2015年にtha BOSS名義でソロアルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』をリリースしたTHA BLUE HERBのラッパー・ILL-BOSSTINO。8月24日に発売されるライヴDVD『ラッパーの一分』は、このソロアルバム発売後に行われた年末のツアー最終公演の模様を収めた作品だ。タイトルにある“一分”とは“それ以上は譲る事の出来ない名誉や面目”のこと。『フリースタイルダンジョン』でフリースタイルバトルブームに沸く昨今に、なぜILL-BOSSTINOが本作を発表したのかを訊いた。

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■お客に楽しんで帰ってもらう。それが俺の喜び 

ーー『ラッパーの一分』はすごくハッピーなバイブスの作品ですね。 

ILL-BOSSTINO:そうだね。あの日(2015年12月30日)は年末っていうこともあってか、いつもより開かれた独特の空気感があったね。ここを楽しもうっていう気持ちで満ちていた。そんなお客のバイブスで俺もああいう感じになったんだと思うよ。

ーーあの日のライヴはもともとDVDとしてリリースする予定だったんですか? 

ILL-BOSSTINO:いや決まってなかった。「一応、撮っておこうか」くらいだったね。でもこのライヴは、当日来られなかった人にも知ってほしいと思える内容だったんだ。もちろんテクニカルな面での完成度では、あの日から半年間ライヴし続けてる今のほうが全然凄いけどね。 

ーー具体的にどういう部分が「当日来られなかった人にも知ってほしい」部分だったんですか? 

ILL-BOSSTINO:ライヴってやればやるほど精度が上がっていくんだよ。そこは避けられない。そこを目指してもいるしね。でも精度の高いライヴが必ずしも良いとは限らなくて。演奏が完璧になればなるほど冷たくなっていくというか、お客の入る余地がなくなってくるという落とし穴があるんだよ。この日は『IN THE NAME OF HIPHOP』をリリースしてからまだ12本目のライヴだから、俺からするとまだ全然隙間がある。MCも割と自由に喋ってるし、お客のヤジが入る隙間だってある。そこを含めて全体的にちょうど良かったかなと思う。 

ーー観客の笑顔が印象的でした。 

それが俺の仕事の最も価値のある報酬だからね。ライヴしたら練習、ライヴしたら練習というサイクルを繰り返してきた結果があの映像なわけで。いつものようにライヴを成功させて、お客に楽しんで帰ってもらう。それが俺の喜びに直結してる。 

 ■俺にとっては仕事なんだよ 

ーーヒップホップを生業にする場合、ライヴのクオリティを上げることは非常に重要だと思います。この部分は多くのアーティストにとって課題なのではないでしょうか? 

ILL-BOSSTINO:どうだろうね。俺は札幌の先輩たちや路上で歌ってる人、つまりお金じゃない部分で純粋に音楽をやってる人たちを観ると、自分はお金を媒介に音楽をやってるわけで、汚れていると思う時もあるよ。ただ俺にはこれしかないし、だからこそお客のお金と時間を無駄にしてはならないという強い思いがある。だから努力してるだけ。 

 ーーなるほど。 

何度も言うけど、俺にとっては仕事なんだよ。仕事だったら真面目にやるに決まってるっしょ。みんなそうでしょ? 仕事っていうのはお客さんを大切にしなきゃダメなものだし、サボってたら次はない。そんなのライターも寿司屋もラーメン屋もラッパーも一緒。何も変わんない。目の前のお客さんに満足してもらってお金をもらう。ただそれだけの話。 

ーー今の話を聞くと今回のDVDの前半に入ってる「歌詞の“ヒップホップ”の部分はそれぞれ聴く人の立場に置き換えられる」というMCもそういった努力の一端ということがわかります。 

ILL-BOSSTINO:そうだね。あの時いたお客はB-BOYだけではないから。もちろん女の人だっているし、できるだけ俺の言葉を自分に言ってるんだと思ってもらいたいんだよね、1000人それぞれに。I Talk To Youってこと。 

 ーーあの一言があるかないかでライヴの見え方が全然違ってくると思いました。 19年やってると、ILL-BOSSTINO:そういうようなところまで見えるようになるよ。最初の頃なんて俺は自分さえ良ければいいと思ってたもん。自分だけがかっこいいと思うものをお客に叩き込む、それが俺の目的だった。けど長いことやってると変わってくるよね。「お客様は神様だ」ってのとは違うけど、対等な関係であるなとは思う。 

ーー対等なんですか? 

ILL-BOSSTINO:ヒップホップの表現には送り手の強さが内包されてて、しかもステージの上に立ってるから、断言するような形というか上から目線のようになりがちだけど、俺は「こう思うよ」くらいの目線というか立ち位置を大事にしなきゃダメだなって思うようになってる。

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■ここまでやれば食ってけるよ  

ーー今回のDVDを観てボスさんは本当に感受性が豊かな人だと感じたんですよ。 

ILL-BOSSTINO:自分が特別な感受性を持っているとは思わないよ。ただ、普通の人より想像力はあるんじゃないかな。 

ーー最近は『フリースタイルダンジョン』が話題で、ラッパーの数もすごく増えてきました。ただ今ボスさんが言った「想像力」を感じさせる人は少ない気がします。 

ILL-BOSSTINO:まあ、そりゃ『フリースタイルダンジョン』とか、その日その時その場所でのバトルで目の前の相手に勝つことを考えているラッパーとは別の次元だよ。ただ『フリースタイルダンジョン』に出ている人たちには、それが大きなチャンスなのも理解できる。当時そういう場があって、そこにしかチャンスがなかったら俺だって参加してたと思うし。だからそこで頑張っている人たちをどうこう悪く言うつもりはないよ。 

ーー昔はボスさんもいろんな人と戦ってきましたしね。 

ILL-BOSSTINO:そう。俺は1997年にいろんなラッパーをディスって上がってきた人間だから。当時、チャンスはそこにしかなかったからそうしたまでで。でもそんなノリは自分のキャリアの本当にイントロだったんだよね。余興みたいなもんよ。はっきり言ってそれだけだったら、俺はここまで来れなかったと思う。

ーー1997年から19年経過した現在のボスさんにとってフリースタイルバトルとはどういうものですか? 

ILL-BOSSTINO:バトルという行為だけに関して言うと、俺にとっては虚無感しかないな。バトルでは人間の本質的な価値っていう所までは入り込めはしないと俺は思う。そもそも本質的な価値を相手に見出していたら、I&Iだったら、相手にあんな邪悪な言葉は吐けないはずだから。それとも単なるスポーツ感覚なのかな。まあ、どっちにしても俺は罵り合いはもういいよ。それに邪悪な言葉を吐くと自分に返ってくるんだよ。俺はそうやって充分痛い目にあってきたからね。ジャムやセッションは別だけど、バトルには虚無感しか感じない。 

ーー『フリースタイルダンジョン』についてはどう思いますか? 

ILL-BOSSTINO:ヒップホップは楽器できないようなやつでも誰でも参加できるのがいいところだから、そういう意味ではラップの入り口としてアリだと思うよ。だけど俺はすでにそこから19年後の奥地にいて、自分のヒップホップ道を探求してる。 

ーーそこに『ラッパーの一分』がある、と。 

ILL-BOSSTINO:そうだね。こんなバトルがブームのご時世で1MC1DJという最小限の単位で2時間45分これだけ言うことがある。これだけ表現できる。しかも誰のことも卑下しない。それでああいう空間を作ってるっていうラッパーがいるんだよ、っていう意思が今回のリリースには大いに含まれてる。「こういうやつもいるんだぜ」って。ただ、ここまでやればラッパーを生業に食ってけるよって。ここまでやれば他の音楽ジャンルに舐められないで生と死の神秘に近づけると俺は思ってる。 

 ■ずっと勝ってきた。1回の負けをずっと恐れてる 

ーー初期作の印象からかやはりボスさんには強い人間というイメージがあります。ですが先ほど言われた通りキャリアを重ねることで、人間としてのさまざまな部分が表現されるようになりましたね。

ILL-BOSSTINO:44歳になった今の視点から、俺も確かにやっていたああいう過去のディスとかの表現を振り返ると、果たして自分が強いのかどうかはわからんよね。弱いやつほどよく吠えるっていうし。あの時は世界も狭かったし、俺も人の痛みに対する想像力も薄かった。だからあんなことができたのかもしれない。今回のDVDにあるYOU THE ROCK★のシーンひとつとってみてもそうだけど、ああやって挫折や失敗を知ってる人間のほうが強いかもなって思うよ。 

ーーボスさんはずっと勝ってますね。 

ILL-BOSSTINO:負けない勝負をやってきただけかもしれない。そして1回の負けをずっと恐れてる。いつか来る負けを。だからこそ頑張ってるんだと思う。……ただ、強さ弱さってものは一元的に計れないものだね。バトルの勝ち負けと、俺がステージで望む勝ちは、似て非なるものだと思ってる。 

ーーこのDVDにはボスさんのそういう人間的な幅広さを感じました。弱さも含めて。 

ILL-BOSSTINO:もちろん。俺の音楽を深く知ってる人は、俺が万能だと思ってる人はもういないと思うよ。弱さだってずっと隠してはいないし。 

ーーやはり初期作のイメージが大きいんですね。 

ILL-BOSSTINO:そうそうそう。ほぼトラウマ級にね。でも今は、その時から俺のことをサポートしてくれてる人だけじゃないからね。いろんな人がいて、あの日初めて俺のライヴを観てくれた人だっているわけで。今の俺が俺だね。昔の俺も確かに俺ではあるけど今に繋がってる当時の俺だね。今が全てだよ。 

ーーお客さんの中には当時のボスさんのイメージのまま、今のボスさんを見ている人もいると思います。そういう人に今の自分をわかってもらいたいと思いますか? 

ILL-BOSSTINO:正直、そこまでは立ち入れないよ。「昔が良かった」っていう人はやればやるほど常に存在するものなので。正直、俺もNASは『イルマティック』が相変わらず一番好きだからその気持ちは理解できる。ただお客の中での俺と、現に今生きてる俺は違うこともあるし、そこはしょうがないと思う。別にいいんじゃない?って感じ。昔のイメージのまま今のTHA BLUE HERBの音楽にコミットしていくって楽しみ方もあると思うし。俺は俺で、今までも、これからも生きていくよ。 

 ーー最後に今後THA BLUE HERBでどんなことを歌っていきたいですか? 新しく曲を作るって意味で? 

ILL-BOSSTINO:そんなのわかんないよ。今は明日のライヴで何を歌いたいかってことしか考えてない。それに精一杯だね。

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