Hi’Specは個性派揃いのヒップホップグループ・SIMI LABでDJを務めている。物静かで礼儀正しい青年だが、彼が発表した初のソロアルバム『Zama City Making 35』は凄まじい存在感を放つ内容だった。ラッパーたちに大きな注目を集まっている昨今だが、トラックメイカーにも目を、耳を向けてみると、ヒップホップの世界がより豊かになるはずだ。
■初のソロアルバム、引っ越し、家族
ーーまずは初のソロアルバム、発売おめでとうございます。いまの心境はどうですか?
アルバムを出してみて、良い言葉も悪い言葉も含めて反応があったことが何より嬉しいです。もちろん嫌なことを書かれたらショックなんですけど、むしろ「そう感じるんだ」って思うくらいで。あとリリース後にメールで連絡くれた人とかもいて、「わざわざメールくれたりして最高だな~」「みんないい人たちだな~」って感動しました。
ーー謙虚ですね(笑)。
いやでもマジでそう思ってます。「俺のアルバムを聴いてくれたんだ!」っていうか。
ーーアルバムタイトルの『Zama City Making 35』はどういう意味ですか?
このアルバムが発売する前日に引っ越してしまった生家の住所を捩ってます。
ーージャケに出てくる家ですね。
はい。俺、生まれてからずっとあの家に住んでたんですよ。引っ越しってみんな普通にするものだけど、俺にとっては長年住んでた場所を離れるのってすごく大きなことで。それで家族についてすごく考えるようになったんです。
ーーアルバムジャケットの自宅写真やショウくん(Hi’Spec)のアーティスト写真もお父さんが撮影してもらったのはなぜ?
アルバムのジャケを家にするって決めた時、ダン(DyyPride)が「お父さんに撮ってもらえば?」ってアイディアを出してくれたんです。でも最初はお願いする気になれなかった。ちゃんとしたフォトグラファーの人にお願いしたほうがいいのかな、とか。でも父は写真が好きだったし、好きなことをやって生きてほしいから最終的に「父ちゃん写真撮ってよ」ってお願いすることにしました。
ーーお父さんにアルバムの感想を聞きましたか?
「素晴らしい!」って言ってましたよ。本当に聴いたのかは疑問ですけど(笑)。
■Hi’Specのキャラクター
ーーアルバムに参加してるラッパーはどうやって選んだんですか?
俺自身が好きなラッパーで、作ったビートと合う人にお願いしました。俺はそもそもSIMI LABでもプロデュースとかはそんなにやってないうえに、いろんなラッパーと一緒にやるのも今回が初めてで。最初は自分のソロアルバムなんて想像もつかなった。けど、それが徐々に形になっていくのがめちゃくちゃ楽しかったですね。すでにもっといろんな人とやりたいです。もちろん参加してくれた人とももっとやりたいし。
ーー「Amigos」にフィーチャーされているC.O.S.A.さんがかっこよかったです。
C.O.S.A.くんのことは前から知ってたんですけど、親しいわけでもなく。現場でも目で挨拶はしつつ、「きっと俺のことなんて覚えてないだろうな……」みたいな思いがあって話しかけてなかった(笑)。
ーー悪気は全然ないんだけど、こっちが遠慮しちゃって関係性の距離が詰まっていかないパターン(笑)。
そうそう、こっちも相手に気を使わせたくないからあえて知らないふりをしちゃう。彼とはまさにそんな距離感で(笑)。それまでイベントで一緒になるタイミングはあったけど、出番が近いことが多くてちゃんとライブを観たこともなかったんです。でも彼のアルバム『Chiryu-Yonkers』を聴いたらめちゃくちゃかっこよくて。それでオファーしました。
ーービートとC.O.S.A.くんのラップはすごいハマってましたね。
本当にできあがった時は感動しましたね。リリックとかもめちゃくちゃ良くて。2ヴァース目のリリックには、俺もすごく共感できました。
ーー一方「Surviving」に参加してるRIKKIくんや田我流くんは旧知の仲ですね。
そうですね。あの曲は本当に大変だったんです。最初RIKKIがラップしてるビートで田さん(田我流)もラップしてたんですよ。でも俺も田さんも全然しっくりこなくて。それでたまたまできたばかりで気に入ってるビートがあったんで、それを田さんに聴かせたらすごく気に入ってくれたんです。
ーーそれであの曲ができあがったんですね。
いやそんな簡単にはいかなくて(笑)。田さんは最初に使ったビートはボツにして、全部新しいほうでやろうって提案してくれたんですよ。でもRIKKIは最初のビートを気に入ってくれてて。そしたら俺も完成像が見えなくなってきちゃって。
ーーでは、どうしたんですか?
RIKKIと田さんと俺の家でいろいろ試行錯誤してても埒が開かないから、今回のアルバムのエンジニアをお願いしてるIllicit Tsuboiさんのところでレコーディングすることにしたんです。ツボイさんにはミキシングとレコーディングを担当してもらいました。
ーーなんでそんなにまとまらなかったんですか?
そもそもRIKKIのパートはすごい昔に作ったんです。だから結構めちゃくちゃで。一方で田さんのパートは比較的新しいからもうちょっとまとも。その2つを1曲にまとめようとすると全然馴染まないんです。ツボイさんのところに持って行った時は2つを無理やりくっつけてとりあえず形にした感じでした。そしたらツボイさんがアレンジやエンジニアリングの部分でいろいろ調整してもらって。そこからさらに自分で色々音を足したり引いたりして、またそこからツボイさんと試行錯誤しながらあの形にまとまりました。
■Illicit Tsuboi
ーーツボイさんのエンジアリングは実際どんな感じなんですか?
これはSIMI LABの「We Just Hi'Spec Remix」を作った時の話なんですが、あの曲は今以上にProtoolsのことを使えない時期に作ってて、自分でもよくわからないプラグインを挿してるんです。だからトラックのいろんな部分で赤メーターが振り切りまくって、音も割れちゃってる。さすが音割れちゃったりするのはめちゃくちゃすぎると思ったんで、レコーディング用データはそういうのを全部外してツボイさんに送ったんですね。そしたら「事前に聴かせてもらってたのと音が違いますね」と言われたんで事情を説明したら、そのめちゃくちゃのままのデータを送ってほしいって言われて。ツボイさんは俺の作った原曲のいい部分をちゃんと聴ける状態に整えてくれた感じですね。
ーーすごいですね、ツボイさん。
本当にすごいです。ツボイさんにお願いすると、まずビートに奥行きが出る。あとなんかわかんないけど、むちゃくちゃかっこよくなってるんですよ(笑)。今回のアルバムでも、最初はツボイさんが音を足したのかと思うような部分があって。でもツボイさんはほとんどそういうことはしないで、もともとすごく小さく鳴ってた音をめちゃデカくしてたりするんです。俺が「こんな音入ってました?」とか聞くと、仏のような笑顔で「入ってたじゃないですか~。こっちのほうがいいでしょ?」って。素材の中の面白い部分を見つけて、そこにエフェクトをかけたり、または音を抜いたり、いろいろな提案をしてくれる。自分の中のイメージが10くらいだったとしたら、ツボイさんはそれを100くらいにまで広げてくれます。
ーートラックメイカーとしては、ツボイさんと制作できたのは大きな経験ですね。
はい。俺はProtoolsとかあんまり使いこなせてないんですで、ツボイさんにそのテクニカルな部分を補強してもらった感じです。俺からしたら、「なにそれ?Protoolsでそんなことできるんですか!?」って感じでした。今回ツボイさんにお願いしたのは、そういう勉強をしたかったというのもありましたね。
ーー勤勉ですね。
いやそんなことないですよ。単純に好きなだけです。だからいろいろ知りたい。勉強って感覚ではないです。もっとヤバいもの作るための技を教えてほしいっていうか。そういうのって直接訊くと言葉を濁されたりするから制作過程で盗んで学ばないと(笑)。
■OMSBとのライブで得た人間的成長
ーー最近はよくオムスのライブにバックDJとして参加してますね。その中で得たものはありますか?
オムスってよく「ショウくんだったらどうしたい?」とか俺の意見を聞いてくれるんですよ。最初の頃はオムスからの要求には完全に応えるけど、プラスアルファの意見はしなかった。オムスのソロライブだから俺が口を出すこともないかなって。もちろんそれは手を抜くって意味ではなく。
ーーちょっと受け身だった、と。
そうですね。でもオムスがそうやって意見を聞いてくるから、俺も徐々に言うようになって。「こうしたほうがいいんじゃない?」とか「このトラックはどう?」とか。オムスはそういうのを聞き入れてくれるんです。もちろん違う時は違うって言ってくれる。そういうのをずっとやってきて、今は意見交換するのが当たり前のようになりました。その経験はアルバムにも活きてるし、俺自身にとっての自信にもなりましたね。「俺も言っていいんだ」っていうか。
ーーアルバム作ったことでSIMI LABとの関わり方は変わると思いますか?
「めちゃくちゃラップ書きてえ!」みたいなことにはならないと思うけど(笑)、作ったトラックをみんなに聴かせたりとかそういうことは自発的にやっていきたいですね。