「僕はこの作品を引きずって大人になっていこうと思います。」自身の出演作について、そうコメントを残したのは俳優の佐藤寛太(27)。
佐藤は11月10日(金)に公開される映画『正欲』に出演。衝撃的なストーリーが波紋を呼び、“共感を呼ぶ傑作”か、“目を背けたくなる問題作”と話題になった朝井リョウによる同名小説を原作とする同作は、家庭環境、性的指向、容姿、様々に異なる背景を持つ人々が、“普通”とされている人とは異なる自身の生きにくさを見つめ、向き合っていく物語だ。
佐藤が演じたのは、ダンスサークルで活動し、大学の準ミスターに選ばれるほどの容姿を持つ諸橋大也。類まれなるスペックを持ちながらも、他人と距離を置くミステリアスなキャラクターで、これまでハツラツとした明るいイメージの役柄が多かった佐藤の新たな魅力を開花させている。今回、ABEMATIMESは新境地を開拓した佐藤に、同作での経験を語ってもらった。
「この作品に携われてよかった」佐藤寛太が『正欲』にした出演した意味
――岸監督は今までタブーを題材とした作品に挑んでいますが、佐藤さんは今回、何に引かれてオーディションに参加されたのでしょうか?
岸監督の作品は生っぽいですよね。選ぶ題材も社会性があるものばかり。何かしら強い意志を持って作られてる。だから、観るのにもすごく体力がいる。
映画はエンタメだから、すごく疲れた、何も考えたくない日にぱっとつけて大笑いできるようなものもあるし、自分の底を明るくしてくれる、新しい価値観を与えてくれたり勉強になるような作品もある。今回の作品は、自分の中で「この作品に携われてよかった」というか、何年後に振り返っても、自分のキャリアの中で見ても、そう思えるような作品になるんじゃないかなという予感はオーディションを受けた時に感じていました。だから絶対に受かりたいと思ってました。
――今回、原作の存在は知っていましたか?
はい、読んでました。それもあって出演したいという気持ちが強かったというのはあります。朝井さんの作品はいくつか読んできたんですけど、その中でも本作は結構重くて、正直な話、一回読むのを止めてしまったんです。半分ぐらい読んで、精神的に疲れてしまって。一回置いて寝かせている間に、映画のオーディションの話が来たんです。それで、読まなきゃと思って続きを読みました。
冒頭から話の結びが全く見えないし、誰がどう報われるのか、何が正解かも分からないし、この作品のもつメッセージや課題が強すぎて、読むのがすごくしんどくて、時間がかかりました。そもそも僕は本を読むのが結構ゆっくりなんですけど、その中でも、情景とか、それぞれの心情が頭の中でぐるぐるしすぎて。朝井さんがどういう風に人を見てるのか気になります。自分が一つの役を演じるってなった時に、俺はこんなに描写を深掘れない。というか、一人でいっぱいいっぱい。だけど朝井さんは、その深さで5人とか7人の視点を描いている。しかも、それで物語を作ってるから、ちょっとすごすぎます。
「初めて天才に出会った」相手役・東野絢香との衝撃の出会い
――原作をもとに役作りをした部分はありますか?
小説から得た情報、影響がかなり多かったです。台本に書いてあること以上に、自分も感情的になりました。小説をベースに、自分の中で人物設定を作って、現場に行きました。小説の中で描かれている姿が10だとすると、映画の中では3か4ぐらい。映画では描かれてない役の背景もたくさんあったので、そういう意味では、小説で自分の記憶とか経験を補完していました。ただ僕は結構芝居をやりすぎちゃうタイプだから、完成した時にやりすぎてなかったらいいなという風には思ってました。
――役のイメージはオーディションの段階からできていたんですか?
自分の中ではできていると思っていたんですけど、全然でした。オーディションの時は、相手役の方のおかげで「今日撮られてもいいや」って思うぐらい完成度高い状態で行ったつもりだったんです。でも、いざ決まって、台本を通してもう1回物語として考えると、全然浅はかでした。
――現場に入って変わりましたか?
いや、もう現場に入る前に変わりました。監督とディスカッションして変わったというより、相手役の東野絢香さん(神戸八重子役)に会ったことで。初めて天才に出会ったというか。“天才”っていうと彼女の努力をむげにするようであんまりよくない表現かもしれないですけど。すごすぎて圧倒されて、ちょっと素になってしまいました。最初のテストの時とか、「うわっ」てなって、色々プランを練っていたのにセリフが出なくなりました。今回東野さんと共演できて、本当に光栄でした。出会えてよかったです。凄まじかった。
肉体美を披露するも特に意識せず「ダンスの練習をしていたら絞れていた」
――今回、佐藤さんの美しい肉体美にも驚かされたのですが、体づくりなどもしたのでしょうか?
今回の作品に入る直前に、自衛隊の役をやっていたのでその影響もあるのかもしれないです。ジムには普段から行っていますけど、今回特別意識して鍛えたとかはないです。映画のためにダンスの練習をしていたら、絞れていました。
――大学のダンスサークルで活動する、大也のダンスシーンはかなり迫力がありました。佐藤さんも元からダンスをやっていたのでしょうか?
高校生の時、チームで踊っていたことはあったんですけど、レベルが違ったので全然です。今回の準備として毎日1人で公園で踊ってました。それ以外にも週3、4くらいでレッスンもあって、ダンスの動きを組んでもらったりフォーメーションの練習をしたり。本当に一生懸命でした。あのダンスシーンの準備にはめちゃくちゃ時間かかりました。
「彼の目で世の中を見ているともう笑えない」“大也”と向き合って感じた苦しみ
――佐藤さんから見た大也はどのようなイメージですか?
オーディションをやってからと、実際に演じてからとで印象が変わりました。人に言えないことは誰にでもあるじゃないですか。大也は若いし、人に言えないことがあって、それがきっかけで心を閉ざして、誰のことも信用しなくなる。「そういうのって子どもじゃん」って、最初は僕も思ってたんです。でも、大也のことを考えて、いろんな物事を見聞きしてると、「彼のこの生き方以外の正解ってあるの?」みたいに思えてきました。
年齢は関係ないってよく言いますけど、年齢ってそれまでに自分の人生の意味とか考えてないと、ただ重ねるだけになっちゃう。大也は生まれて物心ついてから、ずっと考え続けているから、周りが馬鹿に見える。「ただへらへらして生きてていいよね」「それで生きられていいよね」と、見下しているし、羨ましくもある。だから、人と関係を構築しても、自分の指向について人に話せないし理解してもらえないと思っている。ゴールが見えてるから、スタートラインを切らないんですね。撮影に入る前に、大也について「これ以上、解決する可能性ってあるのかな」って思ってしまって、しんどかったです。撮影の前から何をやってても楽しくない。
僕はプライベートでも旅行に行く前とか遊ぶ約束している前、作品にインする前に、ちょっとナーバスになるタイプなんです。先の約束が憂鬱になる(笑)。今回も撮影が近づいてくるうちにだんだんそうなってしまって。終われば解放されるとは思っていたんですけど、結局今も解放されてないです。大也にとっての正解が今でも分からないから、答えがないし、心にずっと残ってしまいます。
――岸監督から現場で何かリクエストはありましたか?
岸監督からは「思う通りやってください」とだけ言われました。助監督に僕の友達がいて、彼が言うには、岸監督はハッパをかけていたのではないかと。役者にとって自由にやると言うのはプレッシャーなんです。「あなたが何を作ってきたのか見せてください」って言われることだから。
僕はよく言う憑依型とかではないんですけど、今回の役は引きずりました。ただ単純にどうやって大也は普段生きてるんだろうって、ずっと彼の目で世の中を見ているともう笑えないし、疲れてしまう。
監督には、大也について2つ質問したんですけど、それは「大也って何で笑うんですか?」っていうのと、最後のシーンが終わった後に「大也ってこの後も、生きていくという選択肢を取るんですか?」というもの。でも、どっちも答えは出なかったです。岸監督は答えを出さないんですよね。話は聞いてくれるけど、答えを提示するみたいなのはなくて、「思った通りやってください、それを撮るので」という。でも、それをプレッシャーに感じる余裕もなかったです。ずっと大也のことを考えていたので。
東野絢香との対峙に「感情自体がぐちゃぐちゃになって」
――東野さんとの後半の対峙シーンがすごかったです。あえて佐藤さんのバックショットを撮っているのも印象的でした。
八重子役の東野さんの芝居がすごすぎて。
彼女にあんな風にされると分からなくなるんです。芝居とか何も考えてないです。東野さんの演技を真正面から受けて、「俺(大也)は自分の言いたくないことがあるからって、砦を築いて、この人に向き合ってない俺って何なんだろう?」と思ったのを、今でも覚えてます。あんなに心を裸にして人と喧嘩したのって小学校に入るよりも前にあるかないかじゃないかな。もはや親とかしかないんじゃないか。小さい頃に親と喧嘩した時に、自分の思いを伝えたくても伝わらないとか、そんな気持ち。もう悲しいとか嬉しいとか怒ってるとかそんなんじゃなくて、感情自体がぐちゃぐちゃになってしまって。
佐藤寛太が語る『正欲』への思い「自分がこの作品のピースの一つになれたのがすごく幸せ」
――今回、佐藤さんの今までのイメージと違いすぎて衝撃を受けました。色気のある芝居で、苦しみもすごく伝わってくる。ご自身で手応えは感じていますか?
岸監督とお仕事できて、東野さんに出会えて一緒に撮影できたことがよかったです。ただそこに存在していることの強さというものを、東野さんに見せてもらえました。その場で自分が思ったように動いてみるとか、思った通りその感情とかそういうことを改めて学びました。
ただ、自分の芝居というよりも、感じたのは、原作や台本を読んだ時も、完成した作品を見た時も思ったんですけど、この作品自体がやっぱり強いと言うこと。観た人の心に傷を残すような作品になるんじゃないかなと思います。この作品に出られたこと自体が自分の中ですごい幸運なことだったと思います。この作品に出会って、大也を演じたおかげで、普通に生きていたら考えることもなかったような人の気持ちとか、その生きる上での哲学みたいなものを考えるきっかけにはなりました。
クランクアップして時間がたった今でも答えが出てないから、全然気持ちは晴れていない。ただこの作品に携われたっていうことがすごく幸せ。役者として表現して、何かを人に伝える。自分がこの作品のピースの一つになれたのがすごく幸せでした。
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その他スタイリスト私物
スタイリスト:Masahiro Hiramatsu
ヘアメイク::KOHEY(HAKU)
取材・文:堤茜子
写真:山口真由子
(c) 2021 朝井リョウ/新潮社 (c) 2023「正欲」製作委員会