1期目のトランプ政権と激しく対立した習近平政権。次期トランプ政権との間で、貿易戦争が再び激化するとみられる一方、中国国内では各地で無差別殺傷事件が頻発している。国内経済が失速し、国民の間に閉塞感が広がっているのか。地元当局は“8種類の「失った人」”の調査・報告を指示している。
1)35人死亡の車暴走事件から5日後、新たな無差別殺傷事件で8人死亡
11月16日夜、江蘇省無錫市にある職業学校で学生らが切り付けられ、8人が死亡、17人が負傷した。警察は21歳の男を拘束したと発表。職業学校を卒業できなかったことに加え、実習先の報酬への不満が動機とされている。
この事件の5日前、11日にも広東省の珠海市で無差別殺傷事件が発生していた。スポーツセンターで乗用車が暴走し、35人が死亡、43人が負傷。車を運転していた62歳の男は、事件の直後持っていた刃物で自殺を図り意識不明の重体。
当初の警察発表では、容疑者は離婚後の財産分与のトラブルで裁判を申し立て、その結果への不満が動機とされていたが、後に、「裁判所への不満」という部分が削除された。国営メディアは事件現場の映像を一切報道せず、インターネット上では事件を撮影したとみられる動画も削除されている。
車暴走の事件から2日後、13日午後には現場から献花が撤去された。同日、中国外務省は「中国は世界で最も安全で、刑事犯罪の発生率が最も低い国の一つだ」と会見で述べている。この事件については習近平国家主席が「リスク管理を強化し、極端な事件の発生を厳しく防ぐ」とする、異例の『重要指示』を出していた。
阿古智子氏(東京大学大学院教授)は、中国政府としては事件を受けて敏感に反応せざるを得ない状況にあると指摘。
暴走事件の容疑者は、かなり高級な車に乗って次々と人をはねており、そんなに所得が低い人ではないと思われるが、裁判所に不満があったとすれば、司法のあり方、公権力のあり方についてメッセージを発したいからこそ、これだけ多くの人数を無差別に殺害した可能性が高い。中国政府は非常に敏感に反応している。8人が亡くなった職業学校の事件は、遺書があったと報じられている。遺書には、職業教育上の問題点、働きながら職業教育を受ける中で、労働に見合う給料が得られない状況があったうえに、卒業資格ももらえなかったと。「労働法が問題だ、労働法を進歩させてほしい」と書いてあったという。制度や法律について、本来、人々はもっと言いたいことがあるのに、どんどん削除していって、弱い人たちの言葉を消している状況こそが問題だ。
柯 隆(かりゅう)氏(東京財団政策研究所主席研究員)は、無差別殺傷事件がさらに続くことを懸念する。
十分に情報を公開しないのは、模倣犯が出てこないようにする狙いがある。しかし、無差別殺傷事件頻発の背景には、中国経済の落ち込みと所得分配の不公平、様々な社会制度の欠陥がある。習近平国家主席まで話が上がったのは異例中の異例だ。離婚トラブル、職業上のトラブルなど、どんなことがあったとしても、35人もの犠牲者を出す、刃物で8人も殺すというのは容易なことではない。徹底的に専門家による検証をしないと、また起きるのではないか。
中国湖南省常徳市でも19日、自動車が小学校前の人混みに突っ込み、登校中の児童らが負傷した。警察は、運転していた39歳の男の身柄を拘束。負傷者数は公表していないが、全員命に別条はないという。
2)地元当局が報告を指示した、8種類の「失った人」
香港の新聞、星島日報の報道によると、広東省当局は各地域の組織に対して、「投資に失敗した人」「失業者」「生活に失望した人」ら、8種類の「失った人」について詳しく調査・報告するよう指示を出した。類似の事件を防ぐことが目的とされる。
「失った人」、社会の中で不安定な状況にある人に対する調査の指示を、阿古智子氏(東京大学大学院教授)は、以下のように分析する。
本来ならば政府がサポートすべき人たちを、監視して何かことを起こさないように管理する。そういうやり方があったからこそ、これだけの多くの事件が起きているかもしれないのに、また同じように管理を徹底しろと地方政府が指示しても、非常に難しいところがある。地方政府は財政が悪化している。公務員の給与の未払いや、生活保護や社会保障が支払われないといったケースもある中で、どうやって予算的な措置をするのか。具体的にどういう策を講じていけばいいのか。
柯 隆(かりゅう)氏(東京財団政策研究所主席研究員)は、事件の背景にあるとされる中国経済の失速を以下のように分析する。
経済とは何かというと、まずパイを大きくして、それからできたパイを公平に切り分けることだ。経済が上り坂の時には、「失った人」とされる社会的弱者は、存在するけれども浮上はしてこなかった。なぜかというと、上昇・成長する時にはいくらか分配があるから。ところが、今の中国経済は下降局面で、低所得層の弱者たちには分配がなくなっている。基本的な生活保障も整備されていないので、絶望して「誰でもいいから」と、いわゆる典型的な通り魔事件に走ることになるのではないか。
無差別殺傷事件と関連し、中国のネット空間で注目されているのが、社会に対する報復を意味する「報復社会」という言葉だ。11日の自動車暴走事件の発生翌日から検索回数が急増している。
阿古智子氏(東京大学大学院教授)は、事件の背景には、様々な圧力を感じている人が多いと分析した。
国からは子供を産め、結婚しろと言われ、家でも両親の恩に報いなければいけない。頑張っていい学校に行かなければいけないし、就職もいいところに行かなければいけないと。一方で大学入試でも地域によっては点数が異なるなど、非常に差別的な制度がある。社会的な圧力を変えるには政策や法律など、全体を変えていかなければいけないが、1人の力ではどうにもならない。今までは市民団体やNGOが沢山あったが、政府が圧力をかけて、そのような組織も苦しんでいる人たちを支えることができない。どこに自分の気持ちを伝えたらいいのか、非常に追い詰められた人たちが、犯罪に手を染めてしまっている可能性がある。
3)中国経済“失速”…不動産投資下落と若者の失業率から見えるもの
無差別殺傷事件が頻発する背景には、中国経済の失速があるとされる。その最大の要因は、不動産バブルの崩壊だ。不動産投資の推移を見ると、2017年から21年にかけては10%近い伸び率を見せてが、現在はマイナス10%まで落ち込んでいる。
若者の失業率も、2019年頃から上昇傾向が続いており、以前は10%前後だったのが、現在は15.4%まで悪化した。柯 隆(かりゅう)氏(東京財団政策研究所主席研究員)は、現状は統計よりもさらに深刻と指摘した。
この統計には、出稼ぎの若者の失業が含まれていない。状況ははるかに深刻だ。いわゆる最低限の社会保障、生活保障が整備されていないので、一旦負け組になってしまうと追い詰められ、人生これでもう終わりだと、極端な行動をとりやすい。これを防ぐには、カウンセリングが重要だが、カウンセリングのメカニズムが整備されていない。
阿古智子氏(東京大学大学院教授)は、中国の社会での不満の広がりを指摘する。
将来が明るくないので結婚もしない、子どもは持たないという人が非常に増えている。家も不動産も持っている友人たちも、売却するのが難しい状況だという。資産があってもそれを実際に動かすことができなくなっている中間層が不満を抱えるようになっている。今まで既得権益層や中間層は、そんなに政権を厳しい目で見ていなかったが、今はどの社会階層の人たちも、厳しい目を向けている。
末延吉正氏(ジャーナリスト/元テレビ朝日政治部長)は、情報統制の限界を指摘した。
アメリカは社会の分断、日本は経済の停滞など、民主主義国家は問題が多いと言われる中で、専制国家は上手くいっているように見えた。しかし、中国は経済そのものが壁に当たっていて、全体として不満が元々たまっていたのに、再分配ができなくなってきている。こうした中、いくら情報を統制してもインターネット・SNSがこれだけ発達すると、完全に遮断することはできない。北朝鮮などでも起きていることだが、昔は知らないから、そこで頑張ることができた。しかし、今は何らかの形で情報に接することができ、中国の情報統制の限界が来ている。専制体制を引いたがゆえ、やはり壁に当たっているのだと思う。
阿古智子(東京大学大学院教授。専門は中国研究。香港大学で博士号を取得。中国の市民社会や政治・経済の問題に精通)
柯 隆(かりゅう)(東京財団政策研究所主席研究員。専門は中国のマクロ経済。近著に「中国不動産バブル」(文春新書)など関連は多数)
末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題に精通)
(「BS朝日 日曜スクープ」2024年11月17日放送分より)