「SNSには書けない」若者が日記に向かう理由 24年ぶり大ヒットで「日記界隈」急増

「SNSには書けない」若者が日記に向かう理由 24年ぶり大ヒットで「日記界隈」急増
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 SNSで誰もが気軽に言葉を発信できる時代に、あえて「日記」を書く人が増えている。

【画像】「深夜にすごく病む」31歳男性の過去の日記

 新潮社が2025年12月15日に発表したプレスリリースによると、日付と曜日のみが記された文庫本『マイブック』は、2026年版の発行部数が24年ぶりに15万部を突破。特に20代女性の販売数は昨年比260%、一昨年比430%と急増しているという。また、手書きの日記やノートの写真をSNSにアップする「日記界隈」という言葉も広がりを見せている。

 SNSに書く言葉は、いつも誰かの目を意識している。では、誰にも見せる必要のない言葉は、どこへ向かうのか。なぜ今、日記なのか。その理由を探るため、東京・下北沢の日記専門店「日記屋 月日」を訪ねた。
(テレビ朝日報道局 前川真澄)

“炎上避け”としての「本」

「日記屋 月日」店内
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 東京・下北沢の商業施設「BONUS TRACK」にある「日記屋 月日」は、日記にまつわる本や文具を扱う専門店だ。2020年4月に開店以来、日記を書く人、読む人が集まる場所になっている。

「日記屋 月日」店長 栗本凌太郎さん
「本が好きな人は本屋さんに行けば、新しい本に出会ったり、本好きな人と出会ったりできる。でも、日記が好きな人が新しい日記に出会ったり、日記が好きな人同士でつながったりする場所はなかった。『日記屋』を作れば、それができるのではないかというのが経緯です」

 背景には、出店者が自らの作品を手売りする「文学フリマ」などで、個人が日記本を作る動きが広がっていたことがある。

 「日記屋 月日」では、日記本の持ち込みや相談が年々増え、今では「一日1件ほど」届くこともあるという。

専門誌「季刊日記」も発行
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 日記といえば、誰にも見せない私的な記録というイメージが強い。だが、平安時代の『土佐日記』『更級日記』といった古典から日記文学が存在しており、近代でも永井荷風の『断腸亭日乗』、武田百合子の『富士日記』といった作品は今でも読み継がれている。

 一方現在では、職業作家ではない市井で生活する人が日記を本にして売っている。そして、知らない誰かの日記を買って読む人もいる。

 なぜ、ネットではなく「本」なのか。栗本さんは、そこにSNSとの距離感があると話す。

「インターネット上には出したくないけど、本にしたら出せる、読んでもらいたいという違いがあると思います。SNSのプラットフォームごとの性格を、書く側が内面化してしまうことがある。日記は自分の本当のことを書く場所なのに、何かを気にして書かなきゃいけないのは、すごくミスマッチなんです」

 SNSでは、投稿した言葉がどのように広がるか分からない。誤解や炎上を招くこともある。だからこそ、日記は「非公開で書く」「友人の中だけで見せる」「本にして出す」といった、少し閉じた形と相性が良いという。

「脱SNS」ではなく…

ドリンクスタンドも併設
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 店を訪れる客層は20代が最も多く、次いで30代が多いという。

 SNSが日常にある若い世代の間で日記への関心が高まっていることについて、栗本さんはこう話す。

「それぞれの場所を見つけている感じがします。今、ポッドキャストもすごくはやっていますけど、それも日記の流行と連動している話だと思っていて。あれも半クローズドな状態で、自分のことを出していくものですよね」

 栗本さん自身もSNSを使い、店の発信も行っている。ただ、書く内容は日記とは「全然別物」だという。

「SNSは活動報告や告知がメインになってしまう感じがあります。ポッドキャストもやっていますが、SNSをやらない代わりに、そこで言えないことを出しています」

 SNSを完全にやめるのではなく、目的ごとに場所を分ける。栗本さんは、SNSについて「テレビや広告っぽい場所」になっているとも感じている。

「最近の流行や、これが良さそうというものを見る場所としてはいい。ただ、もう“つぶやき”がない。そのつぶやきが、日記などのほうに行ったのかなと」

「バラバラのまま誰かと一緒に」

絵本や日記帳なども販売
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 「日記屋 月日」では、2022年から日記のワークショップも開いている。定員は15人ほどだが、通常でも50人、多い時には100人ほどの応募があるという。

 参加者の目的はさまざまだ。日記が続いたことがない人、人の日記を読んだことがない人、誰かと一緒に日記をつけることに興味がある人。生活の変化をきっかけに、「いったん整理したい」「何かを残しておきたい」と参加する人もいる。

 栗本さん自身も、ワークショップを始めた2022年から毎日日記を書くようになった。紙ではなく、オンライン上のドキュメントファイルを使い、参加者同士で見える状態にして書く。日記を書き続けることで、どのような変化があったのか。

「『日記を書く体』になる感じがします。物事を見る時に、日記を書いている体として見たり考えたりする。後でこれを書こうかなと思うことで、記憶に残ることや、見えてくることがある。そこに、自分にとって大事なことがある気がします」
「人との関わり方として日記がある気がしています。直接コミュニケーションを取るのではなく、バラバラのまま誰かと一緒にいる方法としての日記があるのではと」

休職中も「メンタルにプラス」

 実際に日記を書き続けてきた人は、そこに何を求めているのか。

 都内在住の男性・なかむらさん(31)は、小学5年生のころから日記を書いてきた。最初は、休日の出来事をノートに書く学校の宿題だったが、次第に「誰にも言えないこと」を書く場所になっていったという。

 自身が同性愛者であることを周囲に話せなかった当時、なかむらさんにとって日記は、誰にも言えない思いを書ける場所でもあった。

 高校時代にはガラケー向けSNS「モバゲー」の日記機能も使った。知らない人からコメントがつくこともあり、「自分の日記を書いてつながれる面白さ」を感じたという。

大学時代に書いていた日記
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 大学生になってからは手書きの手帳に戻り、社会人になってからはスマートフォンのアプリやメモ機能も使うようになった。

「手書きとiPhoneを行ったり来たりしています。紙の日記だと空いているところが気になって、埋めなきゃという圧力がある。でもiPhoneだと、いつ書いても良い。メモ帳アプリをいつでも開ける位置に置いています」

 昨年、心身の不調で休職していた時期には、主治医から認知行動療法を勧められたことをきっかけに「よかったこと日記」をつけた。

「ドラマを一気見して面白かったとか、本当にささいなことを書く。何も積み上がっていないような休職期間でも、よかったことが積み上がっていると感じられたのは、メンタルにもプラスだったと思います」

「深夜に病む」時も…

愛用していた「ほぼ日手帳」「デスクプランナー」
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 一方で、なかむらさんもSNSを使っている。だが、SNSとの距離を取りたい気持ちは強くあるという。

「おすすめ欄に、刺激の強そうなものがどんどん流れてくる。でも後で『何を見ていたんだっけ』と思うと、何も記憶に残っていないことがある。だったら、本を読んだり、長い文章の記事を読んだりする方が良いと思うんです」

 SNSと日記で書く内容は違うのか。なかむらさんは、日記には「本当に私的なことばかり」を書くと話す。誰かの目は「全く意識していない」という。

「深夜にすごく病むことがあるんです。叫びたくなったり、泣きたくなったり。そういう時に日記に強い言葉を書いて、それで気持ちが落ち着く。言葉にすると気持ちが落ち着くというのはあるのかもしれません」
「誰かに見せるための文章を、SNSで書く前に、いったん自分のために文章を書く方を大事にしたいなという気がします」

 過去の日記を読み返すことも好きだという。

「楽しかったことを忘れたくないんです。ワクワクとか楽しさを忘れるのがもったいない。ずっと味わっていたいのかもしれません」

販売予定のZINE
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 今後、なかむらさんは自身の日記を、個人制作の小冊子「ZINE(ジン)」にまとめ、それらの即売会「ZINEフェス」で販売する予定だ。テーマは「上京」。東京にいてもやもやしている人や、地元に帰ろうか迷っている人と、文章を通じてつながれたらと考えている。

「東京にいて良いのかなとか、地元に帰ろうかなと思っている人と、『どうしようね』と一緒に考えるきっかけになったら面白いなと思っています」

 共通の趣味や話題がなくても、人にはそれぞれ生活がある。その生活の断片を読むことで、他者への見方も変わると、「日記屋 月日」の栗本さんは指摘する。

「日記を読む前は『自分と他者』という二者関係だったのが、他者というのは『すごくたくさんの他者』なんだと実感できる。『全員それぞれなんだ』と、日記を読むと分かるんですよね。世界と自分との関係性のような認知が、大きく変化したと」

 日記を書くことで、自分の気持ちに気づき、自分を許せるようになる人もいる。人の日記を読むことで、「他者にも生活がある」と想像できるようになる人もいるという。

「自分がより分かるようになったという人はいます。日記を継続して書いていることで、自分の(気持ちの)波に気づき、俯瞰(ふかん)して分かると。自分のことを許せたりとか『生きやすくなった』と聞いたりもします。他には、人に優しくなったとも」
「(日記には)自分の話と、他者を想像する話。その二方向がある気がします」

 気軽につながり、発信できるSNSの時代に、あえてすぐには届かない言葉を書く。それは誰かに評価されるためではなく、自分の気持ちを確かめ、時には他者を想像するための行為でもある。

 誰かに見せる前に、まず自分のために書く。日記は今、古い習慣ではなく、自らの言葉を取り戻す場所として見直されているのではないだろうか。

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