
熊本地震が起きた直後から地元住民の“頼みの綱”として営業を続けているホームセンターが八代市にあります。
震災から1カ月経ったホームセンターを取材すると、1カ月の間に住民が買い求める物に変化が出てきたといいます。断水が復旧せず、大変な生活を送る住民たちの1カ月。買うモノから浮かび上がってくる「今」を見つめると、住民の復興に希望をつなぐ思いがにじんできます。
30メートルの長いホースを探す人、掃除機ではなくほうきが必要だという人。その理由とは。追跡取材班のカメラは震災1カ月後のホームセンターに100時間密着しました。
100時間密着 必要なモノから見える今
熊本地震から1カ月。震災直後から営業を続ける八代市内のホームセンターは、日常生活を取り戻す“頼みの綱”になっていました。
男性
「(家の)ひび割れ。接着材兼防水対策」
男性
「ガスコンロが落ちて割れた」
ホームセンターに100時間密着。住民が買い求める物から、復興への思いが浮かび上がってきました。
店内でも天井が崩落し、修理が進められるなか、安全を考慮してお客さんと従業員、全員がヘルメットを被り、営業しています。
建築用品のコーナーで、こちらの男性が手に取ったのは。
八代市在住(60代)
「地震で壊れたテーブルを修理するために接着剤を。足が金属になっていて折れてしまった」
地震直後の写真を見ると、家の棚がいくつも倒れ、中の物が床に散乱しています。家具を修理するための接着剤でした。
この教訓から、つっぱり棒を購入し、地震対策をしたということです。
一方、こちらのご夫婦は、午後の作業に必要な物を購入しました。
八代市在住の人
「割れた皿やコップの破片が飛び散らないようにガラ袋を買った。皿は8割ぐらい割れた。家具とかは倒れてめちゃくちゃに」
半月ほどかけて、片付けを終え、割れた食器などを処分するためのガラ袋でした。
長いホースが必要なワケ
取材中、最も多かった悩みは。
八代市在住の人
「とにかく水ですね。水がないことにはどうしようもない」
八代市在住の人
「地震直後から井戸水が出なくなった」
1カ月経った現在も、八代市内では、およそ4500世帯が井戸水を正常に使えない状態が続いています。
仕事終わりにホースを選んでいるこちらの女性は、30メートルの長いホースを購入。
八代市在住 毛利さん
「うちは井戸水だけど水は大丈夫。20メートルか30メートル。30メートルってどれくらいかな。なるべく長いホースがいいなと」
一体、なぜ長さが必要なのでしょうか。
自宅に着いて、毛利さんがホースを取り付けたのは、庭先の蛇口です。ホースを取り付け向かったのは隣のお宅。住人の雪水さんは震災後に井戸水が出なくなり、毎朝、近所の親戚の家からタンクで運んでいました。
その光景を見た毛利さんは、初めて隣の状況を知ったといいます。
毛利さん
「朝からお水をもらいに行っていたのを見て、ホースを買ってきたからここに引いて。水道代かからない。井戸水だから」
雪水さん
「ホース買ってきたの?」
毛利さん
「買ってきた。買ってきたから使って」
自宅の庭から、およそ20メートル。長いホースを購入したのは、断水が続く隣のためでした。
毛利さん
「どうですか、出ます?」
雪水さん
「いいですね。ここは台車とバケツで水をかけていた」
毛利さん
「いいですよ、ずっと使って」
雪水さん
「すみませんね。ありがとうございます」
「ごめんなさいね。無駄なお金使わせちゃって」
毛利さん
「安売りだったけん大丈夫」
「うちの水が出るから、ここの水が出ないとは思わなかった」
井戸水で生活する世帯も多い八代市内。隣同士でも水が出る家と出ない家があります。雪水さんは1カ月近く経った今も、修理業者が手配できずにいました。
毛利さん
「震災当時は家の中もしっちゃかめっちゃかで、壊れた物をどうするかで頭がいっぱい。(震災直後は)人の心配する余裕はなかったけど、ある程度片付けも済んで、お隣さんとかが大変だなと思って、(今は)できることがあればお手伝いしたい」
地震でレジ開かず…
ホームセンター密着100時間。普段は部品の発注などが主な業務の相談カウンターでも、変化が起きていました。
こちらの女性が持ち込んだのは。
「音楽関係。CD店をやっている。(地震の)揺れた衝撃でお店のレジが開かなくなった」
CDショップを営む80代の松本さん。鍵もなくしてしまったそうで、新品の鍵を発注しました。
震災で店を営業できなくなりましたが…。
「やめようと思っていてもやめられない」
その背景には、地域を元気づけたいという思いがありました。
「一生懸命頑張るしか」
八代市内でおよそ70年続くCDショップ「成電社」。かつては電気店でしたが、40年ほど前に父から店を継ぎ、CDショップをオープンしました。
松本さん
「(地震の時)ここで座って書類を見ていた。そしたら(地震で)後ろにひっくり返っちゃった」
けがはなかったそうですが…。昭和歌謡や演歌などのCDやカセットテープは、地震で床に散乱してしまいました。選別しながら棚に戻す毎日だといいます。
「ノウハウがなきゃ並べられない。背表紙を見てジャンルやアーティストごとに並べる」
時間がかかるため、店の裏にはまだ多くのCDが残されていました。
一度は、店をたたむことも考えたといいますが…。
「CDや音楽ソフトを売るお店がどんどんなくなってきている。演歌の世界はカセットを求めるお客さんが多い。でも置いている所がほとんどない。カセットのニーズが残っている。また元通りにして一生懸命頑張るしかない」
こんな時だからこそ、地域住民のために店を再開させ、音楽で笑顔を取り戻してもらいたい。そんな思いで作業を続けていました。
掃除機使わず…ホウキの理由
ホームセンターでは、時が経つにつれ、買われる物に変化がありました。
ホームプラザナフコ 東八代店
佐々木啓安店長
「(震災後)最初に売れたのは飲料水と水缶。(その後)家の補修でブルーシートやブロックが売れ始めた」
地震直後は水のタンクや、屋根を補修するためのブルーシートが必要とされていましたが、1カ月経って…。
「食器棚が壊れた人が非常に多く、食器類がよく売れるようになりました」
買い物客
「食器棚が全部倒れて皿がほとんど割れました。(食器類が)半額だからうれしい」
レジの前には食器類半額のコーナーが作られ、少しずつ日常生活を取り戻す人々の姿がありました。
一方で、まだ部屋に住めない状況が続く人もいます。こちらの女性が購入しているのは、洗剤やホウキなど、掃除をするための道具。
八代市在住
干野さん(60代)
「あす、午前中に掃除する」
そう語るのは60代の干野さん。
店内には掃除機も売っていますが、家の電気は使えるのに、ホウキが必要になったそうです。そこには震災後ならではの訳がありました。
翌日、八代市内にある干野さんの自宅へ伺うと…。
「もう土足でどうぞ。土足でいいです。ガラスとかが落ちていたらいけないから」
リビングにいたのは、同居する母親の美都子さん(80代)と、手伝いに来た姉・恵理子さん(70代)。
「靴脱いで家に入ることができません。いつグラッと来るか分からないので」
新たに地震が来た時にすぐに避難できるように、室内でも靴を履いて生活をしています。
干野さんの家では震災の被害が大きく、どの部屋も物が散乱して、足の踏み場もない状況だったそうです。
「力仕事はボランティアさんがしてくれた。足元は通れるようにしていただいた。一日4、5袋ごみを出す。毎日が掃除に片付けにごみ出しです」
棚が倒れ、物が散乱するベッドルーム。1カ月ほどで物は片付きましたが、ガラス片など残っているため、ホウキで掃除するそうです。その訳は?
「靴でしょ?泥を吸って掃除機は3台捨ててあります。モーターが回らなくなりました」
身を守るための靴に付いた泥が、掃除機を使えなくしていました。
エアコン使えず車中泊も
さらに大変なのは暑さ。室温は35℃を超えていました。電気は使えますが…。
「本当に暑いです。エアコンは震災の当日(寝室の)室外機が倒れてつきません」
そのため今も寝る時は、知り合いの家に泊まるか、車中泊をしているそうです。
「片付いただけで寝られる状態、くつろぐ場所にできていないので、仕上げなきゃいけない」
掃除が終わると、休む間もなく向かったのは近所にある避難所になっている小学校。受け取ったのは。
「カップラーメンとソーセージ。家に帰ってお昼ご飯を皆で食べます」
この生活を1カ月近く続けていました。
「甘い。食べている時間は生きている。きょうも食べられた。皆さんの支援があったから、生活していける状態になってきている。ありがたい」
「なんか涙が…。その時のこと考えたらやっぱり、生きているからなんでもできる。先が見られるから、食いしばって頑張っています」
(2026年8月28日放送分より)
