
トランプ政権の制裁対象に指定された、ICC(国際刑事裁判所)の赤根智子所長に対する支援の声が広がっています。その赤根所長がインタビューに対し、強い思いを語りました。危機にさらされている“法の支配”をどう守るのか。赤根所長が訴えたのは、政府による本気の後押しと、私たち日本人一人ひとりが自分事として考えることの大切さでした。
【画像】米政府がICC赤根所長らへ“制裁” 会見で「ICCは決して負けない」 これまでの経緯まとめ
撤回署名に「涙が出るほどうれしい」
大越健介
「赤根さんが“法の支配の砦を守る”という発言をずっとされて、それ以来、日本国内でも、この問題についての関心が非常に高まっています。26日夕方の段階では、撤回を求める署名が8万を超えたとも伝えられました。反響の大きさをどんなふうに感じていますか」
ICC 赤根智子所長
「毎朝毎晩、署名のサイトを見ていて、毎日1万以上増えているんですよね。普通の一般の市民で法律家でも何でもない人が『これは絶対署名しなきゃ』『どうやったら市民として応援できるかな』という言葉も聞いていて。私はこれこそが日本人だなってつくづく思って。はっきり言って、それで時々、涙が出るほどうれしいです」

トランプ政権が、赤根所長を制裁対象に指定したと発表したのは今月18日のこと。ICCが悪意を持って権限を乱用しているといった理由からでした。赤根所長は直後に「ある程度、予期していたことで驚きはない。重要なのは、これを国際的な『法の支配』の終焉の始まりとさせないこと」と談話を発表しています。
法の支配に基づく裁判「人類の夢」
大越健介
「今、ICCが置かれている状況、砦が危機にさらされている状況とはどのようなものですか」
ICC 赤根智子所長
「トランプ政権の大統領令を前提とした制裁が次々に。しかもいつ起きるか分からない状態で、私ともう1人が制裁の対象になったことを裁判官たちに知らせたら即、皆さんから『Solidarity(連帯・団結)』という言葉が返ってきて『これからも一緒にやろう』『私たちは負けません』という主旨で次々に返ってきて。これは非常にうれしかったですね」
大越健介
「第2次世界大戦の後、様々な戦争が法廷で裁かれてきました。ICCが常設の国際機関として裁判所として設置されました。そして日本も重要な締約国であることの意味をどう捉えていますか」
ICC 赤根智子所長
「長年の夢だったと思います、人類の。20世紀に2回の大戦を経て、人類は大きく苦しんだわけです」
ICCの源流の1つは、第2次世界大戦後のいわゆる“東京裁判”です。市民に対する攻撃は国際法に違反する犯罪だと位置付けた歴史的な裁判でした。しかし、それは勝者が敗者を裁いた裁判。“力の支配”が及んだ裁判でもありました。戦後になって作られた考え方を、戦時中に遡って適用したことへの批判は今もあります。

そうではなく“法の支配”に基づいた裁判を。戦後、国際社会が長い時間と議論を経て、たどり着いたのが2002年に設立されたICCでした。
国連 アナン事務総長(2002年当時)
「戦争犯罪・ジェノサイド・人道に対する罪を犯した者が、法の裁きから逃れることはありません。人間が持つ最悪の本性に対して、人類は最高の偉業である“法の支配”で自らを守るのです」
ICC 赤根智子所長
「様々な戦争の戦禍、あるいは人道に対する罪によって、多くの無実の子どもたち、女性や男性が苦しんできて、日本にとっての悲願でもあったんじゃないかと思います。そういう意味で日本にとってのICCは、長い間かけてようやくつかんだ1つの手段であって、それを日本として信奉して支えていかないといけない立場なんだろうと思います」
変化した総理発言「国の決意」
その日本。制裁指定が発表された直後、高市総理は次のようなコメントを発表しました。
高市早苗総理大臣
「大変残念に思っています。これからも米国を含む関係国と意思疎通を継続しながら対応していきます」

これに与野党から「弱腰だ」といった批判が相次ぎます。
自民党 中谷元前防衛大臣
「高市総理も会見で『大変残念である』と。『残念』は感想であって、意思ではありません」
そして25日。
高市早苗総理大臣
「弱腰とのご批判はあたらないと思っております。日本は国際社会における法の支配を一貫して重視してきております。今回の措置は日本の立場と相いれるものではなく、大変深刻に受け止めております。あまり今の時点でこれをやるとか、こういう懸念事項があるということは手の内を見せることになります。赤根所長がさらに困難な状況になられることを懸念して、外交の細かいやり取りは申し上げませんが、引き続きしっかりと支援をしていく」

大越健介
「高市総理大臣がより積極的に、決して弱腰ではないと発言をされています。この日本政府の発言について率直にどう考えていますか」
ICC 赤根智子所長
「これは大変うれしいことですね。日本が理念に基づいて、きちんと物を言う姿勢というものを、首相自ら記者の前で明言していただいたということは、国としての決意だと受け取りました」
アメリカに「同盟国として説明を」
大越健介
「今回、アメリカのトランプ政権が制裁を決断したことは、日本にとって非常に複雑な意味を持っていると思います。日本が同盟国であるアメリカに対して、どのように働き掛けをしていくことが有効だと思いますか」
アメリカは設立から今に至るまで、ICCへの加盟を拒み続けています。アフガニスタンに駐留したアメリカ兵を捜査対象にしたり、アメリカの友好国イスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を発行したり、アメリカが軍事的な行動を進める上で目障りな存在だからです。そして今、トランプ政権はICCの解体に本格的に乗り出しています。

アメリカ ルビオ国務長官
「より多くの国が我が国に同調して、政治的で責任を負わないICCへの資金提供や参加をやめることを期待する」
そのアメリカに日本としてどう対峙するのか。
ICC 赤根智子所長
「ICCが不法あるいは腐敗した裁判所ではないとか、きちんとした制度と仕組みと運用によって法の支配を実現する行動を取っていることを、同盟国として説明することが大事ではないかと。さらに、締約国であろうが非締約国であろうが、そこの国の人間が何か戦争犯罪などを犯した時に、その国が自分たちで処罰する形で法の支配を果たしていただければ、ICCは手を出さない。そういうことを諄諄(じゅんじゅん)と説いていただきたい」
解体されたら「力の支配が横行」
大越健介
「法の支配の最後の砦がICCだとすれば、その対局にある力による支配とはどういうことなのか。どうしてそこに移してはいけないのか。そこの考えを聞かせてもらえますか」
ICC 赤根智子所長
「ICCも完全なものではないです。世界に起きる戦争犯罪や人類に対する罪などを“全て裁ききる”ことはできない。補完性の原則ということで、締約国をはじめとする国々に、自らの努力で適切に処罰してほしい、訴追してほしいとお願いしながら協力し合っているわけです。これがなくなった場合、力の支配・力の正義という主張がまかり通ってしまって、それが横行することになるだろうと。今も横行しているじゃないかとの声があるかもしれないが、制裁が発動され、ロシアが反発することに照らしても、ICCがそれを食い止める1つの仕組みになっている。これがなくなった場合は彼らが思うがままに“彼らが”というのは特定の人・国ではないですけれども、力の支配を及ぼそうとする人たちが何の心配もなく、そういうことをやることになる。日本の場合はどうでしょう。日本は軍事大国でもない。平和と民主主義を掲げる国として今まで成り立ってきました。これから日本が進む道を考えるにあたり、国民の人たちにも直接影響が及びかねないことに思いをいたしてほしい。法の支配がなければ、日本人は日本国はそうした強い国に従うしかないのか。日本の独立と築いてきた誇りが保たれていくのかにも思いをいたしてほしいと思います」
ロシア裁判で“有罪”「リスク甘受」
しかし、国際情勢は緊迫の度合いを増すばかり。ICCは2023年3月、ウクライナ侵攻めぐり、プーチン大統領らに逮捕状を出しました。これに対し、ロシアの裁判所は赤根所長らが違法に逮捕状を出したとして、欠席裁判で有罪判決を言い渡しました。

大越健介
「身体的な危険ということも警戒しなければなりません。身体的な恐怖に襲われたりすることはありませんか」
ICC 赤根智子所長
「去年の12月中旬ですけれども、逮捕状だけではなくて、欠席裁判により有罪判決が出たことがロシア側から一方的に発表されている。確定裁判まで行っているか分かりませんけれども、一国の独立した国の裁判所で有罪判決を受けた身となっていて、法律上は相当高いリスクがあるということです。怖くないかと言われると難しいところはありますけれども、国際刑事裁判所の裁判官になるには、そういう覚悟がなければなれません。そういうことの延長線上と捉えて、ある意味でのリスクは甘受している」
「ウクライナ侵攻で目覚めた」
ICC 赤根智子所長
「私はウクライナ侵攻の時に目が覚めたんですね。第2次世界大戦以降、そうしたことはヨーロッパで起きないと。国連もできたしという考えが広くあったと思います。他の地域はともかくとしてですね。そうした大きな戦争がヨーロッパでは起きないと。それが私としては打ち砕かれた感じがして。これがある意味での“世界の変わり目”になるのではと。それ以降、多くの戦争が起きた、武力紛争が起きたと思います。これからの日本をどう導いていくのか。これは国民の一人ひとりの肩に背負わされている問題。一人ひとりの問題だと認識していただきたい」
日本人へのメッセージと“使命”
大越健介
「法律をつかさどる裁判所、その裁判所長の赤根さんが“法廷の扉の外”に出て、直接語りかけるということは異例で、勇気のいることだったと思います。その勇気をなぜ、実際に行動に移すという決断をされたのか。そして最後に改めてもう1度、日本国民に何を伝えたいですか」
ICC 赤根智子所長
「私たちは裁判官なので、本来ならば裁判書きとか決定でのみ語るべきというのは確かにあります。一方で、裁判所の所長として裁判所を守り、法の支配を守り抜く使命も担わされていると感じています。今までは公に話すことを控えていましたが、私に対する制裁が起きたということで、私に対してはこれ以上の制裁は起きない。その範囲で語ることが、特に日本の皆さんに語ることが重要だと。日本の皆様方がICCを知ることだけではなく、世界の法の支配、日本の中の法の支配を改めて考える機会になれば望外の喜びです」

大越健介
「皆、赤根所長のことを応援していると思います。屈せずに、やり通していただけますか」
ICC 赤根智子所長
「もちろんです。私は任期が終わるまで、最後の日まで頑張るつもりです。本当に応援ありがとうございます」
インタビューで感じた覚悟
(Q.インタビューから赤根所長の覚悟を感じました。同時に日本国としても、我々としても法の支配に対する覚悟を問われていると感じました」
大越健介
「私も全く同じことを感じました。ICCがロシアのプーチン大統領に対する逮捕状を出したり、アメリカの盟友であるイスラエルのネタニヤフ首相の逮捕状を出して離している。つまりそれだけのことが実際に起きているということにほかならないわけです。赤根所長はそうした今の時代について『世界で戦争が起きていて、その足音が身近に聞こえてきているように感じる』と話していました。だからこそ日本被団協がおととしノーベル平和賞を受賞したことに『非常に感動したし、一人ひとりが平和を目指して努力を重ねることの大切さを痛感した』と仰っていました。法廷の扉から飛び出して思いの丈を語る赤根所長は、国際法をつかさどる責任者であると同時に、平和の尊さ強く訴える1人の日本人の姿そのものでもありました」
