
岩手県大槌町の山火事は発生から1週間が経った29日、一部の地域を除いて避難指示が解除されました。今回の火事を拡大させた要因の一つが雨不足による乾燥です。この雨不足は各地で渇水も引き起こしています。首都圏最大のダムでは、ダムの底に沈んだ村が見える事態になっています。
一部地域除いて…避難指示解除
アナウンス
「民家に延焼する恐れがみられないことから、避難指示を一部解除します」
22日、岩手県大槌町の2カ所で発生した山火事。発生から1週間が経ち、一部地区を除いて避難指示解除が出されました。
住民
「(Q.避難解除ですけど)安心ですよ、解除なれば。やっぱりね」
住民の表情にも笑顔が戻ってきました。やっとの思いで自宅へと帰ることができた男性は、次のように話します。
竹内聖織さん
「最初は水かけたんですけど、なかなか消えなくて。夜も寝られずに“警邏(けいら)”して水まきして。(その後)消防車が応援の部隊がかけつけてくれて、少しは安心できるようにはなりました」
家のすぐそばまで火が迫る中、家族全員で懸命に消火したといいます。
竹内さん
「家族と家を守らなきゃって中で、自分ができることはやらなきゃなって思いでやってました。早く日常生活に戻って、仕事に取り組みたいなと」
大規模な山火事となった大槌町では、10日連続で乾燥注意報が出ていました。30年に1度の記録的な雨不足による乾燥の影響は、全国でも…。
「名瀑」にも影響
日本三名瀑の一つとされる「華厳の滝」。97メートルの高さから力強く轟音を響かせ落ちるさまは見るものを圧倒するはずが、水が細長く枝分かれし、同じ滝とは思えないほど水の量が減っているのが分かります。
迫力満点の滝を楽しみに来た観光客も思わず、次のように話します。
観光客
「昔と比べると穏やかっていうか…」
「私の知っている華厳の滝ではない」
水量が減った原因とは?
日光土木事務所 佐々木専保全部長
「華厳の滝の水量が少ないのは、中禅寺湖の水位が低いためであります。例年より90センチ低い状況になっていまして、直近10年間では一番低い水位」
去年の秋から冬にかけて、雨や雪が少なかったのが一番の要因だといいます。水位が低下しているという中禅寺湖へ行ってみました。
ボート“まさかの事態”に
普段は一面湖のはずが、水がある時と比べて水量がかなり減り、陸地がむき出しになっているのが分かります。
まさかの事態に、スワンボートを営業している男性も、次のように話します。
中禅寺レイクサービス 山崎敏行さん
「今年はちょっと記録的です。もう少なすぎ」
本来ならボートが浮かぶ場所には…。
山崎さん
「(Q.今あそこ、人が歩いているじゃないですか)あそこは歩けません。本来なら水がある所です。うち本当はスワンボート12台あるんですけども、全部(湖に)おろせないです」
普段はすのこの部分にまで水があるためボートを出せるのですが、数台しか稼働できない状態だといいます。
山崎さん
「ゴールデンウィークはね、やっぱりね、お客さん出ますから。ボート屋さん、みんな難儀してます」
ゴールデンウィークで多くの観光客が予想される中…。
日光土木事務所 佐々木保全部長
「華厳の滝や中禅寺湖は観光資源でありますので、滝の水量を確保できるよう、中禅寺ダムで水量の調節を行っていきます」
宮ヶ瀬ダムに“幻の村”
渇水の影響は他の場所でも。
訪れたのは、神奈川県横浜市、川崎市、相模原市など、県内の16の市と5つの町に水道水を供給する首都圏最大の水瓶「宮ヶ瀬ダム」です。ダムの壁から湖を臨むと、一見十分な水量があるように見えますが…。
国土交通省
相模川水系広域ダム管理事務所
尾崎武志さん
「20メートル以上平年より(水位が)落ちている状態です。過去最低レベルとなっています」
29日の時点で、貯水率は40%。木々と水面の間に見える岩肌の白い線状の跡が平時の水量だといいますが、水面はそのはるかに下です。
ダムの水位を測る場所に行くと、普段は水面下にあるため設置されていない目盛りの領域まで水位が低下していました。
尾崎さん
「平年ですと、大体277ぐらいまで水がある状態」
「(Q.表示がない所まで下がっている?)今まで過去、経験したことがない所まで落ちている。普段使用しないので、ゲージ(目盛り)のほうはつけていません」
平時の宮ヶ瀬ダムの様子です。現状と比べると、その貯水量の少なさが分かります。
ダムの南側に向かいました。ここは通常ならダムの水で覆われている場所ですが、渇水により30年前に水没した村の一部があらわになっていました。
道路標識のようなものも見えます。その先には沈んでいた橋がありました。
さらに橋から先には、川の脇を走っていたと思われる道も。かつてこの場所が生活に使われていた場所だということがうかがわれます。
29日時点で貯水量は数%回復しましたが、まだまだ例年には程遠い状態です。
例年ならこの時期に行われているのが、多くの人が集まる観光の目玉イベント「観光放流」。これが中止になりました。再開の時期のめども立っていないといいます。
幸い、まだ生活には影響は出ていないと言いますが…。
尾崎さん
「さらにまた下がり続けるようなことがあれば、何らかの支障が出る可能性がございます」
元住民が見た沈んだ村
宮ヶ瀬ダムを見つめる山田充さん(78)。ダムの底に沈んだ村に住んでいた方です。
「ここまで水源がなくなったのは、見るの久しぶりだね。かなり渇水だね」
宮ヶ瀬ダムが竣工(しゅんこう)したのは2000年。それ以前、この場所には多くの人が暮らしていました。
1965年の写真に写るのは、ダムに沈んだ中津渓谷の様子です。当時は、東京や神奈川の住民にとって、川遊びや自然を満喫できる人気の観光地でした。
河原にはたくさんの車が並び、水辺で過ごす多くの人の姿が。毎年夏には、多くの観光客が訪れていました。
建設省がこの場所にダムを造ることを発表したのは1969年。
1986年のニュース映像
「宮ヶ瀬ダムは、神奈川県愛甲郡清川村を水没させて水量2億トンのダムを(昭和)68年(1993年)までに完成させる予定で、今工事が急ピッチで進められています。274所帯1100人の住民のうち937人は、すでに住み慣れた村を離れていきました」
村の小中学校も、ダムの底に沈むことに。そして、建設発表から26年後の1995年。試験的にダムに水を貯め始め、3年後満水となります。
山田さんによると、道路標識と路面の最高速度標示があるこの道は…。
「(旧)県道64号線といって、バス通りだったから、(学生時代)マラソンで走った道」
今も湖面の下にある場所には…。
「私が指している辺りが、(小中)学校があった土地ですね。(今は)湖底になっている。私の家は、その前あたり」
思い出の母校や家はダム建設にあたり壊され、整地されました。
「水のために何で我々が犠牲になるんだろうという考えもあったけど、県民の人の水道水に使われているということは、意義があるかなと思って」
山田さんと同じく、沈んだ村に住んでいた落合京子さん(78)。
「水位がすごい低くなって、いろんな思い出がどんどん出てきて、寂しいというか、複雑な気持ちが」
思い出の詰まった家や、風景を失った落合さん。渇水によって、その姿を再び見ることに、複雑な思いを抱えます。
「こうやって実際に見ると、昔のあれが全部よみがえってくる。橋が出ているんですよ、子どもたちが幼稚園通ったころ。(当時の)そのまんまの橋。やっぱり寂しいほうが強い。犠牲になったってことが。なるべく(沈んだ村の姿は)見ないように、ただ水位が上がればよいなという感じで。やっぱり満水になって(ほしい)、生活の基盤ですもんね、水は」
深刻渇水 関西でも
関東で“過去最低レベル”の貯水率を記録する中、関西でも…。
近畿地方最大級の「大滝ダム」。奈良県や和歌山県などの“水がめ”として水道水を供給しています。
しかし、本来ならこの時期沈んでいるはずの龍のモニュメントの全容があらわになっています。
そしてダムの水が多かった時期と比べると、水位が大幅に下がっているのが分かります。
2月に一時貯水率は過去最低の6.9%を記録していましたが、現在は17.6%(30日朝時点)に。
しかし、平均貯水率68%にはおよばず、この時期としては厳しい渇水状況が続きます。
横断幕に大きく書かれているのは“水不足”の文字。
住民
「雨、こんだけ降らんからな」
ダムの貯水率低下を受け、奈良県では県内24市町村で21年ぶりに“給水制限”が実施されています。
住民
「ここに水をためたやつをこの花の水に」
こちらの女性は、以前からためていた雨水を使い節水を行っています。
「節水ですよね。要するに水を無駄にしないというかね。雨水も無駄にしない」
そして、水不足によって野菜にも影響が…。
カラフル野菜の小山農園 小山三佐男代表
「後ろも、これ割れちゃっているんですよね。両サイド割れちゃっているというか。こういうのが2~3割採れちゃっているので」
(2026年4月30日放送分より)
この記事の画像一覧
