は頭を抱えていました」と笑った。
ここに森下卓九段(55)も加わった。「相撲でも囲碁でも将棋でも、師匠に勝つのが恩返しと言われるのを、昔からおかしいと思っていたんですよね」とはっきり言うと、以前に青野照市九段(68)と話し合ったことを思い出し、「恩返しには2種類あると。1つは自分を負かした相手に勝つ、もう1つは師匠の位置を超えること。谷川さんのお弟子さんは大変ですが、確かに私はそう思いました。私も多くの人からさんざんな目にあっているので、(弟子の)増田(康弘六段)には、かたきを取ってもらいたいんですが、自分はタイトルに届かなかったので、増田にはタイトルを取ってほしいです」と、一気に語った。
他の競技からすれば珍しく、師匠と弟子がいずれも現役であることが多い将棋の世界。師匠もまだ勝負師として戦い続けている以上は、相手が弟子だろうとなんだろうと、負けて喜ぶ気持ちにはなりにくい。ただ、自分が負けた相手をやっつけてくれることには「よくやった!」と素直に喜びやすいのだろう。将棋界、さらには棋士ならではの思いが赤裸々に語られた。
◆第1回ABEMA師弟トーナメント 日本将棋連盟会長・佐藤康光九段の着想から生まれた大会。8組の師弟が予選でA、Bの2リーグに分かれてトーナメントを実施。2勝すれば勝ち抜け、2敗すれば敗退の変則で、2連勝なら1位通過、2勝1敗が2位通過となり、本戦トーナメントに進出する。対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールール。
(ABEMA/将棋チャンネルより)