11月に行われるアメリカの中間選挙まで2カ月を切った。選挙戦が本格化し、熱を帯びる中、現地では予想外の事態が起きている。
【映像】トランプ前大統領の邸宅から押収された「機密文書」(画像あり)※11:05ごろ〜
今アメリカで何が起きているのだろうか。ANNワシントン支局・梶川幸司支局長はこう話す。
「アメリカの中間選挙には『鉄則』があります。政権政党が相当な確率で『負ける』というジンクスです。政権政党が上院と下院で議席を増やすことができたのは、過去70年で2回しかありません。今回の選挙で、バイデン大統領の与党である民主党は『負けるどころかボロ負けだろう』と言われてきました」
ところが、状況が変わりつつあるという。
▲バイデン大統領の支持率
「これまでトランプ前大統領への直接的批判は避けてきました。しかし、ここにきて批判のトーンを一気に強めるようになっています。バイデン大統領の演説の中で出てきた『MAGA(マガ)』は、“アメリカを再び偉大な国にしよう”というトランプ氏のお決まりのフレーズ『メーク・アメリカ・グレート・アゲイン』の略です。バイデン大統領は8月25日の最初の地方遊説で、トランプ氏とその支持勢力のことを『過激なMAGA』と呼び、『アメリカの民主主義を破壊しようとしている』と糾弾を始めたのです」
そもそもバイデン大統領は国民の団結・分断解消を訴えて当選した大統領だ。バイデン大統領らしくない主張に梶川支局長は「春から夏にかけて“変化”が起きた」と話す。
「一般的に中間選挙は、リーダーを選ぶ“政権選択”選挙というより、現職大統領の2年間の政権運営を問う“信任投票”という意味合いが強い選挙です。国民から厳しい評価が下されることが普通で、政権与党にとって厳しい戦いとなります。いまアメリカでは40年ぶりのとてつもないインフレに見舞われています。首都ワシントンのスーパーをみると、物価は去年と比べて1割近く上昇しています。国民の物価高への怒りが政権に向かうのは当然で、アメリカの政治分析サイトによるバイデン政権の支持率をみると、7月までは支持率は超低空飛行を続けていました。一方で、支持率はこのところ上昇に転じ始めているのです」
バイデン大統領の民主党が負けるのは確実だとみられていた中間選挙。潮目が変わったのはなぜか。
「まず、連邦最高裁が6月24日、それまで憲法が保障してきた人工妊娠中絶の権利を覆す判決を出しました。中絶是非をめぐる議論は長くアメリカ社会を二分してきましたが、なぜ今回判決が覆ったのかというと、そこにはトランプ氏の影があります。最高裁判事は保守系が6人、リベラル系が3人で構成され、保守系6人のうち3人がトランプ政権時代に任命された判事です。トランプ氏は2016年の大統領選で中絶を認める判決を覆すことを訴えていて、判決が覆った後『判事3人を指名して就任させたことを含め、私が自分の公約を全て約束通り実現したからだ。非常に誇りに思っている』との声明を出しています。ただ、これまで認められてきた中絶の権利が失われるとあって、国内では大きな摩擦を生んでいます」
先月、フロリダ州にあるトランプ前大統領の邸宅「マー・ア・ラゴ」に、FBI=連邦捜査局が家宅捜索に入った。梶川支局長は「司法省とFBIは『スパイ防止法違反』のほか、捜査妨害もあったとみている」と明かす。
「トランプ氏の容疑はホワイトハウスから大量の公文書を違法に持ち出したというもので、押収された文書の中には、最高レベルの機密が含まれていたようです。司法省とFBIは『スパイ防止法違反』のほか、トランプ氏側が『捜査のために資料を出して下さい』と言われたのに出さなかった、捜査妨害もあったとしています。機密文書がどんな中身なのかは不明です。司法省が裁判所に命じられて公開した『宣誓供述書』では、捜査に踏み切った理由や捜査の方針が記されています。これが表に出ること自体が異例なことです」
公開された「宣誓供述書」は捜査の支障になるとして、3分の2が「黒塗り」となっていて、詳細は伏せられたままだ。
「ワシントンポストは7日、FBIが押収した機密文書の中に外国の核能力に関する資料が含まれていたと報じています。一方、トランプ氏は『大統領在任中に機密は解除されていた』として不正を否定し、捜査や自らへの攻撃を『魔女狩り』だと主張しています。先行きの見えない展開ですが、アメリカのメディアは連日、これでもかというほど報道しています」
▲トランプ前大統領
人工妊娠中絶の権利、スパイ防止法違反……こういった一連の出来事がバイデン大統領の支持率を上向かせたのだろうか。
「バイデン大統領の支持率が上昇に転じたのは7月からです。一方で、ウォールストリート・ジャーナルが『もし今日選挙があるならどちらに投票するか?』を聞いた世論調査では、民主党47%に対して共和党44%という結果でした。民主党は無党派層や女性、若い有権者の支持を増やしたとみられます。無党派層で見ると、民主党38%に対して共和党35%でした。3月時点では、共和党が民主党を12pt上回っていたので、いかに急激な変化が生じているかが分かります。中絶に関して、60%の人が『いかなる場合、ほとんどの場合で合法とすべき』と答えていて、3月の時点よりも5pt増えています。一方で、62%の人が『物価上昇が家計の負担になっている』とも答えていて、3月よりも4pt増えています。経済の不満は政権批判に直結するものですが、それでも民主党が支持を増やしています」
トランプ氏に「次の大統領選に出て欲しい」と思っている国民はどれほどいるのだろうか。
「アメリカのキニアピック大学が先月31日に発表した世論調査によると、トランプ氏に出て欲しいと考える人は33%、出て欲しくないは62%でした。ただし、共和党員に限ると、72%の人が出て欲しいと考えています。一方、バイデン大統領についても再選に向けて出馬を望む人は26%、67%の人が出馬を見たくないと答えていました。民主党員に限ると、47%が出馬を望み、43%は望んでいないという結果です。民主党内での支持は前の月よりも7ptも伸びていますが、全体的には不人気は明らかです」
記録的インフレに見舞われているアメリカ。バイデン政権に責任はないのだろうか。
「ガソリン価格は、ピークと比べると2割下がり、今のところ下落傾向にあります。しかし、前年と比べるとまだ4割高く、こうした生活苦は所得の低い人ほど影響を受けます。国民の怒りはふつふつと溜まっていて、生きるのは相当大変だと思います。インフレで国民は苦しんでいますから『バイデン大統領の民主党の惨敗は当然』だといわれてきました。しかし、7月を底に支持率は上昇に転じていて、バイデン大統領としては人工妊娠中絶の権利をめぐる問題や、トランプ氏のスパイ防止法違反の疑惑を活用せざるを得ないのでしょう。本来、中間選挙は物価高対策など政権運営が問われる選挙ですが、『民主主義がこれでいいのか?』といった価値観をめぐる是非に、バイデン大統領が争点を転換しているようにみえます。これに国民が『そうだよね』と納得して投票するのか、インフレはバイデン政権の責任だと思って投票するのか、そこがポイントだと思います」