【解説】独東部の州議会選挙 躍進予想の極右政党AfDの新たな標的は「バウハウス」 ナチスとの類似も

【解説】独東部の州議会選挙 躍進予想の極右政党AfDの新たな標的は「バウハウス」 ナチスとの類似も
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 森林や農地などの緑地が州全体の85%以上を占め、豊かな自然が広がるドイツ東部のザクセンアンハルト州。9月6日、この州で5年に1度の議会選挙が実施される。ここ10年以上、ドイツ政治の台風の目になっている極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」がまたしても躍進しそうだ。

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 旧東ドイツに位置するザクセンアンハルト州では、移民排斥や石炭火力による安価な電力供給を訴えるAfDが支持を伸ばしている。「AfDは国民の声を代弁する政党だ」と住民は話す。世論調査では、AfDの支持率は40%を超えている。

「新たに国民の誇りを高めていこう」

AfDはこうした公約を掲げる。その障害としてAfDが批判の矛先を向けたのが、ドイツを代表する造形学校「バウハウス」だ。
 なぜいち文化機関を標的にするのか。AfDの手法には、ナチス・ドイツとの類似があった。
(外報部 大原武蔵)

州の象徴「バウハウス」を名指し批判

中部エアフルトで開催された党大会に登場したAfDのワイデル共同党首とジークムント氏 7月
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 AfDの選挙公約。第3章、「文化と統合」の冒頭で、州を代表する文化機関が名指しで批判されている。世界的に知られる「バウハウス」だ。

 ドイツ語で「建築の家」を意味する「バウハウス」は、モダニズム建築で世界的に有名な総合造形学校でだ。1919年に設立され、建築だけでなく、デザインや芸術を横断した革新的な教育は20世紀以降の建築やデザインに多大なる影響を与えた。

 「バウハウス」は一時期、拠点をザクセンアンハルト州のデッサウに置いていた。現在も残る「バウハウス・デッサウ」は、当時の校舎を代表する建築としてユネスコの世界遺産に登録されている。バウハウスは州にとって、単なる建築物の1つではなく、州を象徴する文化的な存在であるのだ。 

バウハウス・デッサウ
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 ザクセンアンハルト州政府は現在、「モダンに考える(modern denken)」というスローガンを掲げ、バウハウスを州のアイデンティティの一つとして発信するとともに、多様性の促進を図っている。

 ところが、これに対してAfDは真っ向から異議を唱えている。

 ザクセンアンハルト州政府は「モダンに考える」というテーマで、バウハウスから州のアイデンティティを導き出そうし、キャンペーンを展開している。しかし、バウハウスこそが、国家との結びつきを感じさせるものを、できるだけ避けようと常に努めていたのだ。「モダンに考える」というキャンペーンは、アイデンティティの欠如を政策で極限まで推し進めている。
 (AfDの公約から)

 AfDが公約で掲げたのは、「ドイツ的に考える(deutsch denken)」という言葉だ。バウハウスを象徴とする「モダン」や「多様性」を重視する州政府に対し、AfDは「ドイツらしさ」や伝統を重視する方向への転換を訴えている。

 こうした主張に対して、バウハウス・デッサウのバーバラ・シュタイナー館長は、「予算の削減はあり得るだろう」とAfDが政権をとった未来を悲観する。シュタイナー氏はドイツメディアのインタビューで「愛国的な文化は視野を狭める」と反発し、「バウハウススタイルなど存在しない」と、そもそもバウハウスを1つの「何か」としてまとめようとすること自体が間違っていると語った。

8月/危機感を持つバウハウス・デッサウのシュタイナー館長 
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バウハウスを標的にする理由

 AfDがバウハウスを批判する理由には、バウハウスが世界に広めた「モダンなデザイン」という側面もある。19世紀まで主流だった装飾の多い建築から転換し、バウハウスは合理的でシンプル、そして機能的なデザインを目指した。

ザクセンアンハルト州にあるバウハウス的なモダンなデザインの団地
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 AfDはこうしたデザインの思想を否定し、伝統的で壮麗なデザインを重視する。バウハウスをはじめとするザクセンアンハルト州の建築への批判は痛烈だ。

 1990年以降にザクセンアンハルト州で建てられた公共の建造物は、並外れて醜いものが多い。莫大な費用をかけて、何の意味も持たない無機質な塊や、冷たい印象を与える伝統を無視した幾何学的な形状の建物が世に送り出されている。
~(中略)~
 公共の建築物は、国民の大多数から「美しい」と感じられるものでなければならず、また歴史的なアイデンティティを反映したものでなければならない。
 (AfDの公約から) 

 建築だけではない。AfDは芸術についても、「芸術の第一の使命は、文化的アイデンティティを育むことだ」と主張する。そして、ドイツの文化的アイデンティティに貢献しない芸術を「反ドイツ的」と批判し、そうした芸術には公的な助成金を与えるべきではないと訴えている。一方で、ドイツのアイデンティティ形成に貢献する芸術には、政府の助成をするべきだと主張する。

ナチスも「非ドイツ的」芸術を排除

 同様の手法を使ったのがナチスだ。ナチスはかつて、近代美術全般を「退廃芸術」と位置づけ、「非ドイツ的」だとして断罪した。焚書などの厳しい取り締まりもあった。その歴史を想起させるような主張を、いまAfDが掲げている。

1938年4月/ナチス青年団が焚書に参加する様子
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 AfDが批判の標的とするバウハウスは、かつてナチスからも同様の手法で攻撃を受けていた。1925年以降、ザクセンアンハルト州のデッサウに拠点を移し黄金期を迎えていたバウハウスだが、1931年にデッサウ市の議会選挙でナチ党が躍進すると雲行きは怪しくなってくる。翌年には州議会で、ナチ党が単独で過半数を握り、バウハウス閉鎖を議会で決定してしまう。ナチスはバウハウスの美的価値感が、社会主義や共産主義と結びつくものだと主張し、排除したのである。

「ドイツ的に考える」 ヒトラーの演説でも

 実は「ドイツ的に考える」という表現も、ナチスとの強い関連がある。ナチス・ドイツの総統、アドルフ・ヒトラーは1938年12月、ライヒェンベルク(現在のチェコ・リベレツ)での演説で「ドイツ的に考える」という同じ表現を使っていた。

 ヒトラーは、「ヒトラーユーゲント」と呼ばれたナチスの青年たちに向けた演説で「若者たちは『ドイツ的に考え、ドイツ的に行動する』こと以外、何も学ばない」と話し、特定の思想への同化を求めていた。

1938年12月3日/ライヒェンベルク(現在のチェコ・リベレツ)で演説するアドルフ・ヒトラー
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 ナチスに似ているという批判に対して、「ドイツ人に対する最悪の非難は、ナチスとの比較だ」(AfD幹部ベルント・バウマン氏の8月の発言)と反応はするものの、自らの立場がナチスとは違うという明確な発言は聞こえてこない。

 「すべてはドイツのために(Alles fur Deutschland)」というナチスの準軍事組織「突撃隊(SA)」のスローガンを使い、多くの批判を受けたAfD幹部ビョルン・ヘッケ氏は「そもそも何がナチス的なのか?誰がそれを定義しているんだ?」と開き直るような態度を示している。

戦後初の「極右の州政府」が誕生か

 ドイツには、連邦政府のほかに16の「州政府」がある。「州」は日本の「県」に近い行政単位だが、権限は大きい。州政府には「首相」や「閣僚」がいて、教育や文化などの政策を独自に決める。
 さらに、国の法律を審議する上院に当たる「連邦参議院」に参加する。各州の政府が代表を送り、州政府の意向が国の政策に反映されるのだ。

 ドイツでは戦後、極右政党が州政府の実権を握ったことはない。

 9月6日のザクセンアンハルト州の議会選挙は、80年以上続いてきたこの歴史が変わる転換点になる可能性がある。

 ドイツの公共放送ZDFが9月1日から3日にかけて集計した世論調査では、AfDの支持率は41%と2位のキリスト教民主同盟(CDU)を18ポイント上回っている。過半数を獲得する可能性も否定できない。

 背景にあるのが「5%条項」だ。州議会選挙では、原則として得票率が5%に届かなかった政党は議席配分から除外される。未達の政党分の議席は、5%を超えた政党に配分されるのだ。

 ザクセンアンハルト州でAfDの共同議員団長を務め、州の首相候補であるウルリヒ・ジークムント氏はこう訴える。
「9月6日、私たちはこの国を取り戻す」

「ドイツで最も危険な男」と有力誌Spiegelの表紙を飾るジークムント氏
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防火壁(Brandmauer)の崩壊危機

 AfDが州議会で初めて議席を獲得したのは、結党からわずか1年の2014年のザクセン州、ブランデンブルク州、チューリンゲン州の議会選挙でのことだった。およそ10年が経ち、躍進は止まらない。2024年9月には、ついにチューリンゲン州で第1党になった。

2014年/当時は多くの学者が主導する「エリート政党」だった
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 それでも、これまで、既存の主要政党はAfDとの連立や協力を拒み続けてきた。AfDを政権から遠ざけるための、いわゆる「防火壁(Brandmauer)」だ。
 しかし、今回の選挙では、その防火壁そのものが意味を失う可能性がある。AfDが単独で過半数を獲得すれば、他の政党の協力を得ることなく、州政府をつくることができるからだ。

 現地でAfDを支持する若い有権者からは、こんな声も聞かれる。

「AfDがそれ(政策)を実現してくれるかどうかは、私にも分かりません。ただ、AfDはこれまで政権を担ったことがないですよね?これまで実力を証明する機会がなかったんです。だから、正直に言えば、今こそそれを試してみる絶好の機会なのかもしれません。」

 戦後80年が経ち、ナチス・ドイツの時代を直接知らない世代が増えるなか、極右政党AfDを「政権を担わせてはいけない存在」ではなく、「一度試してみるべき政党」と見る意識も広がっている。

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