政府はユネスコ・世界文化遺産の登録に向け、新潟県の「佐渡島の金山」の推薦を閣議了解した。
17世紀に世界最大級の金の産出を誇ったとされる「佐渡島の金山」の推薦を巡っては、『旧朝鮮半島出身者が強制労働させられた』として韓国側が反発し、政府は当初、今年度の推薦を見送る方向だった。しかし、一転して推薦へ。
推薦を決断した裏側や、韓国側と今後どう調整していくのかなど登録に向けた道筋について、テレビ朝日政治部・外務省担当の澤井尚子記者が伝える。
Q.見送りから一転、推薦にかじを切った背景は?
毎年1回、各国から1件のみ、パリにあるユネスコの世界遺産委員会事務局に推薦書を提出することができる。今年度分の締め切りが2月1日だった。
去年の年末に、国の文化審議会が「佐渡島の金山」を推薦するにふさわしいという答申を出していたが、「政府として、総合的に検討する」という異例の注釈がつけられていた。この「総合的に検討」はいわゆる霞が関文学だが、その結果、「今回は見送りましょう」というのが当初の政府の方針だった。ただ、長年登録に向けて取り組んでいる新潟県や佐渡市の地元、さらには安倍元総理など自民党の保守派による激しい突き上げによって、岸田総理が最終判断するかたちで推薦という結論になった。
ある意味で、岸田総理のアピールする「聞く力」を発揮したと言えるが、進むも地獄、引くも地獄、といった状況の中でのギリギリの判断に見えた。ある政府関係者は、「今の政権は将来のリスクよりも目の前の火をどう消すか、に重点をおいているからね」とぼやいていた。
Q.そもそも、なぜ当初は今年度の推薦を見送ろうとしていた?
このまま推薦してもすんなりと遺産として登録される見込みが低いと、外務省を中心に考えていたから。いくつか理由があり、一番大きいのが韓国による反対行動。韓国は今回、推薦が決ったらすぐに「強い遺憾の意」を示して、ソウルにいる日本の大使を呼び出して抗議している。
また、登録を決めるユネスコの世界遺産委員会というのは、入れ替わり制の21の委員国のうち3分の2の議決で決めるとしているが、実際はコンセンサス、つまり全会一致で登録が決定される仕組みとなっている。毎年30件ほどの世界遺産の候補が議題となっているが、議決をとっているのはそのうち1つあるかないかというのが現状だ。
Q.コンセンサスに向けて、韓国との折り合いはつけられそう?
佐渡の金山は「旧朝鮮半島出身者による強制労働が行われていた被害の現場だ」として、韓国側は推薦撤回を求めている。日本は、「事実に基づかない独自の主張だ」と反論していて、有識者の力も借りて反論を裏付けるための資料集めなどに力を入れていく方針。さらに、問題を避けるためにも、「佐渡島の金山」の推薦内容としては江戸時代までに区切っている。
ただ、こうした韓国とのユネスコでの「歴史戦」には前例がある。安倍政権の2015年には長崎県の軍艦島などを「明治日本の産業革命遺産」として登録したが、その際も同じく韓国側から強制労働があったとの主張がされた。その後、韓国側と調整を行って、世界遺産委員会の場で日本が「Forced to work(働かされた)」という、「強制労働」ともとれる微妙な英語を用いて表明していたことが波紋を広げている。
さらに、産業遺産情報センターというのを設置して、当時の労働状況の展示をするなどを約束することでようやく登録にこぎつけた。ただ、その展示施設についても、去年の世界遺産委員会で不十分だと改善を求める決議案が採択されてしまい、こちらも引き続き対応が求められている状況だ。
ある外務省関係者は、「ユネスコはお公家さんのような集団で、正義が勝つわけじゃない。また韓国が大騒ぎして、中国も乗っかってくるだろう」と話して、危機感を強めている。
Q.韓国では3月に大統領選が控えているが、影響は?
反日のムードが高まる可能性も指摘されている。過去には、慰安婦に関連する資料を「世界の記憶」として遺産登録しようとして棚上げされているが、この話を改めて持ち出してくる可能性もある。
そこで安倍元総理からのアドバイスを受けて、岸田総理は官邸に外務省や文科省など横断のタスクフォースを立ち上げて、いわゆる「歴史戦チーム」の下に丁寧で説得力のある説明を行っていく考えだ。
Q.登録の実現に向けた今後の流れは?
ユネスコの諮問機関であるイコモスが約1年半かけて現地での調査や、資料の審査などを行う。その後、来年の5月ごろに世界遺産として適当かどうかの評価・勧告を行う。
その勧告には4段階あって、(1)世界遺産の一覧表への記載(いわゆる登録)、(2)情報照会、(2)延期といういわゆるやり直し、(4)不記載がある。この「不記載」となった場合には、原則として再チャレンジはできないということだ。
来年からは韓国が委員国に加わることも念頭に、岸田総理は「早期に議論を開始することが登録実現の近道となる」と説明したが、直後に取材した外務省の幹部は忸怩たる表情を浮かべていた。「不記載にならないよう、しっかり1年準備してから臨んだ方が得策だ」と考えていたのと、やはり日韓関係の更なる冷え込みが予想されるからだ。
今年に入って北朝鮮が7回ものミサイル発射を繰り返すなど、アメリカ・韓国との3カ国での連携の必要性は高まっていて、今月中旬にはハワイで日米韓3カ国の外相が集まる予定もある。「北朝鮮に関しては、日韓関係が冷え込んでも持ち込まないという不文律がある」「安保協力を今もやれていないので、失うものはあまりない」と外務省幹部は話していた。
林外務大臣は就任時に「重要な隣国として、非常に厳しい状態にある日韓関係をこのまま放置はできない」と改善に向けた意欲を話していた。しかし、その思いとは逆行するかたちでさらに悪化することも予想される。
Q.岸田総理は安倍元総理などの突き上げに動かされたかたち?
政府関係者によると、岸田総理は当初はあまりこの話に興味を持っていなかったという。ただ、こうした保守派の動きが活発化したことを受けて、ややもすればリベラルな宏池会の岸田総理と林外務大臣対、保守派の安倍元総理や高市政調会長という「政局」になりかねないという危機感を持った岸田総理が、最終的に自分が引き取るかたちで判断することにしたという。
岸田総理は歴史戦チームを立ち上げて、いばらの道でではあるが論戦に挑むという決断をしたわけだ。あくまで「文化」の話として外交の交渉とは切り離した上で、韓国や他の委員国へのロビー活動を含めて「冷静かつ丁寧に」向き合って議論を重ねていく方針だ。(ABEMA NEWSより)