将棋日本シリーズJTプロ公式戦の1回戦・第1局が7月1日、宮城県仙台市の「夢メッセみやぎ」で行われ、山崎隆之八段(42)が羽生善治九段(52)に109手で勝利した。優勝経験者同士の激突となった注目の今季開幕戦は、勝利目前だった羽生九段が詰み筋を逃し、山崎八段が大逆転勝利を飾る劇的結末に。終局後には「子どもたちもたくさん見てくれていましたし、肩を落としりため息をつくというのはやめようと意識していた」と、公開対局だからこそ生じた逆転劇だったことを語った。
「負けの順は100通りくらい。さすがにズタボロに負かしてくるか詰ましてくるかの2択だと思っていましたが、(羽生九段の)雰囲気としては詰ましに来るという雰囲気でした。そうだよな、と思っていたんですが…」――。
本局は、観覧者の中から抽選で選ばれたファンが振り駒を担当。と金が3枚出て山崎八段の先手番に決まった。得意の相掛かりの出だしから、前例のない力戦調の手将棋に。山崎八段は、「うまく飛車を転回されて戦機を捉えられてしまいましたが、ぎりぎりバランスを保って耐えていたかと思ったんですが。玉引きとか受けの手を指すつもりなかったんですが、フラフラと玉を引いてしまって…。自分も知らず知らずのうちに、弱気に踏み込めない方を選んでしまいました」と反省の言葉を口にした。
ペースを握った羽生九段は、ぐいぐいとリードを拡大し勝利は目前。ABEMAの「SHOGI AI」にも詰みの表示が幾度となく現れ、羽生九段の勝利が近づいていることを示していた。「形にして一手差を残さないと、という心境でした。一ケタ台の詰みのわかりやすいところまでは指すつもりだったんですが、羽生先生もどうやっても勝つ順をやられて困ると思ったんですが、一応詰ましに来た時に一手差が残るように、という思いでやっていました。詰ましに来ず勝つ指し方もあったと思いますが、棋譜が残りますので一手争いの図面が残るように、という。ちょっと情けないですが…」。
本局は、こども大会参加者や多くのファンを前にした公開対局。「今回の色紙には『不抜之志』と、何があってもあきらめない意味を込めて揮毫したんです。子どもたちもたくさん見てくれていましたし、首をガクッとやってしまいそうになったんですが、肩を落としたりしてはダメだと思って前のめりの姿勢を意識していました。最後まで子どもたちのことを思って、(投了に向けて)水を飲んだり姿勢を正したり、ため息をつくというのはやめよう、と。万が一逆転する順は…と意識をもっていたところ、詰んでいた、という感じでした」。勝負は最後までわからないものだが、本局は山崎八段のあきらめない心と、多くの子どもたちや観客がいたからこそ生じた大逆転劇だったのかもしれない。
山崎八段にとっては、JT杯プロ公式戦は特別な意味を持つという。「子どもの大会が全国各地で行われるというのは僕らの時代には考えられなかったので、(参加者は)強烈に楽しいと思います。しかも勝ち上がっていったら着物で対局ですもんね!自分は子供の頃に全国大会に出たことがあるんですけど、負けてしまって。でも、その時の感情やシチュエーション、感心した局面はいまだに覚えているんですよね。子供たちにとっては本当に貴重な経験だと思います。今は中継の環境が整っているのでプロの対局をいつでも見ることができますが、自分が子どもの頃はプロの存在は身近じゃなかったんです。プロ棋士の存在を知ったのはこのJT杯のプロ公式戦だったんですが、それがきっかけでプロを目指すようになったんです」。
今季は2年連続7度目の出場で、2017年度大会以来2度目の優勝が目標だ。本局が行われた宮城県仙台市に訪れた山崎八段は、どこかテンションが高め。JT杯で訪れるのは初めてといい、対局前には「自分は関西所属ですし(なかなか来ることのできない)東北大会に決まった時は『よっしゃ!』と思いました。昨夜は2回も夕食を食べました」と語って地元ファンを沸かせていた。「調べていたら“牛タンのたたき”っていうのがあって、聞いたことないしすごく美味しそうだったので、そのお店を事前に予約しました。でも地元の方に『お寿司も美味しいよ』って教えてもらって。本当は何日か滞在したいところだったんですが、後日に仕事も入っていたんで、行くなら今日しかないと思って仙台駅の中にある“すし通り”の立ち食い店にも並んで食べてきました。立ち食いのお店は美味しいお店しかないですよね!結構おなかいっぱい食べてしまいました(笑)」。
公務で全国各地に訪れる場合、行事が目白押しの上に頭の中は対局のことでいっぱい。山崎八段も「以前はあんまり観光を楽しむという気分にならなかった」というが、「40代になって心変わりして、これからは行ったことのない場所は観光しようという気になったんです。2年前くらいに両親含めて旅行に行ったらすんごい楽しくて。今までもったいないことしたなあ~と思って、今後は一人でも行こうかなと思っています」と声を弾ませた。
2回戦は8月19日に新潟県の新潟市産業振興センター展示ホールでの対局が予定されている。永瀬拓矢王座(30)との対局に向けて「大変厳しい相手。胸を張って将棋を指せるように精進していきたい」と意気込みを語ったが、「正直ちょっと辛いなと思っていて…」とも。強敵に対する心境かと思いきや、「だって新潟に行ったら絶対に何日か滞在すべきじゃないですか(笑)!でもその前に順位戦(8月17日、B級1組4回戦)があって、その次の日に広島で村山杯(8月20日、将棋怪童戦)という森門下の一大イベントがあるんです。いや~!」。どこまでもマイペースな山崎八段は、心躍る夏に向けて瞳と頬をぴかぴかに輝かせていた。
(ABEMA/将棋チャンネルより)