
名字のルーツに迫るこの企画も10回目です。
今回も、皆さんご存知の名字が生まれた背景を深掘りします。
横山・宮崎・宮本の由来
日本の名字ランキング66位以降に注目し、身近な名字の由来や歴史を探ります。66位の横山さんは、山にまつわる地形由来だけでなく、平安時代後期に「多摩の横山」を本拠とした有力武士団との関係が深いといいます。
名字研究家 森岡浩さん
「『多摩の横山』という言葉は、昔とても有名で、万葉集にも読まれるくらいですから、横山と聞くと多摩の方のあの地域かなって多分みんな想像がついたと思います。横山党(関東を中心に活躍した「武蔵七党」の一つ)の名字が横山で、その子孫が結構各地に広がっていったので、地方の横山さんも割と横山党の子孫だよっていう家が多いです」
横山党の一族は関東各地の地名を名字としていて、一説には名字を最初に名乗った武士ともいわれています。鎌倉時代になると、現在の神奈川県から群馬県、山梨県にまで勢力を広げ、代々源氏に仕えました。
67位の宮崎さんと68位の宮本さんは、いずれも神社に関係する名字です。「宮」は神社を指し、「崎」は先端や手前、「本」はふもとや下を意味するといいます。
古い時代には「宮前」と書いて「みやざき」と読む地名も各地にありました。宮本さんは、神社のふもとに住んでいた人が名乗ったのが由来とされています。
内田は方位、高木は目印
69位の内田さんは、「田」が付くものの、地形ではなく方位に由来するといいます。
東西南北だけでなく、遠近や左右、手前と奥、内と外も方位を示す言葉です。有力な家の勢力範囲や村の内側にある田んぼを「内田」と呼んだと考えられています。
一方、勢力範囲の外側の田んぼは敵が来る危険があったため、「そとだ」「ほかだ」などと読む外田さんは、内田さんより少ないといいます。
70位の高木さんは、高い木を家の目印にしたことが基本的な由来です。高い木があった場所が「高木」という地名になり、そこに住んだ人が高木を名乗った例もあります。現在の愛知県安城市高木をルーツとする高木一族も広く知られています。南北朝時代に活躍した高木遠盛や、徳川家康に仕えた徳川十六神将の一人、高木清秀の家系が有名です。
岐阜県では高木一族が勢力を持ち、分家を区別するために「北高木」「西高木」などと呼んでいたといいます。ただし、名字はいずれも高木でした。「高」と「はしごだか」の違いは、元々両方の漢字が使われ、戸籍に登録する際にどちらを書いたかによるものです。これは、名字ランキング4位の「高橋」さんも同様です。
難読名字の読みと由来は?
難読名字の「月見里」は「やまなし」と読みます。月がよく見える場所は山がない、そんな発想から生まれた文学的な名字です。
静岡県にある「やまなし」という地名をルーツとする人や、山梨県の地名をルーツとし、後から「月見里」の漢字を当てた人がいると考えられています。「つきみさと」と読む人もいます。
続いて紹介する名字「七部」は「たなべ」と読みます。一般的な田辺さんや田部さんと同じ読み方です。
七夕を「たなばた」と読むことから、「七」の部分を「たな」と読ませたと考えられています。七夕の語源は、機織り機で神聖な織物を織る「棚機津女(たなばたつめ)」から後ろの音が落ちたという説が一般的です。
最後に紹介するのは「和食」という名字。実は「わしょく」ではなく、「わじき」と読みます。元々は高知県の地名「わじき」由来の名前で、「わじき」の読みしかなかったそうです。
私たちがよく読む、「和の食事」を指す「和食(わしょく)」という言葉は、明治時代以降の「洋食」に対する言葉として新たにできたものでした。
(2026年7月15日放送分より)
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