気球問題で暗礁に乗り上げている対中政策、増大するウクライナへの軍事支援費、2024年の大統領選において囁かれる大統領の年齢問題など、課題が山積しているのだ。
そんななか、この大舞台は好機となったか。
バイデン大統領は7日午後9時(日本時間8日午前11時)、連邦議会の上下両院合同会議で内政・外交方針を示す一般教書演説に臨んだのだ。
カマラ副大統領や共和党のマッカーシー下院議長など「アメリカ中の主要人物」が一堂に会し、多くの国民がテレビで視聴するなか、バイデン大統領は演壇に立った。
「アメリカと世界の今と未来」が凝縮されたある意味“世界で最も重要な演説”の一部始終をワシントン支局の梶川支局長に聞いた。
「演説の内容は多岐にわたりましたが、ウクライナ侵攻、中国との関係、2024年大統領選、の3つが最大のポイントでした。まず、ウクライナについては『アメリカにとっても世界にとっても試練だった。乗り越えて西側で団結してウクライナの支援ができた。これからも支援を続けていく』と力強く語った一方で、これからどうしていくのか、どうなっていくのか、という『先』に対しての言及はほとんどありませんでした」(以下、梶川支局長)
――これまでかなりの軍事支援を行なっており、今後ますます金額が上がっていくとの声もある。今後どうなるか世界も注目しているが。
「去年の12月にゼレンスキー大統領がワシントンを訪問した際、迎撃ミサイル・パトリオットを供与すると発表、今年の1月には戦車を、先週は射程が150キロあるロケット弾を供与することを発表しました。少しずつ武器の攻撃力を引き上げている印象がありますが、ウクライナ側は戦闘機や射程が300キロでロシア領内にも届く長距離ミサイル『ATACMS』を求めています。しかし、戦闘がさらに激化することで、ロシアが戦術核兵器を使ったり、戦線が広がる可能性があって、アメリカは(戦闘機や長距離ミサイルを)渡してないが、それではこの先どうしていくのか、演説からは読めませんでした」
――共和党内では「軍事支援はもう十分では」という声が強くなっている。民主党としては「世界の安全を守るという意味でもNATOと共同で支援していく」という姿勢があって、それを考えると与野党の間での舵取りが難しい印象がある。
「ウクライナ支援に関する世論調査を見ると、支援をしっかりと続けるべき、と考える人が7割くらいいます。『多過ぎる』と答えた人は28%ですが、共和党支持層に限ると47%となります。予算の裏付けがないと軍事支援は続けられないため、下院で野党が過半数を確保するねじれ議会という状況にあるバイデン政権にとっては頭が痛いのです」
――続いて、ポイントの2つ目として挙げていただいた中国についてどのような話が出たのか。
「気球問題を受けて、毅然とした態度を見せざるを得ませんでした。去年の演説では、中国は経済分野で少し出てきた程度だったが、今日はアメリカの主権を脅かしたら行動すると、中国への強いスタンスを出しました」
「バイデン政権は中国を『唯一の競争相手』としつつも、偶発的な衝突をしないよう『管理された競争』を目指しています。つまり、対話のルート維持が基本スタンスです。しかし、去年8月にペロシ下院議長が台湾を訪問し、米中関係は極度に緊張、対話は閉ざされていました。そんななか、去年11月の米中首脳会談で高官レベルでの対話再開で一致、ブリンケン国務長官が先週末に北京を訪問して、対話を再開する予定でした」
――その矢先に気球問題。
「双方の主張には大きな隔たりがありますが、 ブリンケン国務長官の訪中は延期、中国は対抗措置をちらつかせています」
「アメリカ国民にとって、本土上空に偵察気球が飛んでいるのは不気味なことです。野党・共和党は政治問題化して、バイデン政権は『弱腰』だとの印象を与えたい考えです。トランプ氏は『気球を撃墜するのに7日かかった』と投稿。別の幹部も『優柔不断』『米国を横断する前に撃墜すべきだった』と批判しています」
――これまで外交努力を続けてきたバイデン政権としては難しい対応を迫られているようだが。
「バイデン政権としては中国との意思疎通のラインを維持し、延期された国務長官の訪中のタイミングを模索したいのが本音です。とはいえ、来年の大統領選を控えて、議会は対中強硬論一色。政権としても『弱腰』批判に屈するわけにはいかず、『毅然』とした対応をせざるを得ません。当面は対話の再開は難しいのではないでしょうか。さらに、共和党のマッカーシー議長が春に台湾を訪問するとの見方があり、さらなる米中の緊張が予想されます。今日の演説で、バイデン大統領は主権が脅かされたら行動すると言いましたが、本来はそういうことは避けたい。しかし、今後の台湾問題は本当に懸念されると思います」
――最後に、2024年の大統領選について、バイデン大統領は何を語ったのか。
「大統領再選については、演説の場で直接触れることはありませんでしたが、コロナでどん底に落ちた経済から雇用を回復したことや、インフラ投資など過去2年間の実績を繰り返し訴えました。そして、今日の演説の中では “finish the job”、「仕事をやり遂げる」というフレーズを73分の演説で12回も口にしました。任期の残り2年をやり抜くというだけでなく、さらにその先の4年間を予感させる深い意味もあったと思います」
――現在の国民からの支持率は。
「過去2年のバイデン政権の実績に対して、世論は厳しいです。最新の世論調査では、過去2年の実績にポジティブな評価が3割なのに対し、ネガティブな評価は6割と、3人に2人は評価をしていない。支持率も40%台前半と低迷したままです」
――バイデン大統領が再選を目指すかどうかについては。
「まだ正式には表明していません。現在でも80歳という高齢を不安に思う声も少なくないですが、フィラデルフィアで先週末に開かれた民主党の大会を取材したところ、全米から集まった地方幹部の多くは『次もバイデンでいいのではないか』という声でした。もう歳だから勇退すべきという声もありましたが、大勢はバイデン再選を容認しているように見えました。しかし、世論調査を見ると、民主党支持層でも次はバイデンでいいと答える人は3割で、6割は別な候補がいいと答えている。世代交代を求める声が民主党に響いていないと言えます」
――演説を見る限り、スタンディングオベーションも多く、盛り上がっている印象もあった。バイデン大統領のパフォーマンスはそれほど素晴らしかったのか。
「高齢不安を払拭できるかどうかが、今日の演説のもう一つのテーマでした。次の4年間を目指すのであれば、どんなスピーチができるのかと注目をされていたわけです。バイデン大統領は野党からのヤジに対しても当意即妙に返して、議会の流れをうまくコントロールし、老練な政治家に見えました。議会での切り回しは予想以上に良かったのではないかという評価はアメリカメディアの中からも出ています。CNNは『今日の演説は次の大統領選挙に向けて、こんな選挙キャンペーンをすると予感させるに十分だった」と伝えています。(ねじれ議会で)今後の議会運営は大変ですが、今日の演説に関して言えばうまく乗り切ったと言えるでしょう。アメリカメディアも今後、数週間以内(3月、4月頃に)に正式に出馬表明をするのでは、と報じています。今日の演説を見る限り、再選に向けた出馬表明はかなり確かなものになりつつあるのではないかと思います」