Netflixシリーズ「地面師たち」は7月25日に配信が始まると国内1位を獲得、グローバルでも週間3位を獲得した「地面師詐欺」を題材にしたドラマだ。
実はドラマにはモデルとなった事件がある。2017年に発生、63億円が騙し取られた「積水ハウス地面師詐欺事件」だ。
当時この事件を取材し、主犯格の男にも肉薄したテレビ朝日社会部・石塚翔デスクに話を聞いた。
━━ドラマと実際の事件に類似点はあったか?
「6〜7割は実際に起きたことをベースにしており、残りはドラマ用に誇張されたもの。かなり現実に沿って作っている印象だ」
━━地面師とはどんな人たちなのか?
「地面師とは、他人の土地を自分の土地だと偽り、売り渡したかのように見せかけることで、金を騙し取る詐欺師集団。地面師は分業制で、計画を立案する『統括役』、現場を主導する『コントロール役』、『なりすまし役』とそれをスカウトする『手配師』、不動産業者と詐欺師をつなぐ『仲介業者』、パスポートや印鑑証明など書類を偽造する『道具屋』、騙し取った金の流れを分かりにくくする『銀行屋』など、その道のプロたちが集まって行われる。モデルとなった事件では逮捕者が15〜17人で、ドラマの設定よりも大きな集団だった」
◼︎現実の事件の舞台裏:なぜ“地面師”を見抜けなかったのか?
━━ドラマは港区・白金の寺を舞台にしていたが、実際の事件はどのような場所で?
「五反田駅の近くにある、1940~50年代から営業していた元旅館の跡地だ。広さは約2000平米で、周囲に高層ビルが立ち並ぶ中、“時代に取り残された”ような場所だった。この元旅館には持ち主だった当時70代の女性が住んでいたが、事件の3カ月前から体調を崩し入院していた。そこに地面師たちが入り込んだ。地面師たちは持ち主の女性がいなくなるのを今か今かと狙った。女性が入院すると、『なりすまし役』を手配、都内の不動産会社に『土地を売りに出す』という情報をばらまいていた」
━━旅館は当時いくらで取引されたのか?
「地面師たちに渡してしまったのは63億円。その後、法務局が土地の権利に伴う申請を却下したところで詐欺に遭ったと気付いたという」
━━なぜ詐欺を見抜けなかったのか?
「当時は東京五輪前で都内の土地の価格が上昇していた。不動産事業者にとっては、これだけの広さで都心にぽっかりと空いた土地は魅力的な場所だった。詐欺だと見抜けなかった背景としては、この土地をライバル会社に取られてしまうことへの焦りがひとつ。また、取引に必要な書類自体は揃っていたので、権利者当人とは会えなくても書類さえ揃えば大丈夫だと考えていた。この二点の要因で騙されたといわれている」
━━ドラマでは「(確認は)もうええでしょ!」などと高圧的に契約を急がせる役割を担っている地面師がいたが、実際はどうなのか?
「実際には違う。何十億円という取引なので、誰もがピリピリしている。『怪しまれたらそこで試合終了』であり、怪しまれないように必要な書類をすべて揃える。『なりすまし役』はドラマのように、本物になりきるために勉強させられていた」
━━身分確認などはドラマのように確認する?
「免許証などはICチップが入っているので、裏から光を当て、透かして確認する。この事件以降は、より厳しく見るようになったという。それだけ大きな影響を及ぼした事件だった」
━━ドラマではメンバー全員が詐欺の全容を把握していたが、実際の事件では?
「地面師たちは逮捕された後のことも考えている。もし“ワンチーム”で動いていると捕まった時に全員が同じ罪に問われる。そのため、なりすまし役は自身の役割しか伝えられておらず、全容は知らされない。他の役割のメンバーも同様で、それぞれが与えられた役割をこなしていくうちに、最終的に“騙しの城”が完成するというイメージだ。積水ハウスの事件でも全容を知っていたのは上位の首謀者たちだけで、他の実行役たちは自分がどういうピースを担っているのかを把握していないとされる。もし誰かが逮捕されたとしても『騙すとは知らなかった』として、不起訴を狙うのが手口だ」
◼︎「首謀者と“背中合わせ”になった」
━━首謀者はドラマのハリソン山中のような人物だったのか?
「事件のリーダーとされた男は内田マイク受刑者。以前は『内田英吾』を名乗り、地面師詐欺を生業としていた人物で、ある時から『内田マイク』を名乗るようになった。この事件の他にも、有名ホテルが12億円を詐取された事件なども操っていたといわれる。私が2016年ごろに地面師関係の取材を始めた当時から、この名前が必ず出てくる人物だったが、現場に証拠は一切残さない。超有名人だが全く掴めない人だった。彼のチームには、『コントロール役』や『銀行屋』たちがどんどん集まっていた。詐欺師から『この人が関わっているなら絶対稼げる』と信頼されるような存在だった」
━━大金をめぐるトラブルは起きないのか?
「協力したメンバーの顔色や性格・家族の有無など生活状態を加味しながらお金を分配していたため、仲間内のトラブルは聞かなかった。やはり、『この人について行けば未来永劫稼げる』と一定の信頼があったようだ」
━━裏切り者を殺害するようなことには?
「実際の事件でそういった話はなかった。基本的に詐欺師たちは人を殺さない。なぜなら殺人罪の懲役は20年ほどだが、詐欺は10年程度だからだ。詐欺師たちは『自分がだまし取ったお金』割る『懲役の年数』が『年収』と考える。お金をどこかにプールしておけば、懲役を受けたとしても、出所後には“年収”がある、という計算をするので、殺人はしないという」
━━内田マイク受刑者に話を聞いたことは?
「彼がホテルのロビーで次の詐欺事件の打ち合わせをしている時に、“背中合わせ”で話を聞いたことはある。情報提供者から話しかけることを禁止されていたから直撃はできなかった。その後も何度か肉薄したが取材はできなかった」
◼︎「カミンスカス操受刑者は、“会いに行ける存在”だった」
━━取材できたメンバーはいるか?
「実行リーダーであるカミンスカス操受刑者にはインタビューができた。ドラマで綾野剛さんが演じたポジションにあたる。彼は都内のフィリピンパブなどに通っていて、内田受刑者とは異なり、“簡単に会いに行ける存在”だった。事件当時は小山操の名前で活動していたが、名前が広がりすぎたことから、逃亡前に外国人ホステスと婚姻関係を結び、相手の名字である『カミンスカス』に変えたという」
━━綾野剛さんが演じたキャラクターと似ている点はあったか?
「共通する印象としては、口がうまい。彼はさまざまな不動産屋と会っているが、場を主導する洞察力と“間違ったことを言っても納得させてしまう力”があったという。取材した時も、私は彼が事件のナンバー2だと把握した上で話を聞いているのに、『騙すつもりはなかった』『正しい商取引だと思った』など、サラサラと嘘が出てきた。また、対応力も非常に高い。なりすまし役の女性に対し不動産業者が『この春はどこか行かれるんですか?』という質問をすると、彼女は『実家に帰る、桜がきれいで毎年楽しみにしている』とうっかり“本当の自分”のことを話してしまった。しかし、彼は即座にリカバリーしたという」
━━事件を起こした地面師たちは全員捕まった?
「この事件については全員逮捕されたが、その後『騙した犯意が認められない』などの理由で証拠不十分となり3〜4人が不起訴になった」
━━騙し取られたお金は戻ってきたのか?
「どうなったか分からない。騙し取られた金は、ほぼ出てきていない」
━━ドラマでは騙された被害者たちの姿もあったが、実際に地面師詐欺に遭った人たちはどうなるのか?
「この事件も含めて、地面師による詐欺事件を30件ほど取材した。被害者はホテルチェーンや中堅不動産会社など様々だった。中小企業や小規模の不動産屋のケースは、事業が立ちいかなくなり、借金取りから逃れるために家族がバラバラになったという人もいた」
━━私たちが地面師詐欺に遭わないためには?
「土地やマンションを所有している人は自分の資産をしっかり管理する。管理会社などは常に監視してくれるわけではない。また紙での確認で満足せず、ちゃんと自分の目で自分の資産をチェックすることが大事だと思う」
(ABEMA/倍速ニュース)