
日本人で初めてノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進さんが亡くなりました。86歳でした。
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生命の“100年の謎”解く
「免疫の仕組みを解き明かした第一人者」として知られている利根川さん。
ノーベル賞の選考委員は「医学界の大きな謎を解明した100年に一度の偉大な研究だ」と評価したそうです。
利根川進さん(当時68)
「(Q.あなたは頂点を極めたと言う人もいる。なぜさらに先を目指すのか)頂点に立ったなんて考えたこともない。面白いことをしたいでしょ?生きている以上、楽しく過ごしたいはず。だからワクワクする何かを見つけないと」
利根川さんは、京都大学を卒業後、スイスで免疫学の研究をしました。その後、アメリカのマサチューセッツ工科大学で教授を務めました。
そして、1987年、48歳で、日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
当時、日本は、バブル経済の入り口にあり、世界第2の経済大国として、存在感を高めていた時代。そのなかで、基礎医学でも日本人研究者が世界の頂点に立ちました。
受賞の対象となったのは、私たちの体が“病原体”と戦うための“抗体”をどう作るのか。その仕組みを遺伝子レベルで解き明かした研究でした。
抗体は、体に入ってきた敵を見つける“センサー”のようなもの。その種類は膨大ですが、人の遺伝子の数には限りがあります。利根川さんは、体を守る免疫細胞の中で、遺伝子の部品が組み替えられることで、膨大な種類の抗体がつくられることを示しました。
それは、私たちが近年身近に感じたワクチンにも。例えば、新型コロナウイルスのワクチンには、体の中で抗体がつくられる仕組みが用いられています。利根川さんの発見は、その仕組みを理解する土台となっています。
後進の日本人研究者の“礎”に
利根川さんが切り開いた免疫研究の流れは、のちに続く、日本人研究者たちのノーベル賞受賞につながっていきます。
2018年に受賞した本庶佑さん。免疫にかかる“ブレーキ”を外し、がん治療につなげる道を切り開きました。
利根川さんが解き明かしたのは、“免疫が敵を見分ける”認識の仕組み。本庶さんは、その免疫の力を、治療に生かす道を開きました。
さらに、2012年に受賞した山中伸弥さんのiPS細胞の研究とも通じるものがあります。分野は違っても、共通するのは、“細胞の働きや運命は一度決まれば変わらない”という生命科学の常識を覆したことでした。
訃報を受けて山中さんがコメントを出しました。
山中伸弥さん
「利根川先生は『継続性や一貫性よりも、研究者は面白いと思うことをやるべきであり、最終的にそれがどのように貢献したかという結果だけが重要なのではないか』と励ましてくださいました。この言葉は、その後の私の研究人生を支え、iPS細胞の開発へと進む大きな力となりました」
「満足なければ ハッピーじゃない」
現代医学につながる大きな源流をつくった利根川さん。
利根川進さん(当時48)
「自分が満足していなければ、周りの人が『立派ですね』と言っても、おそらくハッピーじゃない。僕の場合、あまり権威なんていうのに興味がないから、ノーベル賞をもらっても、もらわなくても、いまやっている仕事が、うまくいかないとハッピーになれない」
