岸田総理の思惑が透けて見える━━総理補佐官に元国民民主 矢田稚子氏起用の狙いは「本気の賃上げ」か「野党の分断」か?
【映像】衆院議員より高い! 総理補佐官の月給は?

 9月に行われた内閣改造で岸田総理は賃上げや雇用を担当する総理大臣補佐官に国民民主党の副代表も務めた元参議院議員の矢田稚子氏を起用し注目を集めた。なぜ野党の元議員を起用したのか? そもそも総理補佐官とは何なのか? テレビ朝日政治部 小野甲太郎記者に聞いた。

【映像】衆院議員より高い! 総理補佐官の月給は?

━━総理補佐官とはどういう仕事なのか?

「総理大臣の特命スタッフ」だ。定員は5人以内で、仕事の内容については内閣法で「総理の指示を受けて内閣の重要政策を企画立案するなど総理を補佐する実務担当者」と定められている。「内閣の重要政策」とは、内閣、つまり総理が「これは重要だ」と考えている政策であり、これを進めていくために総理をサポートする。

日本の総理大臣は長らく、政策の企画立案などを霞が関にゆだねていたが、その結果、国の運営が官僚任せになってしまった。そこで、「国民が選挙で選んだ政治家が国の運営を主導すべきだ」「政治主導・総理官邸の機能を高めよう」という考えから1996年に総理補佐官が設けられた。

━━総理補佐官はどの程度の権力を持ち、どのような待遇なのか?

総理補佐官は結構偉い。就任すると、大臣と同じように総理官邸の階段で赤じゅうたんの上にモーニング姿で立って記念撮影もする。ある補佐官は、就任の電話を総理から直接受けたといい、辞令交付のために総理官邸に行ったら控室が大臣たちと一緒だったと教えてくれた。

特別職の公務員という位置づけで、昨年11月の内閣官房資料によると、総理補佐官の給与は月141万円で、衆議院議員の歳費の月129万4千円よりも高い。総理官邸の4階に執務室があり、省庁から派遣された秘書官や、事務スタッフもいる。企業でいえば取締役会メンバーのような存在だ。

━━総理秘書官とかなり名前が似ているが、“似て非なる者”なのか?

両者とも特別職の国家公務員という立場は同じだが、秘書官の仕事は文字通り「秘書」。内閣法では総理の政策判断や業務遂行を支える仕事と定義されており、総理個人の秘書や役人が起用される。ちなみに秘書官の給与は約26万~58万円と幅があり、公務員の給与体系にのっとったものとなっている。

━━総理補佐官にはどういう人材が起用されることが多いのか?

起用される傾向には大きく分けて3つのパターンがある。

1.総理が側近を起用するパターン
総理大臣のタイプにもよるが「閣僚には早いが、自らに近い議員」を登用するパターン。岸田総理が側近を起用した例としては、岸田派で同じ広島選出の寺田稔氏を総理肝入りの政策である核軍縮担当の補佐官とした。寺田氏はその後、総務大臣として入閣した。

2.話題の人・時の人をサプライズで起用して国民受けを狙うパターン

例えば第一次安倍内閣では、当時人気のあった現在東京都知事の小池百合子氏を補佐官にした。他にも拉致問題に尽力して国民の支持が高かった中山恭子氏を拉致問題担当の補佐官にしたことも。

3.入閣待機組に箔をつけるため、あるいは入閣できなかった人を処遇するために起用するパターン

今回の新任補佐官では石原宏高氏と、小里泰弘氏、上野通子氏が当てはまるのではないか。いずれも副大臣経験者で当選回数も入閣適齢期に達している。ある関係者は補佐官について「響きがいいしかっこいい。選挙対策になるからありがたい」と打ち明けてくれた。また、「これで次は入閣だな」と下心を語る人も。

━━矢田稚子氏とはどのような人物なのか?

大阪出身で、ヤングケアラーの経験もある方だ。高校卒業後に当時の松下電器産業に入社し、電話交換手から役員秘書、広報などを経て2000年に組合専従になった。その後2016年の参院選で労働組合などの支援を得て当時の民進党から出馬し、党分裂で移った国民民主党では副代表なども務めた。児童手当の所得制限撤廃や女性議員を増やす「クォータ制」導入などに取り組み、昨年の参院選にも立候補したが、立憲と国民民主の分裂の影響もあって落選。その後、パナソニックに戻っていたところ、岸田総理が一本釣りしたというわけだ。

━━なぜ岸田総理は野党出身者を起用したのか?

矢田氏の担当は賃金・雇用だ。表向きには、矢田氏の労働組合での経験を岸田政権が重視している労働市場改革や構造的な賃上げの推進に力を発揮してほしいと説明している。

ただ、それだけではない。政権は以前から国民民主党を取り込もうと動いている。連立入りはハードルが高くて難しいが、元国民民主党副代表の矢田氏を補佐官にして、国民民主党が主張する政策を実現すれば、政府の政策に賛同してくれるかもしれない。そうすれば国会運営は楽になるし、野党を分断することもできる…という思惑がある。

実際、古巣の国民民主の玉木代表は「心からエールを送りたい」と歓迎した。一方、立憲民主党の泉代表は「連立入りへの布石だと思われても仕方がない」と対照的な反応だった。

「野党分断」という政局的な目的のために総理補佐官のポストを利用するというのは、史上初めてのことだといってもいいかもしれない。“派手さはないがしたたか”な岸田流人事が現れたと言える。

━━我々は総理補佐官のどこを注視していくべきか?

1.不用意な言動
補佐官は総理が国会の承認も不要なまま、一本釣りで起用するため任命責任は総理に直結する。補佐官の失敗は政権の命取りになりかねない。

2.“箔付け人事”になっていないか
総理補佐官が設置された当初は「外交担当」「行政改革担当」「都市再生担当」など、担当任務がはっきりしていて、実力者が補佐官に起用されていた。しかし近年は「重要政策に関する省庁間調整担当」や「国政の重要課題担当」、「ふるさと担当」など、よくわからない担当任務が多い。箔をつけるためや、閣僚待機組を処遇するために設置した人事かどうかを見極めるポイントは「補佐官の任務がどのようなものか」「その任務にふさわしい人が起用されているか」にある。

3.担当任務がコロコロかわっていないか
補佐官は「内閣の重要な政策」にあたるため、担当任務がコロコロかわるということは、内閣の重要な政策もコロコロかわるということになる。例えば、今回の補佐官の担務から「LGBT理解増進担当」は消えてしまった。広島サミットを前に国際的な批判を浴びないためにLGBT問題を重要な政策にしたが、サミットが終わったので “のど元過ぎれば熱さ忘れる”ということになってしまったわけだ。

4.賃金・雇用政策の成果
矢田氏の起用は話題になったが、そもそも岸田総理は賃金・雇用という政策をどこまで本気で考えているか。これは結果によってのみ問われる。矢田氏の仕事ぶりは十分か、政府全体として結果を残せるか、また、仮に矢田氏が補佐官を退任した後も総理は引き続き賃金・雇用を重要政策にし続けるかを見極める必要がある。
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