
ウズベキスタンで12日間にわたり開かれた「ワシントン条約締約国会議」が12月5日に閉幕を迎える。ウナギの取引規制が強化されるのか日本でも関心を集めたが、規制案は12月4日、全体会合で正式に否決となった。
【画像】「日本を支持する」各国の代表団が“異例”の表明をした背景は
規制強化案が可決されれば、かば焼きなど日本の大事な食文化を担うウナギが“高値の花”になりかねなかった。関係者が胸をなでおろす結果となったその裏には、反対票集めに奔走する日本政府の代表団の姿があった。
(ANNバンコク支局 藤富空)
■日本の事務所がない!政府代表団はどこに…
ワシントン条約の締約国会議の舞台は「青の都」とも呼ばれるウズベキスタンの古都・サマルカンド。会場内は11月24日の開幕直後から、集まった世界各国の政府関係者らの熱気に包まれていた。絶滅の恐れのある野生動植物の国際取引規制などをめぐり、会期中に100を超える議題が取り上げられる。
会場となったコンベンションセンターでは、委員会や関連イベントが行われる各部屋に「CARACAL(カラカル ネコ科で長い耳が特徴)」や「MARKHOR(マーコール ウシ科でオスはねじれた大角を持つ)」などウズベキスタンに所縁のある動物の名前がつけられている。
こうしたユーモアのある会場の中で、「アメリカ」や「ロシア」、「EU(ヨーロッパ連合)」といった国や地域名が掲げられた事務所は、厳粛な空気が漂い、とても目立っていた。事務所は、各国の“作戦会議室”としても機能していた。
もちろん、日本チームも事務所を設けているはずだが、「JAPAN」と書かれた部屋はどこにも見当たらない。だからと言って、会場内のイベントや委員会にも水産庁や外務省の職員の姿はほとんど見られない。一体どこにいるのか…。取材をしていると、思わぬところで日本の代表団を見つけることとなった。
■「EXIT」と書かれた扉をよく見たら
各国が議論を続ける委員会室の脇にある「EXIT」と書かれた扉。関係者用の“出口”かと思ったが、扉が開いた先に見えたのは、日本の代表団が机と椅子を並べ、話し合いをしている様子だった。どうやら「EXIT」は、実際は会議スペースになっているらしい。
時折、日本側の関係者とみられる男性が委員会中に他国の代表団に話しかけ、“出口”へ連れ出す姿も確認できた。ある政府関係者は「交渉の手の内は明かせない」と話していたが、“拠点”自体も目立たぬよう設けられていたようだ。
日本側がアメリカの事務所を訪れ、握手を交わす姿もあった。ちなみに、アメリカも規制案には反対だ。30分間続いた日本との協議の内容について、アメリカ側は「答えられない」としつつも、否決への自信からなのか、その顔には終始笑みが見られた。
このように、各国への働きかけは、個別の会談や立ち話、複数の国に向けた説明などあらゆる手段で行われたという。しかし、交渉にあたった外務省の中村亮・地球規模課題審議官は、採決前日も「(情勢は)なかなか見通せない」と予断を許さない姿勢を見せた。
一方の規制を提案したEU側は委員会の昼休み中に、規制の必要性についてデータを示しながら各国にプレゼンテーションを行っていた。聞き手の中には様子見に訪れた“反対派”も多く、どこまで支持を拡大できたかは不明だ。
■“絶滅の恐れ”EUなどが提案したウナギ取引規制案
規制案はEUとパナマが提示したもので、ニホンウナギを含むすべてのウナギを「付属書2」に掲載するよう求めている。付属書2に掲載されると、国際取引の際に輸出国の許可書が必要となる。日本は国内供給の約7割を輸入に頼っているが、すべてのウナギが規制対象となれば、輸入が滞り価格高騰につながる可能性もある。
規制を求めるEU側の主張は大きく2つ。まず、ニホンウナギの資源量は著しく減少しているというもの。もう一つは、すでに付属書2に掲載されているヨーロッパウナギについて、「他種と称した違法取引が横行している」という主張だ。税関でのウナギの見分けが困難となる中、ヨーロッパウナギ以外の種類も掲載すれば、取り締まりが容易になるとして、規制の必要性を訴えた。
一方、日本側は「ニホンウナギは十分な資源量が確保され、国際取引による絶滅の恐れはない」と反論。違法取引についても、見た目の違いやDNA検査などから「ウナギの判別は可能」だとしている。
締約国会議の委員会では、投票国の3分の2以上の賛成で提案が可決される。それを阻止したい日本側にとっては、加盟する185の国と地域の3分の1以上、つまり62票以上の反対を集めれば、確実に否決へと持っていけるというわけである。
日本の代表団による各国との交渉は採決直前まで行われていた。
■大差で否決 アフリカは“異例”の表明
11月27日、委員会での採決当日。まずはEUが規制案の内容を発表する。しかし、賛同する国は続かず、アメリカや日本、韓国、中国など10カ国以上の反対意見が会場で述べられた。
投票の結果は、賛成35票、反対100票、棄権8票で大差での否決。
水産庁幹部も「3分の1を超えれば否決だったので、かなり多くの票が集まったという印象」と語り、「関係各国への働きかけにより理解を得られた」と評価した。
委員会での印象的なシーンは、ジンバブエによるアフリカを代表する形での発言だ。
「アフリカ諸国は規制案に強く反対を表明する」
出席者によると、締約国会議で“アフリカ諸国”としてまとめて意見を述べるのは異例のことだといい、「日本などによる相当な働きかけがあったのでは」と驚きを口にした。
■アフリカ「日本支持で結束」の理由
アフリカ各国は取材に「日本を支持する」と話した。会議の期間中のみならず、数カ月前から自国で日本側の接触があったと明かす。
ナイジェリア代表団
「日本大使館の職員がウナギに関する資料を持って来た。メールや電話でも“規制反対”の説明があった。日本人のウナギへの熱意に感銘を受けた」
エチオピア代表団
「日本政府とは緊密に連携してきて、アフリカ諸国の間でも“日本支持”で結束している。全種を一つのカテゴリーとして付属書に掲載するのは不適切だ」
スーダンの政府関係者からは「日本の立場に賛成」とした上で、「JICAと協力して人材の能力開発をしていきたい」と日本の援助を期待する声も聞かれた。
日本政府関係者はこう振り返った。
「アフリカ票だけでは否決には届かないが、アフリカ約50カ国の反対票は大きい。ODAなどこれまでの取り組みが日本への説得力や信頼感につながったものと思いたい」
政府は、8月に横浜で開かれた「アフリカ開発会議」での働きかけも功を奏したとの考えを示している。
前日に「情勢は不透明」としていた中村審議官は、最後まで“誠実な交渉”を心がけたという。
外務省 中村亮・地球規模課題審議官
「本当に最後まで分からなかった。支持を表明した国でも、実際に投票するのか推定はできるが、安心はできない。国際社会というのは複雑で、一つの国の支持をとれば各国が自動的に付いてくるということではない。どんな大きな国でも必ずしもそうならない。なので、もう少し誠実に、一つ一つの国を大事にして、働きかけをしてきたということだ」
採決後、EU加盟国として規制案に賛成したベルギー代表団の1人は、「これほど票差が開くとは予想していなかった。EUの説得が不十分だったのは確かだ」と敗因を語り、「次の機会を待つことになるだろう」と肩を落とした。
取材した国々は「日本からの説明が特に熱心だった」と口をそろえた。今回の会議が単なる“賛否をめぐる攻防”に終わらず、この機会に各国がウナギのおかれる現状に関心を高め、適切な資源管理につながればと思う。
