ロシアによるウクライナ産小麦の略奪疑惑で、このうち少なくとも10万トンがシリアに密輸された可能性があることがANNの取材で分かった。
【映像】地図で分かる「ポジニッチ号」の動き(画像あり)※3:53ごろ〜
ウクライナ政府は、ロシアがこれまでに50万トンの小麦を略奪したと主張。ロシアはこのうち少なくとも10万トン前後の小麦を、3隻の貨物船を使ってシリアに繰り返し密輸したとみられる。
レバノン当局などによると、貨物船はレバノンにも不正輸出を試みたとみられるが、ウクライナ側の事前の警告で実現しなかったという。船は行き先をシリアに変更したとしている。
明らかになったウクライナ産小麦の密輸疑惑。テレビ朝日・社会部の西井紘輝記者は「輸送に関わった貨物船はロシアのマトロス・ポジニッチ号ではないか」と話す。
「ポジニッチ号は全長169.37メートル、幅27.2メートルのスタンダードな『ばら積み貨物船』です。貨物を小分けにする必要がなく、たとえば小麦などをドサッと船倉に入れて輸送することができます。船舶追跡サイトの『マリントラフィック』に登録された情報によれば、日本で製造された船ということですが、何度か転売されていたことから追跡はできませんでした」(以下、西井記者)
▲テレビ朝日・社会部の西井紘輝記者
1カ月かけてポジニッチ号の動向を取材してきた西井記者。調査を始めたきっかけについて「5月初旬、ロシアが略奪した穀物をシリアへ輸送していると、CNNが報道しました。実態はどうなのか確認するためにマリントラフィックを確認するようにしていました。船は常に動いているため、チェックが欠かせません。取材を続けるうちに、ほかの船にも“密輸”疑惑が出始めるなど、専門家のアドバイスを受けながら複数の船を常にウォッチする1カ月でした」と振り返る。
マリントラフィックは、船から発信されるAISと呼ばれる信号を地図上に反映したもので、いつ、どこを、どのくらいの速度で航行したかなどの情報を確認できる。また、AISは、船の位置情報や速力などの情報が含まれた信号のことで、位置情報や航行速度などは実測値で自動的に送信されるが、一部の項目は手入力の必要がある。たとえば、喫水(※船の最下面から水面までの距離)は乗組員の目視で確認された値が手入力されている。船から発信されたAISの情報を世界各地のボランティアが受信し、マリントラフィックのサーバーにリアルタイムで転送。地図上に反映させている。
ところで、AISにおける喫水は乗組員によって手入力されるということだが、内部の人間が虚偽申請を行うケースもあるのではないだろうか。これについて、西井記者は「喫水は商船にとって非常に重要な指標。嘘はつけない」と述べる。
「なぜなら、貨物をどれだけ運んだかによって『運賃』が決まるからです。ポジニッチ号のように、貨物が小分けにされなくても積むことができる『ばら積み貨物船』の場合、実際に何トン運んだかを量ることができないため、喫水の増減で運搬量を明らかにします。その入力を偽った場合、仕事が来なくなる可能性もあるので、嘘をつくことはできません」
なぜ、小麦をシリアに密輸する必要があるのだろうか。
「シリア事情に詳しい方を取材すると、やはりロシアとの長い付き合いが背景にあるのではないかという話もありました。CNNなどの報道によると、ウクライナ当局の見立てとして、シリアを介して中東など、さらに別の国に輸出された可能性もあるとしています。また、シリアは内戦の影響と、特にここ2年ほどは干ばつなどの被害がありました。深刻な小麦不足という状況もあるようですが、それが今回の密輸と直接関係があるかどうかまでは分かりませんでした」
また、ポジニッチ号は当初、レバノンやエジプトを目指して航海していたという報道もあり、初めからシリアを目的地としていたかどうかは分かっていない。
ポジニッチ号を所有するロシアの会社に電話取材を申し込んだ西井記者。しかし、「何もコメントできない」と、電話はすぐに切られてしまったという。
「ポジニッチ号の運行を管理するギリシャの会社からはメールで取材概要を送付するよう要請され、概要を送りましたが返信はありませんでした。シリア外務省は、一度電話がつながった後、別部署にまわされ、以後は電話がつながらず、すぐに切れるようになりました」
一方で、レバノンにあるウクライナ大使館からは、メールの返信があった。
「ウクライナ大使館によると、ポジニッチ号はこれまでに2回小麦密輸を行っていると指摘しています。また、ポジニッチ号以外に2隻のロシア貨物船が関与していて、それぞれ2万7000トン程度を積むことができるそうです。これを考慮すると『シリアへ密輸された小麦は13万5000トンに上る可能性がある』と主張しています。これは日本の年間小麦消費量の約430万人分に相当する膨大な量です」
ロシア貨物船の略奪小麦密輸疑惑などに対し、アメリカのブリンケン国務長官は「ロシアはウクライナ穀物を盗んで売りさばき、ロシアの輸出分をため込んでいる。単なるゆすり行為だ」と発言し、強く批判している。一方で、ロシア大統領府のペスコフ報道官は、一連の小麦問題について「フェイクだ」としている。
「もし小麦の密輸が事実であれば、食糧の安全保障の問題も絡んできます。私はこの1カ月、ロシアの貨物船であるポジニッチ号がどのような動きをしているか、それだけを追ってきました。そのうえで、貨物船が積んでいたのは本当に小麦だったのか、その裏取り取材を行いました。ようやく密輸を裏付けた今、なぜ小麦をシリアに密輸する必要があったのか、ロシアにどのような思惑があったのかについて非常に関心を持っています。引き続き追っていく予定です」