
熊本地震の発生から4日で1週間になります。酷暑となった被災地の医療現場は、熱中症の患者が相次ぐなど対応に追われています。
葬儀場に純白ドレス
3日、イオンモール熊本で働いていた女性の通夜が熊本市内で営まれました。
イオンモール熊本で亡くなった女性の夫
「見つかった時に天井か壁か分からないですが、そういうものが体にかぶさっていて、見つかるまでに2日ほどかかってしまい。医師の診断では『苦しんだ時間は短かった』それだけが救いかな」
事故後、夫は中学1年の息子と何度もモールを訪れ、妻の帰りを祈っていました。
イオンモール熊本で亡くなった女性の夫
「家にいても何も手につかないですし、自分と子どもとで近くにいたいなという気持ちがあって」
通夜の会場には、純白のウェディングドレスが飾られていました。
イオンモール熊本で亡くなった女性の夫
「(妻と)付き合い自体が長かったんですが、着せる機会がなくて今まで。最後、自分にとっても悔いがないように用意させてもらった。『写真は撮りたいね』と話していた。それがかなう前に逝っちゃったので、こんな形でしか用意できなかったですが、あっちに行っても着てくれれば1回くらいは」
イオンモール熊本では、7人の死亡が確認されています。
女性を含む3人が同じアパレルショップの従業員でした。
イオンモール熊本で亡くなった女性の夫
「正直、まだ実感がわかないです。あしたにはお別れになるんですけど、それでもまだ、ひょっこり帰ってくるんかなと思っていて」
地震の影響で転倒か…
高校1年生だった平山愛琉さん(16)。
10日ほど前、友達と行った夏祭りで撮影した写真が遺影となりました。
愛琉さんの父親
「外傷がない状態だったので、今でも寝ているふうにしか見えないです」
地震の後、熊本県氷川町の自宅で倒れている平山さんを妹が見つけました。
頸椎(けいつい)に損傷があり、地震の影響で転倒するなどして亡くなったとみられています。
愛琉さんの父親
「優しい子で、私が疲れて帰ってきて『マッサージしてほしいな』と言うと『いいよ』と優しい声をかけてくれた」
平山さんは2年前、病気で倒れた父親への思いをつづった詩で、県内のコンクールで最優秀賞に選ばれました。題は「頼ってよ」。
「長い長い待ち時間の後、病院で会ったお父さんは『大丈夫。大丈夫だから』と繰り返していたけれど、本当に初めてのことで涙が止まらなかった。私たちを安心させるために、お父さんが優しい言葉をかけてくれたこと本当にうれしかった。でも、倒れる前々日からひどい高熱が続いて病気だったのだからきつかったはず。頼ってほしかった。自分でできることはちゃんとするし手伝うから、しんどいときはちゃんと言ってね、お父さん。いつも元気でいてほしいから」
今回の地震では、関連を確認中の人を含め、これまでに38人が亡くなっています。
命の危険相次ぐ
3日、40.3℃を観測し、観測史上初めて酷暑日となった熊本市。異例の暑さに、人命救助の最前線では出動が相次ぎました。
指令班員
「救助出してるの?」
「救助出します」
消防隊員が部屋に緊急突入した瞬間です。
救助要請があったのは、熊本市の集合住宅に住む70代の男性。
指令班員
「ケアマネージャーさんが訪問したところ、エアコンはついているけどドアが開かないという内容」
ケアマネージャーから「介護している男性と連絡が取れない」と通報があり、救急隊が駆け付けましたが、応答がなかったということです。
指令管制長
「緊急性があると判断して、救助に切り替えました」
班員
「きょうは(エアコン)ついているか分からない?」
班員
「きょうは分からない。普段からカーテンを閉め切っている人だから、中の様子は分からない」
消防は集合住宅の許可を得て中に入りましたが、男性はその場で死亡が確認されました。
暑さが関係した可能性があるとみられています。
90代男性も熱中症疑いで…
一方、患者を受け入れる熊本赤十字病院では…。
熊本赤十字病院 救急科
福本綾香医師
「奥さんは同乗ですか?」
「救急車で10分後に来ます。熱中症みたいです」
暑さがピークを迎えた午後2時ごろ、運ばれてきたのは90代の男性です。
医師
「手握ってください。開いて、手を離してください」
通報した妻によると、自宅では窓を開け扇風機を回していて、エアコンは使っていなかったといいます。
福本医師
「熱がかなり高く(自宅で)高温環境下でもあったので、熱中症は考えないといけない」
妻
「お父さん」
妻の声に男性は反応するものの、この日は点滴や体を冷やすなどの応急処置が施されました。
熊本赤十字病院 奥本克己院長
「この時期は一般の方々も熱中症で運ばれてくる方がいますので、被災地でも同じようなことが起きている」
命の危険もある暑さ
暑さによる二次災害も起きている被災地。被災者にも不安が募ります。
避難所に避難(70代)
「亡くなられたでしょ、車中泊で。エンジン止めたら暑さでやられるから。最初は車中泊だったんですけど、駆け込みでここに避難所に来たんです。避難所は…ここはおかげでクーラーきいていますから」
命の危険もある暑さとなった3日。
片づけをする被災者
「昼の暑さがなければ、もっと早く進むんですけどね。でも暑すぎるので、昼間はさすがにできない」
体を休めていた女性は、次のように話します。
片づけをする被災者
「暑いですよ…。日に日に暑くなっていきますよね。震災の次の日は兄弟が熱中症になって救急車で運ばれて。点滴して帰ってきたんですけど…」
「(Q.それぐらいしかできない)できない。病院も大変みたいだからね」
1週間経過も…残る地震の爪痕
震度6強を観測した八代市の熊本総合病院。地域医療の中核を担う総合病院です。
熊本総合病院 堀野敬副院長
「ここ救急車の搬入口です」
「底が抜けたというか、1メートルほど陥没した。何とか埋めて、応急処置している。(当時は)ここから入れなかった」
砂利で埋められた「救急入り口」を見ながら、当時を振り返る堀野副院長。
病院の外壁は崩れ落ち、付近には破片が散乱。1週間たった今も、地震の爪痕が残ります。
発災から2日後。院内の薬局では収納ケースや書類、テレビなどが床に散乱し、足の踏み場もない状況でした。
熊本総合病院 上淵未来副薬剤部長
「冷蔵庫の位置がずれた。普段はこんな場所にはないが。ここに2台あって(位置が)ずれた」
そんな中でも薬剤師たちは、入院患者へ届ける薬の仕分け作業を続けていました。
上淵副薬剤部長
「うちのスタッフみんな、ほとんどお風呂に入れていない。お風呂に入らないで、どうにかペットボトルの水とかで24時間態勢で仕事している。患者も同じ状況」
病院が最も苦しめられたのが…
そして、病院が最も苦しめられたのが…。
堀野副院長
「これが、やっと動き出したエレベーターなんですよ」
入院患者を300人以上抱えていた熊本総合病院。地震直後にエレベーターがすべて停止。病棟は6階から13階にあり、患者も物資もすべて人の手で運ぶしかありませんでした。
発災から4日後に、ようやく一部のエレベーターが復旧。しかし、問題は他にもありました。
堀野副院長
「(Q.水が湧き出ていますね)(水)漏れがところどころある」
地震直後から数日、断水が発生。水を使う医療機器がすべて使えなくなりました。
一方で、貯水タンクからの配管が壊れ、病院内で大量の水漏れも発生。
堀野副院長
「数十トン(の水)を屋上にためているのが、全部漏れ出したので大水害でした」
人工透析に欠かせない医療機器が天井から漏れた水をかぶり故障。60床ある透析室が全面停止する事態になり、約150人の透析患者を熊本市内の病院へ転院させたといいます。
修復は徐々に進んではいるものの、3日も配管から漏れ出た水が敷地内を流れる様子が確認できました。
医療従事者も“被害”に
医療従事者自身も、大きな被害に遭いました。
熊本総合病院 島本将希医師
「かなり強い揺れで、手術台もろとも動いてしまうような状態。なんとか押さえて、揺れている時間を耐えた」
病院で手術を終えた直後に被災した外科医の島本さん。自衛隊のヘリが八代市上空で捉えた映像には、島本さんが夫婦で暮らすアパートから、もうもうと煙が立ち上る様子が捉えられていました。
島本医師
「燃えてしまったアパートを見て、散乱した部屋の状況を実際に目の当たりにすると、急に現実味が帯びてくる。これからどうしようかなという不安な気持ちが出てきました」
島本さん夫婦の部屋は、火災のあった3階ではありませんでしたが、建物の解体が決まり、退去を余儀なくされました。
島本医師
「診療をしながらなので、家のことはなかなか今は考えられない」
そんな島本さんが今、体を休めるのは…。
島本医師
「もう家がない状態なので、病院の自分の医局の部屋であったり、救急外来の空いているベッドがあったら、そこで仮眠を取って」
「頼りにしてくれる患者さんがいるので、何とか助けたいという。その一心を原動力に頑張ってます」
一部の外来診療が再開
熊本総合病院では3日、新たな動きがありました。
院内では復旧作業している中、3日から一部の外来診療が再開されました。
外来受付には、再開を待ち望んでいた多くの患者が訪れました。
外来診療を訪れた女性(80代)
「けさ(電話)したら薬をもらえるっていう話だったから、急いで来たんです」
この2日間、持病の薬が切れていたという80代の女性。
外来診療を訪れた女性
「(Q.不安でしたよね)そうですね。薬で生きていますので。だから薬がもらえるって聞いて、それだけでも安心しました」
診察後、机いっぱいに置かれた薬の袋。58日分です。
薬剤師
「お水と電気きてます?」
外来診療を訪れた女性
「電気はきてる。水はダメです」
薬剤師
「薬飲む水あります?」
外来診療を訪れた女性
「はい」
ようやく、待ちに待った薬を受け取ることができました。
外来診療を訪れた女性
「心臓とぜんそくの薬だから、ものすごく大事な。どうにか生きられます。これ(薬)と水さえあれば」
自宅で転倒…意識失った人も
こちらの70代の女性は、月に一度の通院が欠かせません。
外来診療を訪れた女性(70代)
「きょうは注射してもらった。ひざに。先生の顔を見て、よかった。安心した」
地震発生時には自宅で転倒し、意識を失ったと話します。
外来診療を訪れた女性
「ドンって後ろに倒れて、そのまま揺れたことも分からなかった。倒れて、意識がなかったです」
八代市内の自宅へ伺いました。
外来診療を訪れた女性
「ここの中に私はいたんです。この炊事場の中に」
倒れていた女性を近所の住民が発見し、屋外へ救助されました。しかし…。
外来診療を訪れた女性
「ぺちゃんこ」
「(Q.潰れちゃってますね、1階部分が)気絶して、こんなに(母屋が)倒れてたことも、何も知らなくて」
「(Q.(意識が戻って)見たら、もうこの状態)はい」
目を覚ますと、女性が倒れていた炊事場部分を残し母屋は倒壊。敷地内にある母屋の隣の建物も、2階部分が倒れ込み、ひっくり返ったような状態に。
現在は敷地内の倉庫でテント生活を送っていて、発電機につないだ扇風機や冷風機で暑さをしのいだり、車の中で涼むことが多いといいます。
外来診療を訪れた女性
「車の中で座っても、涙が出るんですね。これから先どうしたもんだろうかと思って」
熊本県によりますと、3日午後6時時点で、倒壊などによる被害は1万2276棟に上り、現在も8000人以上が避難所に身を寄せています。
(2026年8月4日放送分より)
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