ロシアに派遣され、訓練を受けていた北朝鮮兵は、ロシア西部のクルスク州に到着したとされる。ウクライナとの激しい戦闘が繰り広げられ、プーチン大統領が奪還を命じている地域だ。北朝鮮からは、どのような兵士が派遣されたのか。そして、戦場でどのような役割を担うのか。新たな事態による緊張はアジアにも及ぶ。
【画像】北朝鮮兵士がウクライナ戦場到着か 「暴風軍団」の実態は? 韓国が抱く“恐怖”
1)特殊部隊「暴風軍団」も…派遣された北朝鮮兵の実態は?
ウクライナ国防省・情報総局によると、ロシアに派遣された北朝鮮兵は、将軍3人、将校500人を含む合計1万2000人。その中には、戦時に重要な施設の破壊や混乱を引き起こす任務を担う特殊部隊「暴風軍団(ぼうふうぐんだん)」が含まれているという。
共同通信は「ロシアに派遣された北朝鮮軍部隊の統括役として、朝鮮人民軍参謀部のキム・ヨンボク副総参謀長がロシアに入国したことがウクライナ軍筋の話で分かった」と報じた。キム・ヨンボク副総参謀長は、「暴風軍団」こと特殊部隊11軍団のトップを歴任、金正恩総書記の側近の1人とされている人物だ。つまり、「暴風軍団」に関係する幹部がロシア入りしたことになる。
長谷川雄之氏(防衛省防衛研究所主任研究官)は、今回の北朝鮮の特殊部隊投入について以下のように分析した。
北朝鮮兵の派遣がクルスク州にとどまらず、ウクライナ東部にも拡大する可能性も考えておかなくてはならないが、プーチン大統領がクルクス州の奪還を命じた相手は、6月に大統領補佐官に就任したデューミン氏。国家評議会書記を兼務する、プーチン氏の側近中の側近だ。彼自身、GRUというロシア軍の特殊部隊にいた経験があり、クリミアなどでの特殊作戦にも従事した。北朝鮮軍が今回、特殊部隊を送っているとなると、デューミン氏が構想する戦い方とかなり親和性が高い。一般に特殊部隊は、あらゆる状況、環境下で、事態に即応できる態勢が必要だ。今回の場合、クルスク州やウクライナ東部の状況は朝鮮半島有事とは地理的環境など前提条件が異なる部分もあるが、これにも対応できるような、幅広い分野で知見を深めていくことが北朝鮮の特殊部隊にとっても必要になる。
廣瀬陽子氏(慶応義塾大学教授)は、派兵された北朝鮮兵の、練度の開きに注視する。
北朝鮮はロシアに砲弾やロケットを提供していて、その運用のために技術者たちも早くから現地入りしている。そこに加えて、今回の展開では、かなりの人数の北朝鮮兵士が送られると見込まれるが、その中には、精鋭部隊の他に、あまり練度の高くない人も相当入っていると思う。この、「練度の高くない人」については韓国などが、人海戦術に使う人材だろうと分析しており、十分な訓練もせずに前線に送られてしまっている可能性も高い。他方で、精鋭部隊についても、単独での動きをさせるのかロシア軍と共同で何かをさせるのかによっても随分、状況が変わってくる。
2)北朝鮮から派兵された“若者”たちは今後…「弾除け」の懸念は?
派遣された北朝鮮兵について、韓国軍当局は、「派遣された北朝鮮兵の多くが入隊まもない10代・20代。ベテラン兵士は多くない」と指摘。北朝鮮の徴兵は17歳からであることを考えると、2005年~2007年生まれの若者が多数いるとみられる。さらに韓国国家情報院は、北朝鮮軍派兵の対価が1人月2000ドル、およそ30万円の水準だとしている。
若い兵士が送り込まれている状況について末延吉正氏(ジャーナリスト/元テレビ朝日政治部長)は、ロシアと北朝鮮、両国の問題を指摘する。
韓国の分析では、北朝鮮から派兵された若い兵士たちがドネツクの前線にも展開し、弾よけの傭兵にされるのではないかと。かねてから人権について問題が指摘されてきた北朝鮮ではあるが、そういうことで20代の若者の命を奪ってしまうと、改めて問題化するだろう。逆に言えば、ロシアがそういうものを受け入れなければいけないほど、国内で兵士を集めることができなくなっているのではないか。
廣瀬陽子氏(慶応義塾大学教授)は、ロシアの状況を以下のように指摘する。
ロシアはこれまで少数民族や囚人を兵士として前線に送り出し、人海戦術に利用してきた。しかし、少数民族の不満は高まっているし、男性の囚人も使い切ってしまった状況。もはや女性の囚人まで使っている状況だ。シベリアの監獄では閉鎖に追い込まれたところもある。ロシアとしては国外に目を向けざるを得ないが、外国の傭兵は法的に難しい部分があり、昨年はキューバやネパールと国際問題になった。こうした事情から、外交的に問題にならない北朝鮮に目が向いたと考えられる。
3)ロシアと北朝鮮の関係の深まりはどこまで?アジアに火種が飛ぶ懸念も
6月にロシアと北朝鮮が締結した「包括的戦略パートナーシップ条約」には、戦争状態になった場合遅滞なく自国が保有しているすべての手段で軍事的およびその他の援助を提供すると定められている。24日、プーチン大統領は「北朝鮮指導部がこの合意を真剣に受け止めていることを疑わない。この条項で何をどうするかは我々が決めること」と発言。
ロシアと北朝鮮の相互防衛について当初は懐疑的な見方もあったが、廣瀬陽子氏(慶応義塾大学教授)は、着々と実行に移されていると指摘する。
包括的戦略パートナーシップ条約は、批准の時期も早まっていて、10月24日にロシア下院で批准法案が可決された。今後、おそらく、スムーズに上院でも可決。そしてプーチン大統領の署名という流れで批准、発効となる。そうなれば、プーチン氏が言うように自由に自分たちで運用できることになる。ロシア側は「同盟ではない」と言い、北朝鮮側は「同盟だ」と言うなど、当初からロシア側と北朝鮮側の温度差が見られたが、発効されれば都合よく使っていくだろう。とはいえ、やはり相互防衛のあり方というのは今回のことだけでは見通せない部分もある。仮に北朝鮮と韓国が戦闘状態に入った場合、ロシアが兵を出すかというと、かなり難しいところではないか。そもそもこの相互防衛の運用は「国連憲章第51条と、北朝鮮とロシアの双方の法律」に準じた形となっており、いくらでも逃げ道はある。
6月の条約署名後、ロシアと北朝鮮が「相互防衛」を急速に高めているように見える状況について、長谷川雄之氏(防衛省防衛研究所主任研究官)は、ショイグ安全保障会議書記に注目する。
9月にショイグ氏が訪朝したことが露朝関係の推進力になったと見ている。その後、兵員の派遣の話も具体化してきた。彼はいまロシアの対北朝鮮政策で重要な役割を担っていると思う。昨年7月にも当時の国防大臣として訪朝、金正恩総書記と会談した。現在のポジションである安全保障会議書記は、大統領直属の軍事技術協力庁を所管する立場であり、法律上、国防省・ロシア軍を監督する立場にある。その意味では国防大臣よりも格上だ。今回の北朝鮮からロシアへの人の派遣のみならず、例えばロシアから北朝鮮への軍事技術の供与といった部分においてもショイグ氏が中心的な役割を担う可能性があると見ておくべきだ。
一方、末延吉正氏(ジャーナリスト/テレビ朝日政治部長)は、今回、北朝鮮兵がロシアに派兵され、実戦経験を積むことは、38度線で対峙する韓国軍にとって相当な脅威だと指摘した上で、以下のように分析した。
今、ウクライナでロシアが、力による現状変更を試みていることが、朝鮮半島に跳ね返ってくることの怖さ、そして今の安定が崩れていくことの怖さ、これに当事者である朝鮮半島の韓国は反応せざるを得ない。
韓国は現在保守政権。これまでバイデン大統領を中心に行ってきた日米韓の連携が、11月の米大統領選の結果次第で、今後も守られるのかということに懸念も抱えている。アジアから離れた、遠いウクライナでの話ではなく、次はアジアかという危機感を持ちながら専門家も状況を注視しており、危険な方向に行かないよう事態を祈るような気持ちで見ている。
<出演者>
廣瀬陽子(慶応義塾大学教授。国際政治学者。旧ソ連からロシアを中心に研究。著書「ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略」)
長谷川雄之(防衛省防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室 主任研究官。現代ロシア政治が専門。ロシアの政治や軍事情報に精通。ロシア・東欧の地域研究、安全保障研究に従事)
末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題に精通)
(「BS朝日 日曜スクープ」2024年10月27日放送分より)