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 「止めるんですか、水道」ネグレクトを受ける幼い姉妹の問いが一滴の雫となり、渇き切っていた水道局員の心に波紋を広げていくーー。1990年に第70回文學界新人賞受賞、第103回芥川賞候補となり注目を浴びた河林満による社会派小説「渇水」が、刊行から30年の時を経て映画化。『凶悪』(13)、『孤狼の血』シリーズ(18、21)、『死刑にいたる病』(22)などで知られ、社会の闇や人間の弱さに焦点を当ててきた映画監督・白石和彌が初プロデュースを務め、映画『渇水』として6月2日(金)より全国公開される。

 白石和彌はなぜ本作をプロデュースすることになったのか。およそ10年前に制作され業界内では噂になっていたという脚本、そして髙橋正弥監督との出会い、プロデューサーとして見た本作の魅力について語ってもらった。

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「本来もっと活躍されて注目を浴びるべき」原作者・河林満と監督・髙橋正弥に感じた共通点

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――『渇水』との出会い、なぜプロデューサーとして関わるようになったのか教えてください。

白石和彌(以下、白石):映画の作り方って色々あるよな、と元々興味があったんです。師匠の若松孝二監督も、大島渚さんの『愛のコリーダ』など何本かプロデューサー業をされていたこともあったので、いい企画やチャンスがあればやってみたいと思っていました。そんな話を『ひとよ』(19)の撮影しているときに、プロデューサーの長谷川さんとしていたら、「実は今扱っている脚本があって、一回読んでみてください」と読ませていただいたのが『渇水』の脚本でした。この企画、実はすごく有名な企画で。僕と髙橋さんは面識はなかったんですけど、いる界隈が近くて、『渇水』を髙橋さんがずっと温めているという話も知っていたんです。あと少しで撮影できるというところで何度もダメになっているというのも聞いていて。それで読んでみたら、やはり素晴らしい本でした。それで髙橋さんに会わせてもらったんです。
原作の河林さんはどちらかというと、発見されなかった作家というか、小説家としてはあまり恵まれない終わり方をしていて、すでに亡くなられている。本来もっと活躍されて注目を浴びるべき作家です。髙橋さんもそういう意味では、助監督としてずっと映画に関わりながらも表舞台に出れていなかった。
僕も助監督の期間が長かったから分かるんですけれど、助監督も何年もやっていると嫌になるんですね。でも、髙橋さんはそれをおくびにも出さず、錚々たる監督のもとで助監督を続けていた。監督作もあるんですけど、それが世にちゃんと出ず、監督として一枚何かを破れない感じがあって、それでも映画が好きで映画をやり続けている。そんな髙橋さんの人柄に触れたときに、河林さんに通じる、シンクロするものを感じて、僕もお手伝いしたいなと思いました。この本は世に出すべきものだと。
また、単純に河林さんが書かれたときよりも、格差が広がっているので、今だからこそ描けることがあるのではないかと思ったというのもあります。

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――プロデューサーとして発掘したい、評価されるべき人を表舞台に出していきたいという気持ちもあったのでしょうか?

白石:そうですね。でも、そこまで強烈に意識しているわけではありませんでした。
河林さんとは生前お会いしてる訳ではないのですが、若松監督や映画関係者がよく行っていた、『止められるか、俺たちを』(18)にも出てくる「ブラ(bura)」というバーに(河林さんも)よく来ていたらしいんです。始めたときは、河林さんにそこまで思い入れがあった訳ではなかったんですけど、ブラのママや色々な人から話を聞くたびに、もしこれで再注目されて河林さんのことも知ってくれる人が増えたら、プロデューサー冥利に尽きるなと思いました。

ーー河林さんの人となりも見えて思いが強まったんですね。

白石:はい。河林さん本人はそうでもなかったらしいんですけど、本を読んだ感じでは、浮かばれない感じ、どこか世の中に恨みを持っているというニュアンスを受けるところがありました。それは悪いことではないと思うのですが、髙橋さんが監督することで、ラストの在り方も含めて、違うものに中和されたものになっています。髙橋さんと河林さんのコラボによって、一つ新しいものが生まれたなと感じがしました。

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――あらすじを読んだときに、子どもたちにものすごく辛いことが待ち受けているのではと思ったのですが、救いのある話になっていました。本作の展開に白石さんも驚きがあったのではないでしょうか?

白石:それはありました。それは僕との違いです。僕が監督していたらもっと残酷な作品になっていたと思います。そう髙橋さんに言ったら「僕もね、娘がいるからそんなことはできないんだよ」っておっしゃっていたんですけど、あれ?おかしいな、俺にも娘がいるなって(笑)。
色々提案したんですけど、それはずっと髙橋さんが温めていたものなので、彼の中で違うんだろうなと納得しました。そういう意味では僕には作れない作品になっているなと思います。僕の役割は、10年間温められていたこの作品と髙橋さんを、世にちゃんと出すということ。それが僕のやりたいことだったので、そこは髙橋さんにお任せしました。

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――完成したものを見て、白石さんはどういうところが見どころだと感じましたか?

白石:やはり主演の生田斗真さん。今まで見たことない生田さんの表情がたくさんある。扱っている題材は結構厳しい題材かもしれない。なのに前を向ける感じになってるのがすごいなと思いました。出てくるキャラクターのそれぞれの感情がちゃんと伝わって、昇華できるというのが、やはり髙橋さんの作家性だと思うし、羨ましくなりました。僕だとこうはならない。
あと、プロデューサーという仕事をやりながらも、今回は演出をした訳ではないから、髙橋監督に嫉妬する部分もあったりして、それは不思議な感覚がありました。

――今後、その嫉妬がいい感じに活きるかもしれないですね。

白石:そうですね。これは生田さんにも言ったんですけど、今度はちゃんと演出するときに、またお願いしますという話もしました。

――今回感じたプロデューサー業の面白さはどんなところですか?

白石:人の才能を信じられる。そして任せて楽しめるというところです。生田さんと髙橋監督を引き合わせることができて、そこから生まれていく。この作品も何かにつながっていく。僕自身にとってもそう。そういう映画そのものだけではなく、映画にまつわる物語を作っていけるというのが、プロデューサーの醍醐味なんだろうなというのを感じました。

オーディションでの子役のダンスに感動「こんなグルーブするの?(笑)」

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――満場一致で岩切役には生田さんがいいという話があったと聞きました。どういうところが魅力でしたか?

白石:長谷川プロデューサーが「生田さんどうだろう?」って言い出したんです。最初、僕は頭になかったんですけど、色々過去の作品を観て納得しました。生田さんには、すごく真っ直ぐな印象がありながら、何かが枯渇している感じがある。そこが、岩切の生活・人生にポッカリ空いてる感じと合うんじゃないかなと思いました。芝居ももちろん上手いですしね。

――生田さんの表情に驚きました。目が空洞というか、あんなに窪んで、こんな顔してたっけという気持ちになりました。

白石:見ているのに、目があってる気がしないという(笑)。

――現場にも何回か行かれたそうですね。

白石:監督になると、他の人の現場に行くことがない。差し入れを持って樋口(真嗣)さんのところ行ったりとかはありますけど、今更べったりいることはないので、これはチャンスだと思って、ベタで照明トラックとか運転しながらやりたいなと思ったんですけど、直前にコロナになっちゃって全然行けなかったんです。2週間くらい経ってから現場に行ったら、ちょうど滝のシーンで、生田さんが神々しく見えました。印象的な現場でした。

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――子役たちのお芝居は実際に見られましたか?

白石:もちろん見ました。オーディションで、踊らせたいって髙橋監督が言い出して。「事前に踊りの練習してもらった方がいいですか?」って聞いたら、「その場でアドリブで踊ってもらう」と。そんなの子ども出来るかな…と思っていたんですけど、踊りも含めて、姉役の山﨑七海さんと妹役の柚穂ちゃんがすごくよくて。2人残ってアドリブで踊ってもらったときの、なんか…グルーブ感?子どもの踊りでこんなグルーブするの?っていう(笑)。そのときの映像は今でも大事にとってます。

――子役たちのシーンはどれも印象に残っています。胸が痛くなるシーンもあるんですけれど…。

白石:お母さん(門脇麦)もなんで置いてっちゃったんだろうね。麦ちゃんは「一個も理解できません!」って言っていました。

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――理解できない門脇さんに安心します。現場では子役たちに台本を渡していなかったそうですね。

白石:髙橋さんたっての希望でそうしていました。口伝えで教えながら。でも、時々演出部が子どもの前で「監督、次の万引きのシーンなんですけど」って話始めちゃったりして。ちょっと!みんな頑張って秘密にしてるのに!!っていう(笑)。子どもたちはすごい頭いいから、「私たち今から万引きするんだ…」って。気づかないふりしてくれてたけど(笑)。

現在は外部委託された“停水執行”に違和感「臭いものに蓋をしているだけ」

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――岩切たちが水道局員として疑問を感じてやめたいけどやめれないというジレンマに苦しむ描写がありますね。ぼんやりと「停水執行」という仕事があるだろうとは理解していたたのですが、映画で見ると考えさせられました。

白石:今はもう水道を止めるという業務は水道局員がやらずに外部に委託しているらしいです。通達にも行かず、決行するのは外部の民間会社。取り立て方を変えているだけですよね。問題の根本的な解決にはなってないですよね。より闇が深い気がするんですけど。何も解決していない。
どんな仕事もしんどい部分はあると思うのですが、子どもの前で止めなければいけないとか…心中察する、しんどい仕事だと思います。河林さんがそういう仕事に携わっていたそうで、それは生きるとは何かとか自分の人生を考えるよな…と感じます。

――そんなことになっているんですね。他にも、白石さんが気になって、題材にしたい仕事はありますか?

白石:たくさんありますが、「屠殺」は気になりますね。今はもうやめたんですけど、YouTubeで屠殺の映像を夜な夜な流していて、見ないと寝られないくらい病んでた時期もありました(笑)。あと『ある精肉店のはなし』(13)という大阪が舞台のドキュメンタリー映画も大好きです。生き死が直結する仕事をしている人たちはやはり色々考えていますよね。屠殺は歴史的に見ても、いわゆる同和地区の人が多かったり、社会問題をはらんでいるので、映画で伝えたいという気持ちはあります。
でも最近、監督作で等身大の人たちを撮ってないですね。怪人だったり、サイコパスな阿部サダヲだったり、ヤクザだったり(笑)。等身大な人の作品もどこかでタイミングあれば撮りたいです。

「何もできないかもしれないけど、思いを馳せることがまず一歩」

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――今回の岩切はYahoo!ニュースになってしまうような人。水道を停めに行ったおばあちゃんが頭をどんどん打ち付けて怒鳴ってる姿も、普段目撃したら「頭おかしい人だ」で片付けてしまわれそうな人。でも、みんなそれぞれに理由があるんだと思わせてくれる作品ですよね。

白石:何かの作用でそうなってる人たち。電車の中で急に大声で話だす人、もっと言うと、事件を起こす人も、それは悪いことをしているけれど、何かが背景にあってそういうことをしてしまっている。考えたくなりますよね。描きたいことがありすぎて、体一つでは足りないです。

――最後に本作で伝えたいことを教えてください。

白石:人と人との繋がりが希薄になっているとか、ありきたりなことしか言えないんですけれど、やっぱり人を救うのは人でしかないというのを『渇水』をやって改めて感じました。
苦しんでいる人、困っている人に、普段からどれだけ思いを馳せられているか。何もできないかもしれないけど、馳せることがまず一歩なんだろうなと。色々見過ごして生きているんだろうなと思います。
ラストに岩切がとった行動では何も解決しないけど、それを子どもたちの目の前でやってみせるということが、すごく心が洗われる。子どもたちの心には残りますよね。小説とは違うラストなのですが、もし彼女たちがなんとかサバイブできたとしたら、そんなに悪い未来ではないのではないかと、そう思いを残せるのがこの映画のすごいところだと思います。そこがこの作品の魅力です。

ストーリー

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 日照り続きの夏、市の水道局に勤める岩切俊作(生田斗真)は、来る日も来る日も水道料金が滞納する家庭を訪ね、水道を停めて回っていた。県内全域で給水制限が発令される中、岩切は二人きりで家に取り残された幼い姉妹と出会う。蒸発した父、帰らなくなった母親。困窮家庭にとって最後のライフラインである“水”を停めるのか否か。葛藤を抱えながらも岩切は規則に従い停水を執り行うが――。

(c)「渇水」製作委員会

取材・文:堤茜子
写真:You Ishii

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