
政府は皇室典範などの改正案を閣議決定し、衆議院に提出しました。天皇や皇室の在り方や未来について、どのように考えたらよいのか、2005年から12年まで宮内庁長官を務め、上皇さまの時代を支えた羽毛田信吾さん(84歳)に話を聞きました。
【画像】天皇陛下「国民の理解が得られるものを」“皇族数の確保”めぐり
羽毛田さんは厚生省(現厚生労働省)の事務次官を経て、01年に宮内庁次長、05年に長官に就任。小泉政権時の皇室典範改正をめぐる議論や、女性宮家創設の議論など、皇室の在り方をめぐる課題に向き合ってきました。06年に悠仁さまが誕生した際には、皇統譜に宮内庁長官として署名をしました。
6月下旬、取材に応じた羽毛田さんは、被災地で感じたという象徴天皇の「本質」や、危惧している将来の問題点などについて語りました。
象徴天皇を考える「三つの観点」
ーー象徴天皇の象徴たる理由とは何か、象徴天皇とは一体どういうものだとお考えですか
難しい話ですが、私は象徴天皇がどうあるべきかを考えるとき、三つのことを考えます。一つ目は象徴と言いつつも、これは国旗だとか富士山だとかとは異なり生身の人間を象徴として頂いていることの意味。二つ目は、象徴とは我々が日本国民であることをその存在によって認識したり意識したりすること、つまり「共通の意識」を持つことが象徴の意味と考えるならば、どういうご活動があるべきなのかという点。三つ目は、日本国憲法にもあるとおり、国民の総意に基づくということを考えるならば、現在および将来の多くの国民が、どういう陛下にご活動をしていただく方がいいのか、いわば国民の期待についてどのように考えるかという点。これらを総合的に考えなければいけない。
そうすると、平成の天皇陛下が一生をかけてなさったように、また今上陛下もなさっているように、国民のため、国民に心をひたすら寄せていくということ、それを実践を通じて表していくということ、そういうあり方。つまりひたすら国民に接し、国民と心をともにし、悲劇の現場におもむかれて平和を祈られる、災害のあった困難な人のところに行って、その気持ちをくまれる姿やご活動というものが、いま申し上げた三つの観点からして象徴天皇のあり方だろうと思います。
そのため、今の陛下、あるいは前の陛下のことというよりは、これからの天皇、象徴天皇のあり方として、一つの普遍的なあり方、基本形ではないかと思っております。
ーーいわゆる実践、つまり行動によって天皇になっていくという考え方もありますが、そもそも天皇というのは血を受け継いできているがゆえに天皇であるという考え方もあります。象徴天皇とは何か、いろんな考え方があると思いますが、どうお考えですか
私の考え方ですが、やはりその地位にある伝統・血統を継いでいることも大事なことで、それを理由に国民が尊崇するということは一つの大きなあり方だと思います。しかし、それだけではなく、国民のことを祈り、またそれを実践活動を通じて表されるというあり方は、今の憲法の下、あるいは今後の将来の民主主義の世の中において、天皇制のあるべきあり方だと思います。ある意味そうしたあり方しかないのではないか、様々な可能性があるにしても基本形はそれしかない、と私自身はそう思っています
ーーつまり天皇というのは血で選ばれるというよりは、行動が重要ということでしょうか
どちらかがより重要、ということではありません。血も大事だと思います。それは非常に大事な要素だと思いますけれども、それだけではなくてプラスとして、いままで申し上げているようなことがやはり大事だろうと思います。
被災地で感じた「本質」
ーー日本人にとって、皇室はどのようにあるのがよいとお考えですか
私が申し上げるのも口幅ったいような話ではありますが、私は先に述べたように身を粉にして国民のために祈り、人々のために祈り、そしてそれを実践で表していかれるという陛下のあり方は、日本にとって非常に大事なことだろうと思います。
それは、先ほどの例で言えば、国民が日本国民であるということを意識する、つまり統合のための一つの大きな要因です。またそれと同時に、人類愛や隣人愛あるいは平和といった、人類に共通の価値を体現して、公平無私な立場でお務めになる、そういう存在を象徴として持っているということです。日本の民主主義が自己主義に陥らず、人びとが平和と人類愛を大切にする社会であり続けるためにも、大事な存在なのではないかと思います。
少し抽象的な話でしたから、私が在任中、「ああこれが陛下の存在の意義の一つなのだろう」と感じた事例を紹介します。
東日本大震災の時、陛下のお見舞い行脚に同行した時でした。津波が役場を襲い、町長さんは役場の梁(はり)につかまって九死に一生を得たそうです。その町長さんに「本当に絶望の底にある私たちだけれども、こうやって被災から間を置かずにお見舞いをいただいたことで、私たちは見捨てられてはいないのだということを非常に強く感じまして、前向きに生きる気持ちが強く起きました。」と言われたことを覚えています。
また、これは人づてに聞いたのですが、別の市の市長さんが、「被災者の求めに応じてできる限り救済策を講ずることは市長にできる。しかし、市長がお見舞いをしても、絶望の淵にいる人に、前向きに生きる気持ちを起こさせることはできない。やはりこれは陛下ならではのことだ。」と話していたそうです。
私はこの二つの事例を印象深く覚えていまして、象徴天皇の本質をつくような話なのではないかと思います。こうしたことを、日本国民にもたらすことができる天皇という存在は大事だと思いますし、そういう天皇のあり方はこれからも求められていくのではないでしょうか。
悠仁さまの結婚に願うこと
ーー象徴天皇の在り方をどのように若い世代に引き継ぐかについてお聞きします。今の陛下は 上皇さまと家族として過ごされてきましたが、悠仁さまは今の陛下とご家族としてずっと一緒に過ごしているわけではありません。今の陛下から秋篠宮さまそして悠仁さまへと考えた場合、どのようにそのあり方を継承していくのが良いとお考えですか
私はその点、多少楽観的かもしれません。皇室にお生まれになって、お育ちになっておのずと父に至る。秋篠宮殿下、妃殿下のなさりようを見ておられ、また直接ではありませんが、平成の天皇陛下も、それから今の陛下も、いわば皇族として、大きな皇室という枠の中で見て育ってこられた。秋篠宮両殿下にしても、そういう観点からお育てになっていらっしゃいましたから。そういう意味では皇室の中におられる、ということは、大きななさりようの継承という意味では要素になっていると思います。
よく帝王教育などと言いますが、帝王教育ということで何かを改めるというよりは、皇室の中で それは父上であったり、 あるいは伯父君であったりするのですが、その雰囲気の中で育ったということが非常に大きな要素だと私は思いますね。それは 机に向かって何かを学ぶということ以上に、そういう要素は非常に大きいものじゃないかと思います。
その点は悠仁さまもそうですし、もちろん愛子内親王もそうだと思います。

ーー悠仁さまがいずれ結婚する時を迎えるわけですが、現状、様々なことを背負われてのご結婚になると思います。今の陛下や上皇さまと同じように、恋愛によるご結婚が可能なのでしょうか
本当にお幸せな結婚をなさっていただけるとよいと思います。皇室にあることのご負担というものは様々ありますので、皇室にあることのある種の「威圧」のようなことがないよう、できる範囲で心がけていかないといけないというのが、周りにお仕えする者の務めではあると思います。
そういう意味では、 SNSなどであることもないことも興味本位で流れるような内容の中には、皇室にある方のお気持ちを非常に損なうようなものもあり、私としても辛いことがあります。皇室にあることが非常に大変なことのように、ことさらに強調することにならないでほしいと思います。
「天皇制必要か」問われる未来を危惧
ーー憲法上、天皇陛下や宮内庁が制度自体に関して意見することが難しいということは分かりますが、例えば今回の皇族数確保の話は、陛下とご家族に関わることだと思います。そのことに関してお気持ちをにじませるというのは、やはりなかなか難しいのでしょうか
皇室典範は国の制度としての天皇および皇室のあり方を規定する法律であると同時に、皇室といういわば一つの家族を律する法律でもあるわけです。そうするとその当事者、生身の人間たる当事者の家族の方について、制度改正によってどんな影響があるかとか、 それをどういうお気持ちで受け取られるかについては極力それを把握する努力は大事なことだと思います。その上で判断するのはもちろん政治的に判断するわけですが、その努力をするというのは大事なことだと思いますし、それを体現して、いかにつないでいくかということは大事なことだろうと思います。
しかし一方において確かに、法改正という政治的行為について、直接に何かをおっしゃるということは陛下や皇室にはできないわけですから、先に話に出たように宮内庁の役割もあります。なかなか難しいことですが、日頃の接触の中で受け止めた感じなり、お気持ちなり、あるいは忖度(そんたく)も含めて政治側につないでいく。そうした、伝えていく努力は必要だろうと思います。
ーー 「皇族数の確保」の話が議論になっていますが、皇位継承の話、安定的な皇位継承については喫緊の課題のわりに大きく取り上げられていないように思います。この現状をどう考えますか
皇位継承の危機や、その安定化には大きな課題があることについて、もう少し社会全体の理解が進むと良いのではないかとは思います。
いま下手をしたら、今の陛下や上皇陛下が一生懸命されてきた象徴天皇のご活動というものが、将来にわたって維持できるかどうか、そういう危機意識みたいなものがあっても良いと私は思います。
しかしこの問題をめぐっては、すぐ女系を容認すべきか、男系で貫くべきかという議論になってしまい、 なかなか物事が前に進まない状況になっていますから課題は大きいわけです。
どういうようなものにするとしても、最終的には国民の理解を得てやっていくということが大事ですから、丁寧に進めればそれなりの時間もかかるでしょう。そうであれば、やはり早くに取り掛かっていただかないといけないのではないかと思います。
ーー旧宮家の男系男子を養子に迎える案については、賛否というよりも「選択肢がなくなることがやはり困る」という趣旨の話をされていました
皇位継承の議論を追ってするということが前提だとすれば、その皇位継承の議論をするときに、取りうる選択肢が何もなくなってしまった状態になるようなことは回避しなくてはいけない。そういう意味で、そのときに選択肢が複数残っているという状態にしておくということは重要なことだと思います。

ーー悠仁さまが即位されたときに、周りに誰もいないということが今のままだと起こりうる。とにかく、それを阻止するにも、まずは皇族数の確保が求められるのでしょうか
それは確かにそうですが、その先の皇位継承の問題のときにも、「やってみたけれど、どの選択肢もうまくいきませんでした」で済ますわけにはいかないでしょう。だから極端な言い方をすれば「天皇制が、天皇のご存在が、今後とも日本にとって必要ですか」という問いを突きつけられる状態が、いずれそう遠くない未来に来るかもしれない、そう心配しています。
ですから、私はあれをやれ、これをしろと言う立場にはありませんが、 とにかく、どれもダメだったという状況は避けなければいけないと思います。今の象徴天皇のご活動というものが今後とも続くことが日本にとって非常に大事なことだと思っているがゆえに、そう思っています。
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