高市総理「時代変わった」安保政策大転換…殺傷能力ある“武器輸出”解禁

高市総理「時代変わった」安保政策大転換…殺傷能力ある“武器輸出”解禁
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高市政権の発足から半年。

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真榊(まさかき)
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春の例大祭が始まった靖国神社には、『内閣総理大臣 高市早苗』と書かれた札とともに、「真榊(まさかき)」と呼ばれる供え物が奉納されました。閣僚在任時は、例大祭に合わせて参拝を行っていた高市総理ですが、政権発足後、初めて迎える今回は、参拝しない見通しです。自身の主張は封印し、関係が冷え込む中国や、改善傾向にある韓国などに配慮したとみられます。

高市政権 肝いり政策 閣議決定

肝いり政策
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21日の閣議。
“国論を二分する”と位置付けていた肝いり政策の一つが実現をみました。殺傷能力のある武器の全面的な輸出解禁です。

高市総理
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高市総理
「パートナー国からのニーズに応えて、防衛装備移転(武器輸出)を行うことは、同志国の防衛力向上にもなる。紛争が発生することを、未然防止する意味もございますから、日本の安全保障の確保にもなる」

5月の大型連休中に、フィリピンとインドネシアの訪問を検討している小泉防衛大臣。

小泉進次郎防衛大臣
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小泉進次郎防衛大臣
「地域や国際社会の平和と安定のため、防衛装備品について、各国に対するトップセールスを、一層、強化していきたい」

「時代が変わった」安保政策大転換

佐藤内閣
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59年前の1967年4月21日。時の佐藤内閣は“武器輸出三原則”を表明し、共産圏などへの輸出を禁じます。

1976年には、三木内閣が、西側諸国などに対しても「憲法などの精神にのっとり輸出を慎む」と明言し、武器の輸出は、事実上、全面禁止となりました。

安倍内閣
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大きな方針転換があったのは2014年。
安倍内閣が“武器輸出三原則”を撤廃したことで、輸出の道が開かれます。ただし、当時連立を組んでいた公明党の要望により、殺傷能力のある武器は輸出しない“5類型”と呼ばれる条件が付けられました。

その“5類型”を撤廃するというのが、高市内閣の決定です。

公明党 西田実仁参院議員
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公明党 西田実仁参院議員
「かつて宮沢喜一外務大臣は『たとえ外貨に黒字が稼げるとしても、我が国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど、落ちぶれてはいないといいますか、もう少し高い理想を持った国として、今後も続けていくべきであろう』と答弁しています。総理、どのように受けとめますか」

高市総理
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高市総理
「日本を取り巻く情勢は、非常に厳しいものになってきている。時代が変わったと感じます」

平和国家としての歩みは…

今後、政府は、殺傷能力のあるものを『武器』、ないものを『非武器』と呼ぶことにしています。非武器の輸出先に制限はありません。

武器の輸出
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武器の輸出は、アメリカやオーストラリアなど、日本と協定を結んだ国に限定され、実際に輸出するかどうかは、総理を議長とするNSC=国家安全保障会議で審査します。

野党は、国会の積極的な関与を求めていましたが、国会へは、NSCで輸出を決定した後に、通知する形がとられました。なお、協定を結んだ国であっても、戦闘を行っている場合は輸出ができませんが、「特段の事情がある」と政府が判断すれば、例外的に輸出できる余地が残されました。

国会では「特段の事情」の解釈によって、輸出の範囲が広がるのではないかといった指摘もあります。

例えば、今後、イランとの戦闘を続けるなかで、武器の在庫が減ったアメリカからの要請を「特段の事情」と位置付け、輸出を行うといったことも制度上は可能です。

高市総理
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高市総理
「戦後80年以上にわたって、日本は平和国家として歩んできた。日本に対する信頼は、非常に国際社会のなかで厚いと体感してきた。これまでの歩み、基本理念を堅持することに全く変わりはない」

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