「代打オレ」どころの騒ぎではない。むしろハリウッド映画ばりの監督兼主役だ。日本全国を8つのブロックに分けた団体戦で行われる「ABEMA地域対抗戦 inspired by 羽生善治」予選Aリーグ第1試合、関東A対関西Aが1月20日に放送された。関東Aは1勝1敗で迎えた第3局から、監督である羽生善治九段(53)が自ら登場すると、ここから破竹の4連勝。スコア5-1でチームの勝利を決めてしまった。あまりの強さに仲間も驚愕。日本将棋連盟会長でもあり、関東Aの監督でもあり。ただやはり羽生九段は、恐ろしく強い棋士だった。
連盟会長として掲げた「将棋による地域活性化」を実現するために、肝入りで進めた地域対抗戦。じっくり育てたい企画ではあるが、1年目から盛り上げるために強く勝ち抜くことを誓っていた。先発の佐々木勇気八段(29)が第1局を勝利、第2局で敗れたことで、第3局は羽生九段の出番となった。佐々木八段以外にも3人の棋士を選んだだけに、相手チームからすれば「もう出てくるのか」と予想より早い登場だったが、盛り上げの一役を買うどころか、この試合においては完全な主役となった。
第3局の相手は名人挑戦経験もあり、フィッシャールールの経験も豊富な稲葉陽八段(35)。同じルールで指されるABEMAトーナメントでも優勝、準優勝と好成績を収めている棋士だ。稲葉八段の先手で始まると、戦型は相掛かりに。両者、中住まいでバランスを取りながらの将棋になったが、序盤に羽生九段が飛車を5筋に展開、さらに中段に浮かせて使ったことで解説していた村中秀史七段(42)も「空中戦の醍醐味。慣れていないとすぐに技がかかってしまう」と、その難しさを指摘していたが、ここからレジェンドならではの指し回し。難解な局面に先手を誘導したことで徐々にペースを掴むと、相手の攻めをしっかり受けてからの逆襲により122手で勝利を収めた。
今大会は勝利した棋士がそのまま次の対局にも出場するルール。これが羽生九段には強烈な追い風になった。第4局は70局以上の対戦経験がある振り飛車党・久保利明九段(48)が相手。予想通り先手の羽生九段が居飛車、久保九段が四間飛車の対抗形になると、序盤こそ久保九段が指しやすそうに見えたが、羽生九段が駒損を感じさせないほど駒を躍動させて、快勝譜を作り出した。さらに第5局は歴代2位に入る168局も指している佐藤康光九段(54)と激突。数々の名勝負を生んできた新旧会長対決になると、佐藤九段が一風変わった出だしを見せつつ相居飛車で進んだが、ここでも羽生九段の充実ぶりが光ることに。「3手目から全然予想しない展開。途中からかなり手将棋で手が見えなかった」というものの、的確な手を積み重ねて3連勝を飾った。
大会の開幕戦からここまで仕上がってしまえば、もう止められない。第6局は稲葉八段との再戦に。先後が入れ替わり、羽生九段の先手番で始まると相掛かり模様の出だしから、羽生九段が横歩を取ったところで角交換。形勢判断が難しい一局になったが、中盤には羽生九段が3三の地点に4回も歩を打つ奇襲。相手の陣形を崩す手筋だったが、徹底的に攻め続けたことで耐えきれなくなった稲葉八段の変化から、形勢は一気に羽生九段に。最終盤は盛り返される局面もあったものの、なんとかまとめて逃げ切り4連勝すると、チームの勝利も確定させた。
大会開幕前には、新しいルールへの対応をぎりぎりまで悩んでいたが、終わってみれば監督でもありエースでもある自分を早めに起用して、余裕を持っての初戦勝利。試合後は「いい結果が出せて本当によかったです」と頬を緩めた。連盟会長という激務の中、公式戦でも年度勝率を6割台に乗せるなど好調の羽生九段。前回のABEMAトーナメントあたりからフィッシャールールのコツでも掴んだのか、超早指しでも強さが突き抜けてきた。年齢も50代半ばに入ってきたレジェンドだが、輝きはいつまでもまるで失われない。
◆ABEMA地域対抗戦 inspired by 羽生善治 全国を8ブロックに分けた「地域チーム」によって競う団体戦。試合には監督とチームから選ばれた出場登録棋士の4人の計5人が参加可能。試合は5本先取の九番勝負で行われ、対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールール。試合は1試合以上出場する「先発棋士」と、チームが3敗してから途中交代できる「控え棋士」に分かれ、勝った棋士は次局にも出場する。先発棋士は1人目から順に3人目まで出場し、また1人目に戻る。途中交代し試合を離れた棋士の再出場は不可。大会は2つの予選リーグに4チームずつ分かれ、変則トーナメントで2勝すると本戦進出。ベスト4となる本戦は通常のトーナメント戦。
(ABEMA/将棋チャンネルより)