「Nosukeに似た子どもができたらいいなって」 夫の精巣がん闘病、不妊治療、ボランティア活動を経て… “別居婚”misonoが描く家族のカタチ
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 「不妊治療もしているんですよ、今。ウチは保母さんになりたかったぐらい子どもが好きだし。(夫の)Nosukeも周りで子どもができていて、子どもと接している姿とか見て、本当に子どもが欲しいんだなって思うんです」

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 約3年半にわたり“別居婚”生活を続けている、歌手でタレントのmisono(37)。今回、「ABEMAエンタメ」の独占インタビューに応じ、結婚直後に夫婦を襲った突然の病、そして、新しい家族を迎えるために不妊治療を行っていることについて語った。(前編:別居婚を始めて3年半、misono「疑う時間が1秒もない」「今が一番幸せ」 コロナ禍の“共同生活”で新たな発見も)

 2017年7月、misonoは、5歳年下のドラマー・Nosuke(32)との結婚を発表。当時、計8回の結婚式を挙げたことが大きな話題となった。翌年の9月、約2年半の交際を経て、婚姻届を提出。misonoの希望により、新婚生活は“別居婚”というかたちでスタートした。

 結婚から、わずか2カ月後。幸せな2人に思いもよらぬ出来事が起こる。2018年11月、Nosukeは「精巣がん」による胚細胞腫瘍と診断され、医師から「5年生存率40パーセント」と告げられた。

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 「その時に大ゲンカしてたもんだから、まさか精巣がんっていうのは。もう顔色とかも変わってきたし、やせこけてきたんで、うちのオカンと一緒に病院に行って、でそれ(精巣がん)を聞かされて。大ゲンカ中なのに、(自宅に)久しぶりに帰っていろいろ話したんですけど」(misono、以下同)

 その後、Nosukeは2度の手術と抗がん剤治療を行い、1年近く入退院を繰り返した。また、夫の闘病生活を支えている時期に、misonoにも“異変”が起きていた。

 「闘病中も何回もケンカしたんです。抗がん剤の治療とか、治療が全て終わるまでは面倒みるけど、『完治したら離婚してやる』ぐらいに思いながら(自宅と病院を)行き来してたっていうか。看病をしつつ、寝泊まりしながら仕事に行って、また帰ってとなったりしていたので」

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 misonoは、疲労やストレスなどが原因と言われ、激しいめまいを起こす「メニエール病」を発症。2019年秋以降、芸能活動やYouTubeの動画配信を一時的にセーブすることになった。

 「とにかく詰め込もう、スケジュール埋めよう、仕事しよう、治療費稼ごうっていうのがあったので。自己管理ができてなかったから体調を崩してしまったので、Nosukeのせいでもないし、自分がそこは悪いと思った」

 misonoは、結婚直後の2018年10月に、デビューから約16年間在籍していた所属事務所を退所。独立して新しい事務所を立ち上げ、アーティスト・タレントとして活動しながら、経営者としても多忙な日々を送っている。

 また、かねてから取り組んでいたボランティア活動やチャリティ活動を積極的に行っているmisono。現在は子ども食堂に食器を寄付するなどの活動も行っている。きっかけの1つとなったのは2017年、親交のある女優・タレントの森下悠里からの思いがけない一言だった。

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 「森下悠里から急に連絡が来て。まだエイベックスにいた時代なんですけど、『ボランティアで、小学校の体育館で授業をしてくれない?』って言われて。たまたまなんですけど、Nosukeのおばあちゃんが働いていた小学校だったんです。もうこれ必然というか、『運命だね』って言っていて。

 いざ授業と、ちょっとアカペラで歌ったりとかしたんですけど、『misono知ってる?』って聞いたら、まあ全員知らなくて。最後、『misonoのサイン、いらないと思うけど、でも書いてきたんだよね』って言ったら、みんなが『ほしい!』『ほしい!』ってなってくれたんですよ。もう大喜びして、(じゃんけん大会で)「勝った~~~!」みたいに言ってくれて、本当に子どもたちって純粋に『その時が楽しかった』『勉強になった』とか言ってくれたんですけど。その時、なんか心が洗われたっていうか、大げさかもしれないけど歌やっててよかったなと」

 また、misonoは語学留学のため2019年、2週間フィリピンのセブ島に滞在。海外でのボランティア活動も経験した。

 「自分はピアノとかギターを挫折したから、本当にすごいと思う。自分は恵まれた環境にいたのに、音楽をあまりやっていなかったから。音楽の力ってすごいなと、改めてみんなのおかげで思いました。『音楽でひとつになる』、これを全部自分が英語で言えたらかっこよかったよね」(YouTube『misono ch』/「【ボランティア活動】日本のお菓子をプレゼントしに行ったら涙したmisono」より)

 妻として支えた夫の闘病生活。ボランティア活動による子どもたちとの触れ合い。様々な人生経験を通じて、misonoには今、新たな夢があるという。

 「Nosukeに似た子どもができたらいいな、って思いながら不妊治療をしてるんですけど。(Nosukeの)抗がん剤が抜けきるまで子作りできないっていうところがあって」

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 結婚して間もない頃から産婦人科に通い、不妊治療を行っているというmisono。現在、大きな仕事を控えているため一時的に通院をストップし、5月以降に再開するそうだ。

 「子どもができるってこんなにも奇跡なんだ、っていうのは痛感していますね。できない人たちなんて世の中にめちゃくちゃいるし、『何年やっています、不妊治療』っていうのもめちゃくちゃ見ているので」

 別居婚を続けるmisonoにとって、新しい命の誕生とともに描いている“理想の家族像”とは……。

 「子どもが幸せであれば、笑顔であれば。(理想の)夫婦の形、家族の形って、逆に(自分の子どもに)聞きたいんですよね。『神田家の両親は女(misono)が稼いできて、Nosukeがママみたいなんだよ』とかっていう説明はしたいなと思ってます。基本的には子どもの希望、それこそ理想を、その日その日でこたえていきたいなって。子どもができたら、もう子どもが一番。子どもの言うことを2人で聞くっていう2人でいたいなと思いますね」

ABEMA NEWSより)

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