
最大震度7を観測した地震から、初めて迎える週末。厳しい暑さや断水が続く中、被災地では懸命な復旧作業が続いています。10年前と今回、再び大地震に襲われた熊本で見えてきたのは、教訓と新たな課題でした。(サタデーステーション8月1日OA)
復旧作業進む 危険な暑さと断水
報告・駒見直音アナウンサー(熊本・氷川町 午後7時半ごろ)
「地震発生5日目ですが、依然として外にテントを立てて夜を過ごす方もいらっしゃいます」
地震発生後、初めての週末。日中、街には普段と異なる週末の光景が広がっていました。
作業員
「きょうはお金も全部でてきた。通帳も薬も。このカバンが出てきた」
熊本を襲った最大震度7の地震では、これまでに36人が亡くなりました。
報告・富樫知之ディレクター(熊本・宇城市 午後2時ごろ)
「この先に災害ごみを捨てることができるクリーンセンターがあるんですが、いま大渋滞がおきています」
週末とあって片づけが進んだのでしょうか。あまりの混雑に、1時間半ほど早く受付が終了しました。
住民(熊本・宇城市 午後2時ごろ)
「兄や息子たちも来てくれたのでスムーズに(車に)載せられたし、みなさん手伝ってくれるので早く回転してよかったです」
復旧に向け、歩み始めた被災地。しかし、立ちはだかるのは“災害級の暑さ”です。8月1日、八代では地震発生後、最も暑い最高気温35.9℃を観測。熊本は14日連続の猛暑日となりました。
避難生活長期化 “孤立地域”の実態
暑い避難生活を乗り越えるために欠かせない電気に水、そしてガソリン不足に見舞われている集落がありました。64世帯が暮らす氷川町吉本地区を訪れました。
吉本地区 宮川竜治さん(熊本・氷川町 7月31日)
「ちょっと道が寸断された状態で孤立していた」
吉本地区に通じる道路4本のうち、3本が地震によって破損し、避難所への移動も困難となっていました。地震発生直後から続く断水も、地下水などでなんとか凌いでいます。
宮川さん「水は大丈夫?」
吉本地区住民「川の水で、どうしようもないから」
宮川さん「うちの駐車場に(井戸)水あるから」
避難所にいけない住民同士で屋外にテントを張り、仮設の避難所をつくっていました。
吉本地区住民(熊本・氷川町 7月31日)
「10から15人くらいはここに寝られるけど、あとは車の中」
8月1日時点で電気は復旧したものの屋内にいられない理由もあります。
報告・富樫知之ディレクター(熊本・氷川町 7月31日)
「いま大きな地響きが、また地震でしょうか」
吉本地区住民
「さっきも来たもんね」
いまは、運転の出来る若者が数時間かけて食料やガソリンを調達し集落まで運んでいます。
吉本地区 宮川竜治さん(熊本・氷川町 7月31日)
「これがもう10日以上続いたら、おそらく体も精神的にももたないと思います」
災害関連死の懸念
避難生活の長期化により、懸念されるのは災害関連死です。10年前の熊本地震では、死者の8割を占めました。氷川町の高齢者施設では、熱中症対策に追われていました。
特別養護老人ホーム「早尾園」潮崎伸子 副施設長(熊本・氷川町 7月31日)
「入居者には水分摂取をさせないと。高齢者の場合は脱水が1番心配ですので」
地震発生直後には、停電で冷房が使えず、発熱するなど24人が体調不良に。今は電気が復旧したものの、断水は続いています。30日夜、25トンの水が給水されたといいますが…。
特別養護老人ホーム「早尾園」潮崎伸子 副施設長(熊本・氷川町 7月31日)
「午前中だけで2トン使ったので」
節水を続けていますが、1日7~8トンもの水が必要となるため、給水がなければあと数日で枯渇してしまうといいます。すると、取材中に…。
報告・駒見直音アナウンサー(熊本・氷川町 7月31日)
「支援物資が届きました。こちらのトラックの中…あ、飲料水たくさん入っていますね」
スタッフ一同
「ありがとうございました!」
しかし、浄水場が被災しているため、節水を続ける状況は変わらないといいます。
そして、忘れてはならないのが、スタッフも被災者であるということ。中には車中泊などを続けながら勤務する女性も。
特別養護老人ホーム「早尾園」松岡瑛美さん(熊本・氷川町 7月31日)
「ご利用者さんの命を預かる仕事なので、子どもを連れてでも出てこられる私が出てこないといけないなと」
特別養護老人ホーム「早尾園」潮崎伸子 副施設長(熊本・氷川町 7月31日)
「1週間経てば、どうにか落ち着いてっていうのが前回(2016年)の災害だったので。それを教訓としてみんな頑張っています」
10年前の教訓と“新たな課題”
現地を取材すると、10年前の教訓が生かされた場面が。
宇城市役所 職員(熊本・宇城市 午前7時半ごろ)
「おはようございます、おはようございます」
宇城市役所・豊野支所(とよのししょ)で1日から始まった「罹災証明書」の受付。今後、公的支援を受けるために必要な手続きです。整理券を受け取るため、午前6時半から並んだという中村さん。
午前6時半から並んだ中村徹さん(46)(熊本・宇城市 午前7時半ごろ)
「早いに越したことはないと思って」
約4時間後、ようやく順番がまわってきました。
宇城市役所 職員「車庫、瓦、食器類…よろしいですか?」
中村さん夫婦「あと窓も。ガラスが全部割れている」
私たちは前日、中村さんの自宅を訪れていました。
中村徹さん(46)(熊本・宇城市 7月31日)
「あれも、屋根も、支えも全部折れている」
瓦は落ち、壁には亀裂が。さらには家全体が傾いてしまったといいます。こうした被害状況の記録は、「罹災証明書」の発行に欠かせません。ここで10年前の経験が生きたといいます。
中村徹さん(46)(熊本・宇城市 7月31日)
「(被害の)写真を残しています。全部。4方向で撮った方がいいとか。(Q.10年前は)写真撮る前に片付けちゃったりとかしていた部分があったので」
一方、教訓だけでは乗り越えられない新たな課題も…。宇城市で10年前も避難所運営にあたった笹山さん。
10年前も避難所運営・宇城市役所 笹山裕斗さん(熊本・宇城市 午前9時45分すぎ)
「(Q.今一番困っていることは)やっぱりこの暑さですね」
平時は中学校の武道館として使われている、この避難所。エアコンは設置されておらず、扇風機などで暑さをしのいでいます。
10年前も避難所運営・宇城市役所 笹山裕斗さん(熊本・宇城市 午前9時45分すぎ)
「(避難者からは)『夜寝苦しい』『冷房を効かせてほしい』というご要望はいただいています」
過去の教訓が生かされた面もある一方で、この酷暑は想定外だったといいます。
断層の“割れ残り”今後も地震に警戒
そして、交通への影響も続いています。復旧の遅れの原因となっているのが、今回の地震で地表に現れた“ズレ”です。それは、神社の参道にも。
福岡教育大学・岩佐佳哉氏(熊本・八代神社 7月31日)
「断層運動によって右横ずれしたという証拠になる」
調査チームによると、10年前の地震で動いたのは「布田川断層」と「日奈久断層」の一部分。その“割れ残り”が影響していると分析します。
福岡教育大学・岩佐佳哉氏(熊本・八代市 7月31日)
「(日奈久断層の)2016年の地震の際に断層が出なかった区間。ここはエネルギーが溜まっていたことから、今回地震がおきてしまった」
日奈久断層は 八代海まで伸びていて、政府の地震調査委員会は今後も大きな地震が発生する可能性を指摘しています。
福岡教育大学・岩佐佳哉氏(熊本・八代市 7月31日)
「割れ残ったところが、次に活動する場合にはそれ(断層)が海の中に入っていくので海底が変位すると津波を引き起こすと。次は備えないといけないということになる」
