
“飲んべえ”の聖地、東京・赤羽に、もらい火で全焼しながらも奇跡の復活を遂げた居酒屋があります。悲劇に見舞われながらも「あの場所に戻りたい」と挑戦し続けたスタッフの思いを取材しました。
平日・週末問わず予約で満席
「せんべろ」や「昼飲み」の街として知られる東京・赤羽。JR赤羽駅から歩いて3分の「一番街商店街」には、老舗の飲食店や居酒屋、チェーン店などが軒を連ね、多くの“飲んべえ”たちでにぎわいます。
そんな飲み屋街の一角に今年4月にオープンしたこちらの店は、早くも人気を集めています。
おまかせ盛りは、色鮮やかな小鉢が10種類。さまざまな味を楽しめます。
初めての来店(40代)
「初めて来ました。インスタに上がっていて、おいしそうな感じだったので。小鉢がいっぱい載っているのが豪華な感じで」
2回目の来店(40代)
「前に自分が来たことがあって、すごくおいしいなと思って。妹と母親が来ていたので連れてきたいなと思って」
初めての来店(70代)
「2人で大阪から」
「(おでん)おいしかったです。おだしがきいていて、中までしみ込んでいるので。あんまり(他に)ないなと思って」
じっくり煮込んで、だしのうま味が芯までしみしみな大根。同じおでんのだしを使用したアツアツのだし巻き卵。本格炭火で香ばしく焼き上げた焼き鳥など、一品一品にこだわりが詰まった料理が人気となっています。
赤羽割烹(かっぽう)【おもち】
伊藤忠士店長
「平日・週末問わず、ご予約で満席の状態だったりとかもするので忙しいですね。ありがたいかぎりです」
JR赤羽駅前の飲み屋街に今年4月にオープンした赤羽割烹【おもち】。客足の絶えない人気店ですが、オープンまでの道のりは平坦ではありませんでした。
2023年のクリスマス。街はにぎわいを見せていましたが、真っ赤な炎が立ち上り、黒い煙が赤羽の街を覆いました。
火元は、赤羽駅近くの焼肉店。煙を吸い込んだ通行人の女性が軽症とみられたほか、亡くなった人はいませんでした。火は周辺の建物4軒、約200平方メートルに燃え広がり、消防車など41台が出動する大規模な火災となりました。
補償額 被害額の約1割
この火災でもらい火に巻き込まれたのが、赤羽割烹【おもち】の前身となる店、「ニューアカバネニクマレヤ」です。伊藤さんは当時も店長を務めていました。
伊藤店長
「あまりにも外が異様な雰囲気があったので、上のフロアから降りて外出てみたら、この辺が真っ白で視界もないぐらい燃え移ってきちゃってて、火が来てて『どうしよう、どうしよう』って。とりあえずスタッフ全員外に出して、もう頭も真っ白だったので、荷物とか全部置いて、そのまま全員体だけ外出たという感じです」
恐怖と悲しみで、涙を流すスタッフもいたといいます。
「あの辺から燃え広がって、ここまではもう全部形も残らないぐらい燃えちゃった」
2軒先で発生した火災は、あっという間に店まで燃え広がりました。オープンから1年もたたずに起きた、クリスマスの悲劇でした。
「その時は本当に、スタッフ全員助かってよかったなだったんですけど、日がたつにつれて明日からの生活どうしようとか、やっと形になったぐらいのタイミングでの出来事だった。本当にやるせない気持ちでしかなかった」
火災から数日。無事を喜ぶ間もなく、重い現実がのしかかってきました。
赤羽割烹【おもち】
濱田裕志統括マネージャー
「約2~3000万円ぐらいは会社として損失になっていますね」
こちらが、全焼した店舗の焼け跡です。壁の多くが崩れ落ち、店内の机や椅子には、焼け落ちた建材のがれきが散らばっています。かつての店の面影は、ほとんど残っていません。
火元の焼肉店では、ダクトから出火したとみられています。
「弁護士に依頼して、かなりの額で。従業員も結構いたので(損害賠償)請求できるかなと思ったんですけど、法律上(損害賠償)請求できなかった。泣き寝入りするしかなかったです」
法律上、今回のダクト火災は「重過失」にはあたらず、損害賠償を求めることはできなかったといいます。
「あと(火災)保険で賄えた部分がごく一部。厨房(ちゅうぼう)機器や什器(じゅうき)系に対して下りた200~300万円しか保険で適用できなかった」
当時加入していた火災保険の契約内容では、補償されたのは被害額の約1割ほどだったといいます。
「1年経たずに燃えるのは結構ショック。会社としての方向性がちょっと狂っちゃった」
店の挑戦続く
一時は店の再建を諦めかけたといいますが、多くの人からの協力やクラウドファンディングでの支援を受け、再出発を決意しました。
「(クラウドファンディングでは)200万円くらい。(支援者に)全く知らない方もいました」
火災から4カ月後、従業員の働く場所を確保するため、急きょ探した別の場所で店を再開しました。
赤羽駅前のメイン通りから少し離れた“裏通り”。立地について不安もあったといいますが、店は連日、多くの客でにぎわい、食べログの「HOTレストラン2026」にも選ばれました。
しかし、どうしても心残りがありました。
「やっぱり、もう1回同じ場所で挑戦したい」
「あの場所に戻りたい」。その思いを抱き続け、火災から約2年。ついに火災があった元の場所に、赤羽割烹【おもち】をオープン。念願だったこの場所での再出発を果たしました。
「『One More Time』のOneの『O』と、Moreの『Mo』と、Timeの『Ti』からとって『O・Mo・Ti(おもち)』。燃えてしまってからのもう一度という思いを込めて、この店名。もう一回ここで良いお店作りたい、頑張りたい、赤羽の街に愛されるようなお店を作っていきたい」
前のお店は“安い・早い・うまい”を掲げた大衆居酒屋でした。新しい店は赤羽の常識を、いい意味で裏切るようなワンランク上の割烹として生まれ変わりました。
2回目の来店(40代)
「ここ焼け野原になっちゃってた。お店がちゃんとシルクロードにあるのがすごくいい」
月2回ペースで来店 常連客(50代)
「(前店舗は)価格が安価だったのもあって、ちょいちょい利用させてもらっていた」
「(Q.火災が起きてどう思ったか?)飲む場所が少なくなっちゃったなって。コロナ禍頑張っていたところだったので、寂しかったですね」
「(Q.前店舗と比べてどうか?)おしゃれです。料理がおいしいです。この調子で、料理このままのクオリティで出していただければいいなと思います」
2回目の来店(60代)
「マンションでもお隣にどなたが住んでいるか分からないようなご時世ですけど、赤羽の飲み屋さんって隣の方とフレンドリーにお話ししたりとか、年代を超えてコミュニケーション取れるので、すごい楽しい!」
どこか懐かしく、人の輪が広がる街、赤羽。
濱田統括マネージャー
「(赤羽は)街の人たちがすごく仲がいいので、会ったらあいさつして他愛もない会話する。人と人が結構近い街かなと思います。大好き」
店の挑戦はまだ終わりません。次に見据えるのは、夜だけでは終わらない“赤羽の朝”です。
「朝食やりたいんですよ。『出汁(だし)巻きたまご』が人気商品なんですけど、『出汁巻きたまごの定食』とか。朝って、すごくシャッター街。やっている店がほぼない。さびれているってわけではないですけど、昼間のにぎわいと、深夜・早朝はかけ離れている。(他が)やってないことをやっていきたい」
(2026年9月21日放送分より)
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