
“多国籍化” 60カ国の受刑者を収容する府中刑務所
「本当に恐ろしい時間だったと思います。思い出したくもありません…」
【画像】外国人専用の収容棟ほか 受刑者インタビューの様子など
窃盗の罪などで服役中のベトナム人受刑者A(30代)は「技能実習生だった2年間は、どんな時間だったか?」という私の質問に一瞬の沈黙の後、顔をゆがめてこう答えた。
詳しい罪状は後述するが、府中刑務所では、Aのように技能実習先から逃亡して罪を犯し塀の中へと入ってしまうベトナム人が、ここ数年急増している。
出身国の最近8年間のデータを見ると2017年度から2023年度は中国がずっと1位だった。
しかし、それまでトップ3にも入っていなかったベトナムが5年前に突如3位になると、2022、2023年度は2位、一昨年にはついに68人で中国を抜いて初めてトップになったのだ。
さらに府中刑務所では今、様々な国の受刑者が服役している。
その数は実に60カ国・1地域、52言語(取材時2月)とまさに“多国籍化”しており、職員の苦労たるや想像を絶する。取材中にも通訳が極めて少ないグアテマラの少数言語を話す受刑者が入所した。
何より“言葉の壁”は外国人にとってストレスとなりトラブルに発展してしまうことも多いという。
府中刑務所では、1995年には外国人受刑者に対応するため国際対策室を新設、現在は通訳などを担当する国際専門官が7人いる。この7人で30言語に対応でき、残りの言語は非常勤の職員や民間からの派遣でしのいでいるという現状だ。
先の衆院選でも外国人政策は大きな争点の一つにもなった。“社会を映す鏡”とも言われる塀の中をのぞくと解決すべき課題も見えてくる。
3月18日にテレビ朝日「大下容子ワイド!スクランブル」で特集として約30分にわたり、塀の中の現状を放送したが、お伝えしきれなかったことも多々あり本稿でさらに詳しくご紹介したい。
府中刑務所は、東京ドーム約5.6個分の広大な敷地を持ち収容定員は2,668人。全国の刑務所の中でも最大規模の施設だ。
取材時には1,762人が服役していた。そのうち外国人は前年より40人ほど増え429人。実に4人に1人が外国人という計算だ。
府中刑務所に改称されたのは昭和10(1935)年、“昭和最大の未解決事件”とも言われる3億円事件(昭和43年)は府中刑務所の塀のすぐ脇が現場だった、と言えばある程度の年代の方々にはピンとくるだろう。
入所する受刑者は、日本人の場合は10年未満の刑期で再犯者が多い。一方、外国人は、ほぼ100%が初犯で刑期は10年以上が15.4%、無期懲役も30人いる(去年3月末現在)。
今回、私は3人の外国人受刑者にインタビューできた。この3人の話をもとに“塀の中”が抱える問題点をつまびらかにしていきたい。
(テレビ朝日報道局デスク 清田浩司)
なぜ?実習先から逃亡し“連続窃盗”のベトナム人
日本人と異なる処遇を必要とする者は刑務所内では「F」と示される。
Fは英語で外国人を表すforeignerの頭文字だ。
一昨年末で外国人受刑者は全国で1,460人(男性1,249人、女性211人)、前年より5.2%増加(矯正統計年報)、収容施設は全国20カ所だ。
府中刑務所では1993年に約200人を収容する3階建ての外国人専用の収容棟を新設。去年夏には1階のみフローリングにリノベーションした。
すべて一人部屋で、外国人用のベッドを入れるため通常の畳部屋より若干広い作りになっている。
現在、出身国でトップのベトナム人は窃盗犯が多いという。
冒頭に紹介したAはインタビューで「やったことは窃盗です」と日本語で答えた。具体的には「友人たちと住宅に侵入し現金のほか貴金属など盗んで売りました」と罪状を説明した。
関係者によると今、北関東などでは”ベトナム人経済圏”なるものが形成されていて、盗品を買い取る業者などが決まっていて換金できるシステムがあるという。
窃盗を何件したのかと聞くと「警察署で言われた数字は100件以上です」という答えに長年、事件取材をしている自分も驚かされた。早朝、家で寝ていたところに警察官が訪れ「罪を認めるか」と聞かれ、すぐに罪を認め逮捕された。
被害総額は約670万円、このうち11件で立件され懲役3年10カ月の実刑となった。
では、一体なぜAは犯罪に手を染めてしまったのか?
「第1には、ビザが切れていたからです。そのせいで仕事が見つかりません。第2には借金があったからです。それで友人から誘われて窃盗をしました」
友人とは、Aのように技能実習先から逃亡したベトナム人たちで、10数人の窃盗グループを作っていたという。ビザは当時、1年ごとに更新でき3年で帰国しなければならなかったが実習先から逃げ、逮捕された時はオーバーステイだった。
借金をした理由は「来日するための費用として銀行で借金をして、それがまだ返せていませんでした。借金は60万円くらい残っていました」と答えた。
多額の来日費用は、技能実習制度の問題点の一つでもある。そして、なぜ実習先が嫌になってしまったのか?
「実習生を2年やったが、会社の人が良くなかった。社長が私をいじめたのです。来日前は、仕事よりも研修の方が多いと想像していたが、実際に来てみたら多すぎるぐらい仕事ばかりだったんです。
給料もベトナムで契約した金額よりも低かったんです。仕事は大変なのに借金も返せない状況だったので逃げることにしました」
“貧すれば鈍する”、人間追い詰められると往々にして倫理観も崩れてしまうものだ。
犯行時の心境を聞くと
「悪いことをしている最中も自分が被害者の立場だったら、どうだろうということを考えていました。いつか警察に捕まるだろうとも思っていました。今思い返すと、なんであそこまでやったんだと後悔しています」
言葉から根は真面目で今、更生に向けてもがいているようにみえた。
「事件が相次ぎ、ベトナム人の技能実習生に不安を持っている日本人が少なからずいるが、どう思うか?」という問いには、
「刑務所でニュースを見ると、ベトナム人の犯罪が多いと感じています。私自身も心の中で日本人と同じように思います。もし自分の国で、よその国の人が来て悪いことをしていたら不安になると思います」
そして、こう言葉を続けた。
「私は被害者に対してだけではなく、日本人全員に対して申し訳ないと謝りたいです。悪いことをした者は、しっかり法の裁きを受けているので、どうか寛大な心で許して欲しいと思います」
外国人受刑者の“塀の中の生活”とは?
法の裁きを受けたAの一日はどんなものなのか、朝6時45分の起床から取材することができた。
起床後、すぐに布団を畳み身支度を整えると刑務官による「朝点検」が始まる。受刑者が自分の部屋にいるか確認するのだ。
受刑者の部屋は担当する工場ごとに分かれている。午前7時すぎには朝食、7時半過ぎには部屋を出て作業を行う工場へと向かう。Aの担当は「洗濯工場」だ。
塀の中の生活は受刑者による作業で支えられている。
食事は「炊場(すいじょう)」担当の受刑者が作り、衣類などの洗濯も受刑者が行うのだ。この炊場や洗濯工場は、ある程度の能力や体力が求められるため行状がよい“模範囚”が配置されることが多い。
私は十数年前にも府中刑務所を取材したが当時、受刑者の高齢化が進み炊場や洗濯工場の適格者が必要数を下回り、刑務官や受刑者が危機感を示していた。
そして今、炊場では36人中7人が、洗濯工場では37人中7人が外国人であった。
府中刑務所では今なお日本人受刑者の高齢化が進み、炊場や洗濯工場は、外国人がいなければ回らないという。日本人の平均年齢52.5歳に対し、外国人は41.3歳と10歳以上も若いのだ。
一般社会でも、人手不足で多くの外国人に頼っている現状があるが、塀の中でも同じような状況が起きているのだ。まさに「塀の中は社会の縮図」だ。
私は、さらに聞きたいことがあった。
「職場の社長からいじめられたと言ったが、日本に来る前と来た後で、日本や日本人に対するイメージは変わったか?」と聞くと
「来日前、日本は素晴らしい国だと思っていました。実際、来日して仕事をした後は良くない会社に勤めてしまったので、日本には良い所もあるし悪い所もあると思うようになりました」
と日本人としては残念な答えが返ってきた。
刑期を終えた外国人受刑者は在留資格があるなど一部の例外を除き、ほぼ100%母国に強制送還となる。Aは刑期満了まで1年を切っている。
最後に出所後の抱負を聞いた。
「出所して帰国後すぐに仕事を見つけなければいけません。私には3人の幼い子供がいて、両親も年を取っていますので、すぐに仕事を見つけたい。溶接の仕事をしたいです」
と前向きだったが、両親が高齢でA以外に働ける人間がいないため家族の生活は困窮しているという。
国際専門官が見た“塀の中のベトナム人”
現場の職員は現状をどう考えているのか?
急増するベトナム人受刑者に対応するため一昨年に採用された国際専門官に話を聞くと、「元技能実習生というベトナム人受刑者は非常に多いです」とした上で制度については苦言を呈した。
「課題の多い制度だと個人的には思っています。ブローカーなどを間に挟んでいるので来日費用が非常に高くなってしまう問題もありますし、一番は転職不可の制度です。もちろん実習生側にも問題はあるとは思いますが転職できないので、逃げ出すしかないと話す受刑者もいます」
様々な問題点が指摘された技能実習制度に代わり、来年4月からは新たに「育成就労制度」がスタートする。
大きな変更点は、これまで原則認められていなかった働き先を変える転職について同じ企業で1年以上働いた上で、一定の日本語能力などがあれば認めることになる。賃金も同じ仕事をする日本人と同等以上とすることが定められた。
新制度が上手く運用できるかは受け入れる企業、行政の向き合い方にかかっている。
「私には全く責任ない」薬物密輸で服役のセルビア人受刑者の訴え

ところで、府中刑務所の外国人受刑者で最も多い罪状は、覚醒剤などの薬物事犯で6割を超えている。
今回、覚醒剤取締法違反などで懲役8年の刑に服しているセルビア人の受刑者B(40代)にも話が聞けた。
服役して3年、担当は印刷工場だ。印刷工場でも最近、外国人受刑者が増え、49人のうち26人が外国人と実に半数を超えていた。帳簿や伝票などの印刷を行うが、やはりある程度の能力が求められるため、こうした事態になったという。
セルビア人のBがなぜ、日本に来たのだろうか?
「弟と一緒に日本に来ました。知り合いから『書類を運べ』と言われて来たのですが、それはうそだったんです。スーツケースに入っていたのは書類ではなく薬物でした。指示をしたのはアフリカ人です。そいつのせいで、兄弟ともども成田空港で捕まって、ここにいます」
と早口でまくしたてた。セルビアからはドイツ経由で日本に来たという。
「彼らはプロのやり口でスーケースの隙間に薬物を隠したのです。実は後から聞いた話ではドイツの空港から警察関係者が私たちをマークしていたらしいのです」
私が「自分が被害者だという意識があるのか?」と聞くと「そうです。私には全く責任がないわけです」とあまり罪の意識がないようにみられた。
驚くべきことに逮捕後、妻と兄弟たちがBをはめたアフリカ人に復讐(ふくしゅう)しようと準備を進めていたが、母親から止められたという。
報酬は兄弟2人合わせて2000ユーロ(約37万円)の報酬のはずだったという。結局、成田空港で逮捕されたため報酬を受け取っていない。
飛行機に乗って訪れた初めての外国が日本だというBは“塀の中の日本”しか知らない。
実はBのように覚醒剤などの薬物を密輸しようとして成田や羽田など空港で逮捕されるケースが最近増えている。
ある法務省幹部によると、千葉刑務所に刑事処分が決まっていない外国人が勾留されるケースが相次いでいて、多い時には100人ほどもいるという。
“塀の中”で迎えたラマダン イスラム教徒受刑者は部屋で礼拝も
Bには、まだ幼い2人の娘がいるという。
逮捕されてから2カ月ほどは家族と全く連絡が取れず「娘たちは自分が死んでしまったと心配していたはずだ」と漏らした。話が進むとBは時折、笑みも浮かべ人懐こい表情を見せるようにもなる。
出所後の希望を聞くと
「一番にやりたいことはメッカへの巡礼です。巡礼を行うためにはお金がかかるので家族を養いながら一生懸命働かねばなりません」
と語った。
Bはイスラム教徒だ。取材時は、日の出から日没まで飲食を絶つラマダンの時期だった。
そのため、イスラム教徒の受刑者には夕食の際に3食分を1回にまとめて配食していた。
この日は、きな粉をまぶしたマカロニ、牛ひき肉のスープ煮、主食は刑務所の中にあるパン工場で製造されるコッペパンだ。イスラム教徒が口にしてはならない豚肉はなく、3食合わせると2350キロカロリーだ。(国立栄養研究所による)
工場での作業を終え午後5時の夕食時にBの部屋をのぞいてみると敷物を敷いて膝をつき礼拝を始めた。
刑務所では個人で行う宗教活動に配慮しており、礼拝用のマットを貸与することもある。Bは数分間、祈りを捧げると敷物を一旦、片づけたが数分後に再び礼拝を始めた。
インタビューでは「礼拝でいつも祈っているのは早くここを出て母国に帰れますように、家族の元に帰れますようにということです。娘に会いたいです」と答えていた。
イスラム教徒は1日に5回礼拝を行うが、刑務所では余暇時間に限られるため、この夕方の時間に集中して礼拝をしているようだ。礼拝を終えたが、Bは配られた夕食には手を付けようとしない。
私が鉄格子の窓越しに部屋をのぞき込んでいると、笑みを浮かべながら手で「6」を表すジェスチャーをした。
外がまだ明るいため、日没となる午後6時まで待つと伝えてきたのだ。
生活様式が違う異国での服役生活には当然、不自由さが付きまとう。
Bにその点を聞くと、「食事はちょっと改善して欲しい」と訴えた。
「希望すればパン食にはできるが、普段の食事の主食は米です。米はそんなにたくさんは食べられないので、結構お腹一杯になります。それから、日本の酢がセルビアと違い酸っぱさが私には合わなくて食べられないことがある」
こうした光景を放送した所、刑務所には「イスラム教徒に甘すぎる。信教の自由も大切だが、そこまでやる必要はない」「3食出す必要があるのか?」などと指摘する声もあったという。
またネット上では「一人当たり年間数百万円とも言われる収容コストが日本国民の税金で賄われているのは許せない」など多数の書き込みで“炎上”状態となった。多額の“血税”が外国人受刑者に使われることへの反発は強いようだ。
府中刑務所に外国人受刑者が多い理由は都心にも近く設備が整っており、国際専門官も置くなど受け入れ態勢があるからだ。少数言語も含め通訳を手配しやすいこともある。
このため、日本語が全く話せない外国人の多くは府中刑務所に入所する。加えて大使館や領事館も近いこともある。
時には大使や領事が受刑者と面会し、改善して欲しい点などを聞き取り刑務所側に伝えることもあるという。
“獄中死”も覚悟?“殺人”で無期懲役の外国人にインタビュー
最後に、府中刑務所に常時30人程いる無期懲役の外国人受刑者の一人をご紹介したい。
インタビューは受刑者たちが昼食を取る食堂で行った。白縁のおしゃれな眼鏡をかけている小柄な男が刑務官に付き添われ現れた。
東南アジア出身の30代、罪名は殺人と強姦致死、服役して6年半になるという受刑者C。母親が日本人で当時3年のビザもあり、とある工場で働いていたという。
事件当日は、職場の友人たちと家で酒を飲んでいて、彼らに「女を探しに行こう」と言われ犯行に及ぶ。
街に出て歩いていた見ず知らずの若い女性を襲い暴行した上に殺害、遺体を遺棄したというむごい事件だ。
まず私は「殺人は大変なことだと思うが、なぜ殺してしまったのか?」と聞いた。
するとCは
「そういう意識がありませんでした。自分は酒を飲んでいるだけで何も悪いことを考えていなかったのですが、酔っ払った後は何を考えていたの分かりませんでした」
さらに「工場で真面目に働いていたのに、何故そんな事件を起こしてしまったのか?」とただすと
「友人のせいだと思います。そんなことをするつもりはありませんでした。その当時、私にはガールフレンドもいました」
と責任転嫁する答えが返ってきて私はあぜんとした。
今、無期懲役の受刑者に仮釈放が認められるのは非常に厳しい状態だ。一昨年は、全国でわずか1人と過去最低となり事実上“終身刑”と化している。
私はこの現状を伝え、不安がないか尋ねると
「もちろん釈放されて家族と共に過ごしたいという気持ちはありますが、自分はここから出ることはないんだろうと思っています」
と“獄中死”の覚悟もあると腹をくくっている様子だった。
「無期よりも死刑の方がいいと思ったこともありました。母には『一生、刑務所にいるよりも死刑になった方がいい』とも言いました。しかし、母から聖書をもらって読むようになった後は、そんな気持ちは変わりました」
夕食前、Cの部屋をのぞくと聖書を読んでいる姿があった。今回、話を聞いた3人の外国人受刑者に私は同じ質問をした。
「外国人が事件を起こすと治安を脅かされていると感じる日本人は少なからずいる。その点についてどう思うか?」という内容だ。
Cは首をかしげながら
「ちょっと私には重いですね、何も言えません。質問の内容があまり理解できません」
と答え、手をさすったり貧乏ゆすりをしたり落ち着かない様子となった。
さらに「日本人的には、こういう事件を起こされると非常に不安になるんですよ」と言い方を変えるなど3回ほど聞き直すと、ようやく「まず自分がしてしまったことに謝りたいという気持ちがあります。特に事件で亡くなった方、また遺族に対して申し訳なく思います」という言葉が返ってきた。
よほど答えたくない質問だったのかもしれない。
通訳を介した短いインタビュー時間の中で、どこまでCから本当の言葉を引き出せたのか、正直分からない。
このままでいいのか?外国人受刑者の処遇
外国人受刑者はほぼ100%、刑期が満了すれば母国へ強制送還となる。
そもそも刑罰権は国家が担う根幹の権利であるが、ある刑務所幹部は「時には刑務官を無視したり、罵倒したり、コミュニケーションも取りにくい外国人をどのように更生に向けモチベーションを持たせるのか日々、苦悩している」と現状を嘆く。
中には「何で最終的に強制送還される外国人を国費で矯正処遇するのか、疑問を感じることもある」と本音を漏らす幹部もいる。
殺人を犯したCに、「服役生活は更生にプラスになっていると思うか?」と質すと「イエス」と即答した。
どういう所が?と聞くとCは日本語で「安心」と答えたのだ。
一瞬、私は意味が分からず、どういうことか尋ねると
「例えば自分の国の刑務所であれば暴動などひどいことが起きます。しかし、ここではそういうことは起きません。だから安心だと思います」
外国人受刑者に不自由さを感じさせず「安心」と言わせてしまうことが、今の日本の塀の中を象徴しているのかもしれない。
府中刑務所を見学する外国人関係者からは「なぜ受刑者がみんな刑務官の言うことを聞くのか?」と驚かれるそうだ。
懲役刑だろうが拘禁刑だろが“刑罰”であることを忘れてはならない。
薬物事犯のセルビア人受刑者Bは、
「刑期が残り少なくなるとセルビアの監獄に移って残りの刑期を務めるという可能性があるそうなので、そうなればいいなと思います」
とも話していた。
国民の意見も踏まえ刑務所での外国人処遇について、もっと積極的に柔軟な対応を取り入れるなど一考が必要な時期になっているのは間違いない。
(「週刊新潮」5月7日・14日GW特大号掲載記事に加筆しました)
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