「時速160キロ出ていたとしても、まっすぐな直線道路を走行できている。それは運転を制御できていたということだから危険運転にはならない」
遺族は検察にそう説明された。
今年2月、宇都宮市の国道でバイクを運転していた佐々木一匡さん(63)は時速160キロ超で運転する石田颯汰被告(20)の車に追突され命を落とした。法定速度の3倍近いスピードが出ていたにもかかわらず、裁判は「危険運転致死」ではなく、「過失運転致死」の罪で始められた。
なぜ、このような世間の常識との乖離が起きるのか? 危険運転へと「訴因変更」すべく5万筆以上の署名を集めた遺族の願いは届くのか? テレビ朝日社会部 秋本大輔記者に聞いた。
■危険運転と過失運転の違い
━━そもそも危険運転と過失運転の違いは?
まず、法定刑が大きく異なる。「危険運転致死罪」は1年以上20年以下の懲役、「過失運転致死罪」は7年以下の懲役。以前は悪質な運転事故を起こしても5年以下の懲役(業務上過失致死傷)であったが、飲酒運転などによる悲惨な交通事故が数多く発生し、厳罰化を求める声が高まったことにより、危険運転致死傷罪が2001年に新設された。
━━それぞれの罪はどういった場合に適用される?
「危険運転致死傷罪」は、アルコール・薬物、赤信号の無視、あおり運転・妨害運転、高速度での運転など。対して「過失運転致死傷罪」は不注意が要因の事故。つまり、先ほど挙げた、アルコールなどのように「不注意」とは到底言えないような危険な運転をした場合には、危険運転が適用される。
宇都宮の事故では、「高速度」に該当するのではないかと思われるが、条文には「進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」と規定されており、「何キロ以上」という具体的な記述はない。
■なぜ“過失”になるのか?
今回の事故を整理する。
・時速60キロ制限の国道を100キロオーバーの160キロで運転
・被告は友人のバイク2台と並走。「3台が前になったり後ろになったりしながら走った。車を次々追い越していた」
・被告は「ほかの2人のバイクが先に行ったため、追いつこうとしてスピードを上げた」と証言
━━このような客観的事実がありながら、担当検事はなぜ「過失運転」で起訴を決意したのか?
交通事故に詳しい弁護士によると、「まっすぐな道では速度をはるかに超過して事故を起こしても、『過失運転』とされる裁判での判例があるため、検察は『危険運転致死』での起訴を躊躇した可能性がある」とのこと。
実際に判例などでは、あくまで「道路の(物理的)状況」で判断し、「交通の状況」では判断しないのが通例。つまり、道路の形状、路面の状態、車の性能で判断され、道路を走る他の自動車の状況などは考慮されないという。過去にも、名古屋で一般道を146キロで車を走らせ衝突し、4人が死亡した事故が「過失運転」になっている。
━━「危険運転」の適用に厳しいハードルができた背景は?
危険運転が制定された当初、できたとき、法定刑(懲役刑)が最高5年から20年へと、法定刑が4倍にもなったため、法制定当初は危険運転の適用を限定する方向に精力が注がれていた。その後も、高速度の運転については法改正などが行われておらず、高いハードルが残ってしまっている。
■遺族の戦い
どうして過失になるのか? 遺族は理解できなかった。
事故にあった佐々木一匡さんは、自動車メーカーの技術者で「車の安全技術の開発」を担当。妻の多恵子さんは「こういう仕事をしている主人がなぜ交通事故に遭うのかと無念ですね」と悔しさを語る。
遺族は「このような運転をして事故を起こしているのに『運転を制御できていた』とされることに納得がいかない」として訴因変更を求め署名活動を行ない、集まった5万筆以上の署名は要望書と共に検察に提出された。
━━遺族の切なる願いは届くのか?
裁判の途中であるにもかかわらず、平日の日中に道路を規制してまで、改めて補充捜査が行われるなど、イレギュラーな対応をとられていることもあり、検察が訴因変更に応じる可能性は十分にある。とはいえ、危険運転への変更でなく、3台での暴走行為に関する、共同危険行為の追加となる可能性もある。
(『ABEMA /倍速ニュース』より)