
最大震度7を記録した熊本県の地震の全容が徐々に明らかになってきました。これまでに14人が死亡、少なくとも7人の安否が分かっていません。爆発が起きたイオンモールでは、今も警察や消防による救助活動が続いています。そして、熊本の被災地では停電でエアコンを使うことができない人も多く、2日目の寝苦しい夜を過ごしています。
【画像】橋崩壊し住宅倒壊…病院も 見えてきた“被害”熊本地震 死者14人 安否不明7人

5人死亡“イオンモール爆発”何が
大越健介キャスター
「ちょうどあそこに黄色い規制線が張られています。我々が行くことができるのは、あそこまでということになります。その先、激しく崩落したイオンモールの建物が見えます。この角度からも2階部分を中心にして、建材が大きく破壊されています。爆発によって大きく崩落しているのが分かります。こうして見るとイオンモール、非常に巨大な施設です」

地震が発生したのは28日午後4時27分ごろ。イオンモールがある嘉島町も強い揺れに襲われました。イオンによれば、この時、店内には3000人の客がいましたが、午後5時には店の外への避難が完了したといいます。その後、従業員1500人が順次避難を始めましたが、午後5時50分に爆発が起きました。死亡した5人のうち、3人は専門店の従業員だったことが分かっています。

自衛隊のドローンが建物内部を撮影した映像からは、がれきが散乱し、人が簡単には立ち入れないような場所もあることが見てとれます。

午前8時半ごろに建物内に入った警察が撮影した映像では、通路には崩れた壁などの破片が散乱していて、屋根からは建材が垂れ下がっています。どこで撮影したかは明らかにされていませんが、画面に映る店舗とフロアマップの情報を照らし合わせれば、場所は崩落が起きたモール2階の中央付近とみられます。

イオンモールの西側に停車していたタクシーからの映像も入手しました。爆風は2階だけでなく、1階からも周囲に広がっています。建物の破片がいくつも飛散し、その後、すぐに粉塵で視界が覆われました。逃げる時間も、逃げられる場所も限られています。ようやく周りが見えるようになってきたのは、爆発から約20秒が経ってからでした。車の窓は換気のために3センチほど開けられていたため、粉塵は車内にも入ってきました。
日新交通 石島誠也課長
「イオンの建物が大爆発した。裏の通用口とか壊れてしまった」
この時、何が起きていたのか。

日新交通 石島誠也課長
(Q.これが爆風を受けたタクシー)
「外壁の粉じんですね」
(Q.目とか呼吸は大丈夫でした)
「爆発した瞬間に外壁が膨らんでブワーンといった。私は下にすぐかがんで。フロントガラス割れたらいかんと思って」
(Q.勢いは車に乗っていても)
「風圧というよりか破裂音がひどかった。バーンという感じ」
イオンによれば、依然、3人の安否が分かっていません。

妻と連絡つかない男性
「階段を上がった辺りの店舗で働いていて、地震直後に電話をもらった。その時、最後に会話をした。地震がひどかったので『大丈夫か』という連絡。『今避難をしている』という状況。それ以降が分からなくて」
男性には中学1年生の息子がいます。

妻と連絡つかない男性
「爆発が起きた直後に携帯がつながらない状態なので、覚悟はしておかないといけないという話はしている。そこから元気がなくなってしまって」
では、なぜ爆発は起きたのか。29日夕方、イオンが会見を開きました。

イオン 吉田昭夫社長
「ガス爆発の可能性が高いと見解が出ていますが、消防から正式な見解が出ていませんので、確定することは現段階できない」
ガス管には、地震が起きた際などに作動する遮断弁がついていたといいます。

イオン 吉田昭夫社長
「(LPガス)供給タンクに遮断弁。飲食店の中にはマルチで個別にもついています」
(Q.一定の揺れがあると遮断)
「そうでございます」
イオンモール 大野恵司社長
「そこについては、どういう状況だったのか。消防と一緒に原因を一刻も早く追究する段階」
震度7 住民を苦しめる“暑さ”
震度7の揺れを観測した宇城市に入りました。

大越健介キャスター
「ちょうど神社の手前、横断歩道のところ、道路が隆起して亀裂して、すっかりせり上がってしまっています。この道路の真ん中に亀裂が走って段差が走っています。車が非常に走りにくそうにしていますが、生活道路ですので、なんとかここを通らないければという状況なんでしょうか。危険な状態ですね。色んなものが、家の前の物が散乱をしています。何より驚くのは段差の激しさですね。地震のエネルギー、力の大きさを感じさせます」

もともとは平坦だった道路が、強い力によって1メートル近く隆起した所もあります。こうした被害は、市内のあちこちで出ていて、市の職員が対応に追われていました。

市職員
「穴があるから土のうでふさいでいる。仮にですね。通れるように」

しかし、全ての道路に対応できるわけではありません。取材中にもタイヤがはまってしまった車と出会いました。段差はタイヤの半分ほどの高さですが、一度はまると、なかなか抜け出すことはできません。土のうをかまして、ようやく動けるようになりました。
また、宇城市では至る所では建物が崩壊。さらに、暑さが住民を苦しめています。
大越健介キャスター
「宇城市の小川町という地区ですが、その中を歩いていて暑いです。さっき35度を手元で記録していました。この暑さの中で皆さん片付けなどに追われているので、皆さん大変な思いされています」

少し歩いた先で見えてきたのは、国の有形文化財に登録されている建物です。

大越健介キャスター
「門構えのようなものでしょうか。完全に崩落して瓦が散乱してしまっています。お寺の駐車場にテントを張って、住民の方でしょうか集まっていますね」

男性
(Q.なぜテントを張って集まっている)
「家のシャッターが閉まらなくて、開いたままここを離れることになるので」
(Q.ということは防犯上)
「そうです」
(Q.中に入れない)
「奥の家も傾いていて、電気も通ってないので」
生活の再建には長い時間がかかるかもしれません。この場所で80年近く、かまぼこを作り続けている男性に話を聞きました。

かまぼこ店店主
「焼き場が倒れている。斜めになってる」
(Q.焼き場が据え付けないと商売にならない)
「起こさないといけない」
(Q.10年前と比べてどう)
「初めてだった。一番ひどい。地震としては。これからが大変ですよ」
震度7 壊滅的被害…病院にも
地域の拠点病院も被災しています。

大越健介キャスター
「熊本南病院にきました。ここも大変な影響を受けた病院です。壁が一部崩れ落ちていたり、生々しい傷跡が残っています」
「激しく水漏れしてますね。まるで水道がそのまま出ているような」
こうした状況から、病院はけが人を受け入れることができず、入院患者を外に運び出しました。

熊本南病院 大庭直樹管理課長
「マットを玄関の外に敷いた」
(Q.野戦病院的な状況)
「そうですね」
(Q.病院での被害について職員もショックだったのでは)
「今回は10年前にも大きな地震を経験しているので、職員も動揺することなく、平常心で患者に対応できたかなと」
煙突折れ…5人死亡 4人安否不明
震度6強を観測した八代市では、地域のシンボルでもあった日本製紙八代工場の煙突が折れました。

児玉瑞歩記者
「八代工場の上空です。根元付近から折れた煙突の先が工場の敷地内に倒れ込んでいて、かなり大きく設備も破損しているのが確認できます。倒れた煙突の先では10人以上の救急隊員でしょうか、救助活動にあたっているものと思われます」
熊本県によると、これまでに7人が救助されましたが、このうち5人の死亡が確認されています。今も4人の安否が分かっていません。
橋崩壊し住宅倒壊…救助活動続く
その周辺では。
延増惇ディレクター
「今、球磨川の橋を渡っているんですが、歩道の部分が崩落してしまっています」

橋の一部が中ほどで折れて、水中に沈んでいます。さらに、田畑には大きな亀裂が走っていました。亀裂をたどった先では、高速道路の路面が大きくずれ、1メートル以上の段差ができています。この一帯は、断層がずれた場所の一部である可能性があります。

中心部に近付くにつれ、被害の大きさが明らかになってきました。

延増惇ディレクター
「窓枠が曲がっていて、窓ガラスも散乱しています」

被害が大きく、まだ手をつけられない場所も少なくありません。飲食店の奥は激しく壊れ、作業ができる状態ではないといいます。
お食事処 より藤 頼藤浩社長
「あっちは手がつけられない。めちゃくちゃになっていて。作業できる状態じゃない」

アユとウナギの専門店を営む頼藤浩さん。地震が起きた時、食器や棚が崩れ落ちるなか、必死にテーブルにしがみつき、揺れに耐えたといいます。2階の倉庫に上がらせてもらうと。
お食事処 より藤 頼藤浩社長
「倉庫はめちゃくちゃ。そこを通れるだけ片付けたんですけどね」
(Q.10年前も熊本地震ありましたが)
「もうそれと比じゃないです。3倍ぐらい。こんな倒れなかった」
10年前の熊本地震を上回る揺れだったと話します。停電が続き、エアコンや冷蔵庫も使えない中、家族が休めるのは車の中だけ。
お食事処 より藤 頼藤浩社長
「もう暑いんで」
(Q.家の中はもう過ごせない)
「家の中、陰になればいいですけど。午後2時くらいが一番暑いので、日が暮れるのを待つ。離れてその時に地震にあって1人になるのが怖い」
そうした中、駆け付けてくれたのは熊本市内の友人。発電機を運んでくれました。店の命でもあるアユを、電気の止まった冷凍庫から取り出し、発電機で稼働させた冷凍庫へと移動させます。

お食事処 より藤 頼藤浩社長
「これがなくなったらおしまい。営業できないので、家族では離れないようにしようと。多分1カ月ぐらいじゃ復旧できない。もっとかかると思います」
