今月の11日で東日本大震災から12年目を迎える。福島・岩手・宮城3県の震災前の姿を航空写真で振り返るとともに、復興の歩みを『ABEMA Morning』は取材した。今回は、「福島県いわき市」。
【映像】津波で甚大な被害を受けたいわき市内…復興の歩みと「フラ女将」
和服姿で『フラ』を踊る女性たち。実は全員が、福島県いわき市にある温泉旅館の女将だ。『女将』と『フラ』。異色のコラボ誕生の裏には、風評被害に苦しむ温泉街の切実な思いがあった。
「女将たちで何かこの町をPRしていけないか、元気な明るさをPRしていけないかということで考えまして」(いわき湯本温泉 湯の華会 小井戸文恵会長)
2011年3月11日、東日本大震災で福島県内も甚大な被害を受けた。海に面した浜通りエリアを津波が襲い、福島第一原発の事故によって、多くの人が生まれ育った町からの避難を余儀なくされた。現在も一部の地域では、ふるさとに帰ることが出来ない状況が続いている。
原発から約40キロ離れた場所にある「いわき湯本温泉」。豊富な湯量を誇り、観光客や地域の人々を癒してきたこの温泉地でも、状況は一変した。
「風評被害が大きくて。『いわきに人が居ないんじゃないか?』と言われたり、『防護服を着ているんじゃないの?』と言われた時期もあった。このままでは、いわき湯本温泉が孫子の代までに続かなくなってしまうのではないかという危機感を感じました」(同)
風評被害により客足は激減し、温泉街は存亡の危機に。そんななか、活気を取り戻そうと立ち上がったのが旅館の女将たちだった。
「ここはもう子どもも赤ちゃんも私たちも普通に暮らしていて、線量も低いし、大丈夫なんだよ、ということをまずPRしなくては。来てもらって大丈夫なんだよ、というのをPRしなくてはということが一番初めにありました」(同)
いわき市などと話し合いを重ね、出てきた案が…。
「『フラガール』という映画があり、炭鉱の町が変わっていくという(内容の)映画だったので、小さい時からフラダンスを見て育っているし、すごくフラには馴染みがある。“フラガールの町”ということで、フラでPRしていこうということになりました」(同)
かつて炭鉱の町だった、いわき湯本。石炭産業が衰退するなかで、町の危機を救ったのがフラガールだった。いわき湯本の女将たちも、温泉街の危機を救うため、『フラ女将』としてPR活動を開始。月1回、野外ステージでフラを披露することになった。
「着物を着て私たちが踊ったら、ふざけているとか思われたらどうしようというのが初めはありました…。いろいろな先生方にもお伺いをしたら、『どんどんやりなさい』という後押しをしていただいて。意外と『なに女将さんたち踊るの? じゃあステージやるの? 応援するよ』と言ってくれる(町の)方がいた」(同)
町の方の応援もあり、フラ女将の活動は人気を呼び、地元企業とのタイアップ商品なども誕生。温泉街には徐々に客足も戻り始めてきた。ところが、今度は「コロナ禍」が…。
「一斉にお客さんを受け入れてはダメだというような状況で、休まざる得なかったので苦しいですね。観光業はかなり本当に痛手だと思います」(同)
『フラ女将』も活動を制限せざるを得ない時期が長く続いた。そして、感染拡大が落ち着いてきた2022年。実に3年ぶりとなるステージで『フラ女将』としてのPR活動を再開させた。
震災、そしてコロナ禍と様々な困難があったいわき湯本温泉。フラ女将としての活動には恩返しの意味もあるという。
「(震災直後に)とても応援していただいたんですね、頑張ってくださいと。だからその感謝の気持ちも込めながらPRして色んなところに発信しようと思ってやってきた。フラの温かい、人と思いが伝わるような町になっていけたらいいなと…そこで私たちもお手伝いできたらいいなと思っています」(同)
(『ABEMA Morning』より)