人生相談企画「飲み屋の中心で、バカ!を叫ぶ」。人生のさまざまな悩みについて「バシッ!」と喝を入れるのは、ネットニュース編集者の中川淳一郎さんです。今回の相談者は、かつて就職活動中に「世界一の即戦力男」としてインターネット上で注目を集め、自身の立ち上げたサイトが話題になり、無事IT企業の内定を獲得し、その会社で働いた菊池良さん。その後は、本を出版したり大手IT企業に転職したりなど、順風満帆な人生を送っているように見える彼ですが、一体どんな悩みがあるのでしょうか?
■前回記事
⇒ 30歳会社員女性「上層部に辟易、でも辞めるのは怖い」――連載・中川淳一郎の『飲み屋の中心で、バカ!を叫ぶ』
■菊池良(29歳・会社員)「仕事内容が一言で伝わる肩書がほしい」
中川:菊池さんってIT業界のモノカキの中ではかなりイケてるほうだと思うけど、悩みなんてあるの?
菊池:ありますよ~。自己紹介のときにいつも悩んでいます。今の会社ではWebサイトの記事を執筆したり、編集したりしているんですが、「ライター」や「編集者」と名乗るのがイマイチしっくりこなくて。だから、他になにかいい「肩書」はないかなぁと。
中川:でも菊池さんを表す上で、肩書ってそんな重要なものですか?
菊池:仕事内容を一言で伝えられる肩書が欲しいんです。今は「菊池良という男が何者か」ということをうまく説明できず、悩んでいます。
中川:じゃあ「会社員」と名乗るのはどうですか?
菊池:うーん、それだと「会社で働いていること」しか伝わりません。
中川:分かった。菊池さんがそこまで肩書に悩む理由って、たぶん「自分は組織の一員ではなく、ピンで立つべき男」という意識が強いからじゃないんですか?
菊池:そうでもないんですけどね。ただ僕の持つ悩みは、Web媒体の仕事を中心にするライター、編集者みんなが持っている悩みだと思うんです。普通、ライターと名乗ったら、多くの人は「雑誌で文書を書く人」を思い浮かべるじゃないですか。
しかし僕らが作っているのは、会社の経費でハワイに行ったり、上司の家に無断で侵入して冷蔵庫を漁ったりする、バラエティ番組の企画みたいな体験記事が多い。そこをうまく表現できないことにモヤモヤしています。
■紙ライターがWebライターをバカにする理由
中川:これは根深い問題だわ。おそらくその悩みの原因は、紙媒体出身のライターがWeb媒体でしか記事を書いた経験がない人を見下す風潮にあるんですよ。
菊池:ほう。
中川:で、なんで彼らが見下すかというと、Web媒体は記事を書くための参入障壁が低いところに原因があります。例えば、オレが連載している「週刊新潮」や「週刊SPA!」「週刊SPA!」「東京新聞」「日刊ゲンダイ」に加え、単発的寄稿依頼をされる「新潮45」「群像」といった雑誌で執筆するには、「文章力」や「コミュニケーション能力」「執筆経歴」など、編集者から審査を受けなければいけません。
一方、Web媒体は大量に記事を公開しないとPV(ページビュー)が稼げないから、「とりあえず文章を書けるヤツは、誰でもいいから書いてくれ!」みたいな状況なんですね。それが紙しかやっていないライターのプライドにつながっているわけです。
菊池:確かにWeb媒体の門戸は、紙よりも開かれている気がしますね。大学生や、時間に余裕のある主婦がライターをしている媒体もたくさんありますし。
中川:あと紙の場合、もし間違った情報を掲載してしまったら、謝罪や訴訟のリスクもあります。だから、そこまで考慮して文章を書かなければいけない紙ライターのほうが、Webライターよりも取材力やリスク回避力といった能力が高いという自負にもつながっている。
菊池:Webだと、記事を公開した後でも加筆修正できますからね。
中川:別にオレは紙で書いているから文書がうまいとか、Webで書いているから文章がヘタだとは思いません。ただ、一部の口の悪いライターからバカにされたくないんだったら、菊池さんもなにか紙媒体の仕事をやったほうがいいんじゃないかな。
菊池:そういうもんですかね。
中川:やる媒体は雑誌でもフリーペーパーでもなんでもいい。仕事について聞かれたとき、「紙の雑誌で編集者をやっています」と言うだけで、途端に自分に自信が持てるようになると思うよ。
――菊池さんの場合、2014年に『世界一即戦力な男』(フォレスト出版)という本を出しています。だから、作家と名乗るはどうでしょう?
中川:それはまだ時期尚早かな。若い書き手の中にも作家を名乗る人がいるけど、身の丈に合った肩書じゃないから、どことなく違和感がある。オレだって社会問題や政治問題について取材して原稿を書くこともあるけど、ジャーナリストとは名乗らないからね。なんか偉そうなんだよな、「作家」や「ジャーナリスト」「評論家」って肩書は。ただ、ふざけて「太もも研究家」とか「ガチャピン研究家」みたいなのだったらOK。
■イケてる男になりたいなら、実績を出すことが先決
中川:あと菊池さんは、どうせいつかは会社を辞めてフリーになるんでしょ? 早々とフリーになっちゃえば、肩書なんかに悩むヒマもなくなると思うよ。
菊池:いやいや、今の時点では会社員をやめるつもりはありませんよ。
中川:だってこれからも本を書いたり、メディアに露出したりもするわけでしょ? 社内からやっかみも出てくるよ。
菊池:出てきませんよ。
中川:いや、絶対に出てくる。
――今の会社で働くことに対して、不満はないんですか?
菊池:特にありません。
中川:ヨッピーさんやセブ山さんを超えたいとか、デイリーポータルZの林さんを目指したいとか、何かそういう大きな野望はないの? もしそうならいろいろ答えられることもあるんだけど。
菊池:うーん……野望というほどではないですが、なりたい人を挙げるなら東宝の川村元気さんですかね。
――映画『君の名は。』をプロデュースするほか、『世界から猫が消えたなら』など著作も多くある映画プロデューサーですね。
中川:なんで?
菊池:会社の力をうまく使いつつ、大きなことをやっているじゃないですか。僕は組織の力で、ジョージ・ルーカスのような天才に対抗したいと考えています。会社って、iPhoneが作れたり、何億もかけて映画が作れたりするわけじゃないですか。僕がいる会社は業界でも大手ですし、自由に働かせてくれるので、環境としてはいちばん良い気がします。
中川:なら菊池さんは、徐々に川村元気さんみたいな存在に近づいていませんか?
菊池:目指している部分はあるので……それはそうかもしれません。
中川:じゃあそんな大きな悩みはないじゃないですか(笑)
――普通の会社員が、川村元気さんみたいに会社員をやりつつ、ピンで名前を売っていくにはどうすればいいんですか?
中川:出版やメディア露出といった個人的な活動を会社に認めさせたいなら、通常業務で実績を出すことだね。会社にとって必要不可欠な存在になる。それしかない。だから菊池さんも会社員をやりつつ個人で名を馳せたいなら、圧倒的な実績を作ること。今働いている会社のニュース媒体の編集長とかね。
菊池:かなりデカい目標ですね。
中川:そうだよ。でも、それくらい大きな仕事をしていれば、最初の肩書問題も解決するじゃないですか。「みんながいつも見ているニュースは、私がセレクトして見出しをつけています」って言えれば、相手も一発で菊池さんのことを覚えてくれるでしょ。
オレは今の菊池さんの会社のニュースの編集長と、彼が転職したばかりのときに知り合ってるのよ。当時はおどおどした気弱そうな若者だったけど、編集長になってからは変わったよね。
実績を作って立場が上がると、自信がついてまわりの評判なんて気にしなくなるもの。菊池さんも肩書なんかに囚われず、今の会社でデカいことをやるべきだよ。
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▼ 中川淳一郎
ライター、編集者、PRプランナー。一橋大学商学部卒業後、博報堂CC局で企業のPR業務を担当。2001年に退社後、フリーライターとなり、その後『テレビブロス』編集者に。企業のPR活動、ライター、雑誌編集などを経て『NEWSポストセブン』など様々な、ネットニュースサイトの編集者となる。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『凡人のための仕事プレイ事始め』『バカざんまい』『電通と博報堂は何をやっているのか』など。
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