SKY-HIが7月27日にニューシングル「ナナイロホリデー」をリリースする。タイトル曲はアレンジャーにUTAを迎えたとびきりハッピーなソウルポップス。生死観を歌ったアルバム『カタルシス』を経て彼がたどり着いた場所はとびきりポジティヴな場所だった。この曲と、『フリースタイルダンジョン』のテーマソングでおなじみ「Welcome To The Dungeon」について話を訊いた。
■Good Vibesだけ
ーー「ナナイロホリデー」はハッピーなポップソングですね。
最近はちょっとシリアスな作品が続いてたんで、今回は楽しい感じにしたかったんです。でも実はこの曲にはデモバージョンがあって。タワーレコードの特典として付くんですがコード進行以外は全部違うんですよ。
ーー歌詞も?
はい、全部書き直しました。
ーーなぜですか?
デモは喉の手術で入院する前日の3月31日にレコーディングしました。入院中は点滴生活で、退院後もしばらくは歌っちゃいけなくて。肉体的にはもちろん、僕にとっては歌えないのがすごい精神的負担になりました。そのせいかなんか異常に太っちゃって。AAAの「NEW」ってPVはその時期に撮られたものですけど、あれは辛かった(笑)。そこからいろいろ落ち着いて、歌えるまで回復して曲も作れるようになりました。そしたらそして改めて鍛え直して8kg落としました。痩せて肌の色つやも目に見えて良くなっちゃいましたね。
ーー8kg減はすごいですね。
自分でもびっくりしました(笑)。でもその期間を経て気づいたことがあって。1つは当たり前のように音楽を作っていられる生活がいかに幸せだったかってこと。もう1つは自分が1人で家で作った曲を共有できる仲間がいつの間にかすごく増えていて、その仲間と一緒にホールツアーを回れたことはものすごい幸せな時間だったんだなってこと。
ーーその思いが楽曲を一新させた、と。
はい。デモでは「楽しい」がテーマだったんですけど、そうじゃなくてこの曲では「幸せ」を歌わなくちゃいけないって思ったんです。それで書き直し始めたら、最終的に残ったのはコードだけだったという。術後1ヶ月の段階でレコーディングしてるんで、本来喉はパーフェクトな状態ではないはずなんですけど、歌えば歌うほど声が出てきて。「ナナイロホリデー」を一言で表現するなら「Only Good Vybes」です。ちょっと前に行ったLAのカフェの壁にって書いてあった言葉なんですけどね。本当にただひたすらいい感じでした。PVも含めてこんなに闇がない作品は初めてかも。
ーーPVもかわいかったです。
僕にあんなかわいげがあるなんて、完成したものを観て自分でも驚きました(笑)。あのPVはバンドメンバーやスタッフと一緒にバーベキューをやった時の感覚を映像にしたものなんです。そもそも僕はそういうことをやるようなキャラではないんですが、やったら思いの外楽しかったんで。
ーーSKY-HIさんの仲間が少しずつ増えていくのがポジティブですね。
あれは自分の半生なんです。もともと僕は部屋で1人曲を書いてたんですよ。でもキャリアを進めていくと、ダンサーやバンドと出会ったりしてどんどん仲間が増えていった。そしたらいつのまにかこんな幸せな空間になってて。そういうのを盛り込みたかったんですよね。
■わかりやすく、おもしろく、深く。
ーー「ナナイロホリデー」は一聴すると楽しく聴けるポップスですが、歌詞にはいろんな感情が込められてると思います。
人生自体がレイヤー多めなんで。
ーーどういうことですか?
SKY-HIとして活動し始めてもう10年くらいになるんですけど、普通にやってるだけで色眼鏡にさらされることのほうが多かったから。僕の出自はヒップホップだけどシーンからは「AAAのあいつ」って目で見られてたし、今では自称音楽通みたいな人に「どうせヒップホップでしょ?」って言われる。1stアルバム『TRICKSTER』を出した時なんて、どっかのラジオ局のディレクターさんに「アルバムすごく良かったです! ヒップホップなのに」って言われたんですよ。しかも悪気なく。
ーーむぅ……。
あるあるですよ、こんなの。まだ言えるレベルっていうか。周囲からのネガティヴは決して少なくない。まあ、苦労は買ってでもしろって言いますけど、買わなくても苦労させてもらいました(笑)。色眼鏡の件もそうだし、「スマイルドロップ」って曲は9ヶ月に渡って182回も録り直したんですよ。「このハードルは超えられる」って信じてたけど、比喩じゃくて本当に死ぬかと思うような否定の連続でした。その時は何かを得られた実感はなかったけど、その後『カタルシス』ってアルバムを完成させられたし、ホールツアーでも「これがSKY-HIだ!」って完璧に思えるものも提示できたんです。あとさっき3月末にデモを録ったって話をしましたよね。そこから2回録り直しただけで、発表できるクオリティに持って行くことができたんです。
ーー182回から2回!
91倍成長したんですよ(笑)。
ーー短期間に濃密な時間を過ごしましたね。
手の届くところに目標を設定しなかったことが良かったのかも。エアギターしかできないのに世界最高のミュージシャンになれるって思っちゃうみたいな感覚って、中学生くらいの頃は誰でも持ってると思うんですけど、僕は未だにそういう感じなんですよ。だからストレッチと一緒で少しずつ伸ばしていくんです。めっちゃ痛いけど、それでも頑張る。そういう感じですね。
ーー「ナナイロホリデー」でそういった妄想と現実の苦悩を前に出そうとは思わなかったんですか?
例えばディズニー映画の根底には重めな人生哲学があるとして、それを表現するために終始シリアスな内容にするかと言ったらそうではないと思うんですよ。エンターテインしてなんぼというか。僕のライヴ自体がそうなんだけど、強烈なメッセージがあるからこそ、それを伝えるためにめちゃくちゃ楽しませるんです。いきなり胸ぐら掴んで、耳元で大声で叫べば伝わるもんでもないと思うから、そこは意識してますね。
あと最近教えてもらったんだけどポップ三原則っていうのがあって。「フィロソフィー」「インテリジェンス」「エンターテイメント」。わかりやすく、おもしろく、深く。僕は常に自分が作る音楽をフォローアップしてくれる人と向き合っていたい。それが「SKY-HIの音楽を聴こう」「ライヴに行こう」という選択をしてくれた人に対する責任。フォローアップしてくれた人の選択を正解すれば、自ずと自分の正解になっていく。それを繰り返して、世界で一番正解の数を多くできたらマイケル・ジャクソンとかジョン・レノンとかと勝負できたことになるんだと思う。すごく階段が長いからずっと頑張んなきゃいけないですよね。
■僕は聴いてくれてる人の人生を背負いたい
ーー言うは易く行うは難しの典型ですね。
楽しくないと面白くないと思ってるから、そこは絶対大事にしています。仮に人と違う辛い経験したとして、それをちゃんと表現すればそれなりに面白いとは思う。けど、僕はそこで止めたくなかった。経験がただエンターテインメントになるだけじゃなくて、その時に感じた感情を材料にすることでより美味しい料理にしたかったというか。そうしないと同じお金があるなら、僕のライヴじゃなくてディズニーランドに行かれちゃうかなって。
ーーSKY-HIさんにとってそれは仕事ですか?
いやそれは違う。ロックスターみたいに言うと「俺はオナニーよりセックスが好きだ」という。音楽での自己表現が楽しいだけだったら、今の時代にCDを出そうとは思わないですよ。発表するツールはいくらでもあるし、カニエ・ウェストなんかはもはやそっちに近いですよね。
ーー彼の最新作『The Life of Pablo』は最初TIDALでのストリーミングという形で発表されましたしね。
もう商業音楽としてやる気ないんだなって。アートですよね。彼の場合、存在自体にお金がつくからビジネスとして成立するけども、彼本人の感覚としてはもうアートなんでしょうね。そのスタンスは素晴らしいと思うけど、僕はやっぱり彼よりもマイケル・ジャクソンにフィールするんです。
ーー具体的に教えてください。
大袈裟じゃなく、僕は聴いてくれてる人の人生を背負いたいと思ってるんですよ。さっきのお金の話もそうだけど、ライヴに来てくれる人は人生の中の半日という時間を僕に費やしてくれるわけじゃないですか。いや泊まり込みで来てくれる人だっているわけで。そういう人が僕のライヴで過ごした時間を「正解だった」と思ってもらえることでしか、僕の存在価値はないと思う。音楽はライフワークとしてあるものかもしれないし、アートとして崇高にあるものかもしれない。他方でマイケル・ジャクソンは他人の人生を変えるほどの影響力を持っちゃってる存在なんですよね。僕はそうやって他人の人生の作用する責任を持ちたいと思っているんです。他の何かに触れて人生が変わってしまうなら、僕に触れて人生を変えてほしい。その覚悟を持っているんです。
■SKY-HIとヒップホップ
ーーカップリングの「Welcome To The Dungeon」は『フリースタイルダンジョン』の主題歌ですね。SKY-HIさんは自分とヒップホップはどういう距離感にあると思いますか?
僕が渋谷のヒップホップシーンの末端から生まれ育っていったことは間違いないです。けど、それをリスナーに押し付けたくはない。そういうんじゃなくて、さっきも言った僕のCDやライヴを選んで「正解だった」って思わせることが自分にとっての正解なんです。そのためにものを作ってる。前回のホールツアーでは僕こそがジャンルだってことを証明できたと思ってるんです。
ーーどういうことですか?
ヒップホップショウとしても、ポップスとしてもクオリティが高い。マイケル・ジャクソンやプリンス、ディ・アンジェロ、ジェームズ・ブラウンらがやってきたソウルとかファンクを飲み込んだ上で表現してるけど、そのどれでもない。なぜなら、それは僕が僕だから。ヒップホップにも、60~70年代のポップミュージックに対しても、リスペクトしつつ真摯にやってきたからこれが作れたと思ってる。ヒップホップシーンと一緒にしないでくれとも思わないし、シーンを背負って立つというのも違うと思う。それはZeebraさんがやってるし。
ーー彼はまさに『フリースタイルダンジョン』でヒップホップシーンを背負ってますね。
そう。あと日本ではロックと違ってヒップホップの精神性が浸透してないと思うんですよ。「あいつはロックなやつだ」っていうけど、「あいつはヒップホップなやつだ」ってあんまり言わないでしょ。
ーーヒップホップの精神性とは?
「自分が自分であることを誇る」ことです。もちろん日本にもそれを理解してる人は少なからずいるし、僕は自分がヒップホップな人間だとも思う。だけどそれを吐露し続けることは、僕がシーン内部に媚を売るようなただのポーズでしかなくて、誰に対してもサービスにはならないからやらない。
ーー媚を売るような人に、他人の人生は背負えませんしね。
しかも今『フリースタイルダンジョン』効果でバトルやラップは流行ってるけど、作る側の人間はそういうのに左右されるべきではないと思う。あと自分に注目が集まってる時って、何を作ってどこに届けるのかっていうのがボヤけるんですよ。注目が集まっているという事実に甘えてしまうとクリエイションが甘くなってしまうんです。芸人さんが1つのネタでヒットすると、ネタに食われるみたいなとこがあるけど、このままいくとバトルブームにヒップホップが食われかねないですよね。
ーー芸人さんのネタの例えはわかりやすいですね。
メディアはその時に面白いもの、数字が取れそうなものを貪欲に使えばいいと思う。でも僕ら使われる側は、使ってもらえる事実に甘えるんじゃなくて、この先5年、10年のスパンで何を歌って誰に届けるかっていう当たり前のことを考えないと喰われちゃう。逆に言えば、それさえ考えられていれば、何が流行ろうとやることはあるんですよ。それの答えが別でお金を稼いで、音楽はアートとしてやるってことでもいいし、僕みたいに世界一になってやると思うのもいい。きっとその中間くらいでも正解なんです。極端さに正解を求めがちだけど、必ずしもそうではないから。
ーーSKY-HIさんはフリースタイルバトルにいろいろ出場されてましたね。
はい。初めから25歳でバトルを止めるって決めてました。というのはバトルに使う筋肉と曲作りに使う筋肉が全然違うからです。フリースタイルの鍛錬をしていると、僕が「スマイルドロップ」でやった経験とかはできない。どちらを取るかはその人次第だけど、僕は曲作りに人生の時間を使いました。どれが正解とかではないから、そこは難しいところだと思います。だってバトルに出たからこそ、いろんな人に名前を知ってもらえたわけで。それがこういうバトルが流行ってるタイミングで『フリースタイルダンジョン』の主題歌をやらせてもらえるっていう形に結実するとは正直思ってなかったです(笑)。素直にすごく嬉しいですね。
■バッドな時は「Only Good Vybes」と思い出して
ーー最後に、今の世の中でネガティヴに影響されず「Only Good Vybes」でいるにはどうすればいいと思いますか?
僕は降りかかるマイナスは、そのまま全部ひっくり返ってプラスになる種だと思ってるんですよ。例えば、翌日に仕事があるのにバカみたいにクラブへ通ってなかったら喉に血節なんてできなかっただろうし、そもそもAAAと並行してSKY-HIの活動をしてなかったら、その血節を5年間も放置することもなかった。でもそういった間違いがなければ「ナナイロホリデー」を作れた今の自分はない。あといろいろ細かい嫌なことがあったら、この嫌な出来事は最終的にどんなプラスになるんだろうって考えるんです。そうすると結構いろいろ解決できます。
ーーそれが長く辛くかったり、意味不明な理不尽さであることもありますよね?
うん。そういう時は「Only Good Vybes」って思い出すだけでいい。本当に(笑)。思い出すだけで気持ちがポジティヴな側に寄っていくんですよ。そうすると少しずつその引力を持った人間になれる。その時、ポジティヴなのかネガティヴなのかは別として、いいバイブスを持った人たちが寄ってくるようになるんですね。そうするといい風が吹いてくるんじゃないかな?