日本軍の秘密作戦『石油部隊』とは…“戦争と石油”に翻弄された人たち 戦後81年

日本軍の秘密作戦『石油部隊』とは…“戦争と石油”に翻弄された人たち 戦後81年
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今月15日は81回目の「終戦の日」です。多くの犠牲者を出した太平洋戦争。開戦した大きな要因の1つが“石油”でした。そして、ウクライナやイラン情勢など、現代でも“石油施設”は常に攻撃の対象となっています。戦争と切っても切れない“石油”。昔も今も、そこには翻弄される人たちがいました。

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日本軍が奪った南方の石油

インドネシア・スマトラ島。その南部の街に向かうと、政府が運営するプラジュ製油所があります。1904年に設立され、最も古い製油所の1つとして、重要な役割を担い続けています。かつて、この地の石油を奪うために攻め込んだのが日本でした。

当時を知る人に話を聞くことができました。エンゲリナ・パティアシナさん(76)。彼女の父・ヨハネスさんは当時、技術者として製油所で働いていました。

エンゲリナ・パティアシナさん
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エンゲリナ・パティアシナさん
「日本軍がインドネシアにいたのはわずか3年半でしたが、占領は非常に残酷なものでした」

当時、石油をアメリカからの輸入に頼っていた日本。そんな中、日本が現在のベトナムを支配下に置いたことで、アメリカとの対立は決定的になります。石油の全面禁輸措置。当時の日本にとって受け入れがたいことでした。

インドネシア・スマトラ島
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日本の決断は、太平洋戦争の開戦。陸軍の落下傘部隊が向かった先は、現在のインドネシア。飛行場や製油所などをすみやかに奪うため、空から奇襲攻撃しました。東南アジア周辺には油田や製油所が数多くあったため、石油をめぐる覇権争いが続いていました。攻め入る日本軍から現地を守っていたのは、植民地にしていたオランダ軍。その敗走の最中、製油所や油田の一部を破壊します。写真に残るのは、黒煙が迫る中、占領した製油所を必死に消火する日本軍の姿です。

復旧作業には、現地の人たちも駆り出されました。パティアシナさんの父親はその作業を要請され、拒否すると拷問を受けたといいます。

エンゲリナ・パティアシナさん
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エンゲリナ・パティアシナさん
「父は日本兵に殴られ、肩が折れました。逆さづりにされ、せっけん水を飲まされました。そして日本兵が(足で踏む音)とても残虐でした」

極秘“石油部隊”とは

石油を求める日本が残した傷跡。戦後、東南アジアをめぐる、ある日本軍の“秘密作戦”が明らかになりました。

『油田および石油諸施設の復旧・開発のため、特に民間の人的、物的資源を可及的に動員。準備はつとめて隠密の中に実施』

海外の油田を奪い、その後、日本の技術者を“石油部隊”として南方に送り込み、施設を復旧させるという極秘計画。その数7000人近く。復旧だけでなく、地質調査や新たな石油の採掘、あらゆる技術者たちが南方へ送りこまれました。

繁野正雄さん
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秋田県に住む、繁野正倶さん(79)。彼の父・正雄さんも“石油部隊”の1人でした。戦後、当時のことをこのように語っていたといいます。

繁野正倶さん
「現地ではね、悲しい思いもしたらしい。現地の人たちにゲリラみたいに(罠を)仕掛けられて、一緒に仲間と話しているうちに、声が聞こえなくなったら(仲間が)亡くなっていた」
(Q.どんな罠をかけられた)
「親父から聞いたのは、木が倒れてきてバタンと(人を)なぎ倒すと。ヤシの木みたいなのがいっぱいあるわけです。ああいうのが突然、隣の方に倒れてきて即死と言ってました」

過酷な状況で現地の作業にあたった“石油部隊”。1年後には、計画を上回る石油を日本に輸送できるようになりました。しかし、この状況は長くは続きませんでした。戦争末期、油田を奪還するため、連合軍が本格的な攻撃を開始。1945年4月には“石油部隊”や民間人を乗せた輸送船がアメリカに攻撃されて撃沈。2000人以上が亡くなりました。他にも飢えや病気などで、南方に送り込まれた技術者の3人に1人が命を落としたとされています。

石油部隊
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今もインドネシアには戦争の記憶が残っています。

金井誠一郎
「あちらの日本国旗が描かれた建物。戦死者の御遺骨が安置されている納骨堂だということです」

“戦争と石油”は今も…

石油をめぐる戦いで亡くなった兵士たち、そして巻き込まれた民間人。80年以上経った今も、戦争と石油の切っても切れない関係は続いています。“石油部隊”の1人だった父を持つ、繁野さん。今は地元の市場で働いています。

繁野正倶さん
「魚屋さんが使っている発砲(スチロール)も全部値段が上がった。それぞれの店で袋を仕入して、レジ袋とかを出していますが、問屋さんから最近は大量仕入できなくなった。物がないから。物価が上がるとなると、やっぱり“石油ってなんだろう?”と思う。石油に支配されてるのかな、我々の生活」

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