
名馬の産地、北海道の浦河町で今、インド人が急激に増えています。優れた育成技術に加えて人手不足を補っているということです。
400人超のインド人たち
北海道の中央南部に位置する日高地方は、サラブレッドの一大産地。戦後初のクラシック三冠馬となった「シンザン」は、日高地方の南部に位置する浦河町で生まれました。
そんな名馬ゆかりの地で未来を託されたのが、異国からのプロフェッショナルです。
「(Q.どちらの国の出身ですか?)私はインド人です」
「(Q.ここにいる方全員?)みんな、インド人で~す」
浦河町には、繁殖・出産を行う「生産牧場」や、仔馬から競走馬へと育てる「育成牧場」など、約300の競走馬に関わる牧場があります。
こちらの森本スティーブルでは、1~2歳の馬に競走馬として必要なしつけや、基礎体力づくりを行っています。
そこで馬の訓練を行っているのが、インド出身で来日9年目のラタン・シンさんです。ラタンさんは、実際に馬に乗りトレーニングをさせる「ライダー」として働いています。
この牧場では、ラタンさんのような馬の調教に携わるインド人が16人働いています。
人口約1万人ほどの浦河町で、11年前には1人もいなかったインド人が、今では400人を超えました。なぜ、インド人が増え続けているのでしょうか。
「若者がいない」
朝日が昇る前に、彼らの仕事は始まります。130頭以上いる馬に食事を与え、馬房を掃除することも彼らの仕事です。
掃除している間、馬たちは「ウォーキングマシン」と呼ばれる場所で、トレーニング前の準備運動を始めます。
ラタンさん
「(Q.これってなんですか?)これ、メニューね、ライディング(練習)メニュー。これはライダー(乗り手)ネーム」
ボードには、誰がどの馬に乗るかなど、その日のトレーニングメニューが書かれていて、ラタンさんたちは毎朝確認します。
「(Q.この後、どこに行くんですか?)育成施設に行って馬のチェックをするんだ」
調教のためくらや、脚が傷つかないようにするプロテクターを装着します。慣れた手つきで馬の装備を整える彼らが浦河町で働くのは、町が抱える事情が関係していました。
森本スティーブル 森本敏正社長
「やっぱり少子化の問題とか、こういった都会から離れた田舎ですよね。また、こういう寒い所ですし、なかなか来たいって言ってくれる若者がいないので」
ベテランのインド人ら
サラブレッドの一大産地である浦河町も、近年の人口減少のあおりを受け、人手不足にあえいでいました。
競走馬の専門農家を対象にした調査では、後継者がいないと答えたのは6割を超えています。
そこで、約10年前に白羽の矢が立ったのがインド人でした。なぜ彼らに頼ったのかというと、インドはかつてイギリスの植民地だったことから競馬が盛んな国。その歴史は古く、1769年にレースが行われた記録が残っています。
そんなインドのホースマンは、世界各国で重宝されているといいます。
森本社長
「彼らはすでにインドの方で、10年以上の馬乗りの経験を積んできている人たちばかりなので、そういった意味でも即戦力」
彼らの技術はトレーニングで遺憾なく発揮されます。
日本最大級の競走馬育成施設「BTC」。日高地方の育成牧場が共同で利用する馬のトレーニング施設です。ラタンさんが馬に乗り、まず向かったのは直線1000メートルが坂になっているコース。一気に駆け上がるトレーニングをします。
森本社長
「どうラタン?(この馬は)グッド?」
ラタンさん
「グッド」
森本社長
「パワフル?」
ラタンさん
「パワフル」
森本社長
「ナイス」
牧場主の森本さんは、調教が馬の調子を左右すると語ります。
「ああいう馬だったら、どんどんスピードが上がっていってしまって、最終的にはオーバーワークになってしまうんですね。オーバーワークにならないように少し我慢させて、控えて乗ってあげてるって。そういうのが技術としてすごく大事になってくるので」
ラタンさんなどベテランは、馬の状態を的確に把握することができるため、メニューを柔軟に変更し、馬の調子を落とすことなく鍛えることができるといいます。
整うサポート体制
一方で、彼らにも日本で働くメリットがありました。
ラタンさん
「日本とインドの給料は少し差があります。働き方はほぼ一緒ですが、日本の方が給料が高いです」
インドでは、ベテランでも給料は10万円ほどですが、日本で働けばより多くの給料を得ることができるため、日本を職場に選ぶ人も多いといいます。
毎日、7時間に及ぶ馬の調教を行うラタンさんたち。終業後の楽しみが、週末には必ず行うというホームパーティー。
ラタンさん
「(Q.きょうはどういった会?)アティシュの妻の手料理がおいしいから、パーティーを開いているんだ」
ラタンさんの同僚、アティシュさんの妻が作る手料理が食卓を彩ります。
インド人が増えたことで、街にも変化がありました。町内のスーパーマーケットには、午後6時を回ると仕事を終えたインド人が続々来店。
ラッシーや、ヨーグルトを作るための牛乳を大量買いする人や、朝食のクッキーを買う人の姿も。さらに、インド人は宗教上食べない肉があるため、店内にヒンディー語で表示。インド出身の従業員も雇うことで、急増したインド人に対応しているといいます。
町役場も、インド人へのサポート体制を整えています。
浦河町役場 若林寛之さん
「ここまでインドの方が増えてきますと、例えば医療現場の通訳ですとか、妊娠出産も出てきますので、そういう細かい(言葉の)ニュアンスなどを伝えるには、やはり母国語ができる人が、行政も含め一定程度必要になってきたということがある」
口コミなどで徐々に増加してきたインド人に対し、行政のサポートを円滑にするため、ヒンディー語が堪能な国際交流員を配置。行政サービスの支援を行っています。
その結果、暮らしやすさも相まって、10年前の30倍以上のインド人が浦河町で暮らすようになりました。
目標は「重賞」
この日、朝の調教を終えたインド人が厩舎に集まっていました。その理由は?
以前調教した2頭の馬のレースデビューを見届けるため。真剣な眼差しで見守ります。
「きてるね」
「カモン!カモン、いけ!いけ!いけ!」
デビュー戦の結果は16頭中、7着と12着。見守ったライダー達は次のレースに期待していると語りました。
「(Q.きょうどうでした?)グッドね!Maybe next time めっちゃいい」
そんなラタンさんには、ある思いがあります。
「(Q.将来はどうしたい?)この牧場で働きたいし、いつか家族を連れてきたいな。そして、何よりも一番は、良い馬を育てること。重賞をとれるくらい」
(2026年4月22日放送分より)
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