注目が集まった韓国大統領選。見事に勝利した文在寅氏、特に緊張が高まる北朝鮮情勢に彼はどのように向き合って行くのだろうか。また、日韓関係にはどのような影響があるのだろうか。
北朝鮮への緊張緩和政策、太陽政策を推し進めた廬大統領の側近として活躍した文氏。「半島の問題は我々の問題です。我々が主導しなければいけない」「太陽政策と廬武鉉政権による融和政策は我々が南北関係改善に向け守るべき基本政策」と語り、核開発を進める北朝鮮に対し対話による解決を呼びかけ、「新たな太陽政策」とも呼べる対北融和政策を掲げている。
その中心的な政策の一つが開城(ケソン)工業団地の操業再開。開城工業団地とは、土地と労働力を北朝鮮が、資金と技術を韓国が提供し、共同運営をしていた南北経済協力事業の象徴とも呼べる場所だ。北朝鮮にとって開城工業団地で得る外貨収入は貴重だった。しかし、2016年、北朝鮮の核実験などを受けて韓国側が操業を停止。これに対し、北朝鮮が団地そのものを閉鎖してしまい南北の経済協力は絶たれている状態となっている。現在、中国を含め、北朝鮮への経済制裁が一段と強まる中、開城工業団地を再開し、経済的に手を差し伸べることで核開発問題を解決しようというのが文氏の政策だ。
しかしこれまで、六カ国協議を始め対話によって北朝鮮の核開発問題を解決しようとする試みはうまく機能しているとは言えないのが現状。前政権が配備した、ミサイル迎撃システムTHAADシステムに関しても再協議すべきとの姿勢を示していたが、4月になり朝鮮半島情勢が緊迫すると、THAAD容認の立場に転じてもいる。文氏の方針次第では"、日米韓による北朝鮮の封じ込め"という基本方針は崩れ去る可能性も捨てきれない。
果たして文氏は北朝鮮の核兵器開発を止められるのだろうか。
国際ジャーナリストの春名幹男氏は「文氏の当選を北朝鮮は望んでいるように見えた。北朝鮮の社会を外に開かせるということが重要だと思う」と指摘、共同通信の元ソウル支局長・平井久志氏も、「左派の内部にも、親北とそうでない人たちがいる。今回の選挙では、北朝鮮を批判する左派が台頭してきたのが新しい傾向」と話す一方、「日米韓の強固な安保体制に楔を打ち込むような形になるかもしれない」とした。
アメリカ政治が専門の上智大学教授・前嶋和弘氏は、折しも非公式な米朝接触が行われたことを踏まえ「アメリカと北朝鮮の話し合いの可能性も出てきている現状だったのが、かく乱される可能性があるかもしれない。THAADの件もそうだが、アメリカにとって文大統領の就任は心配事になる」と説明した。
デイリーNKジャパン編集長の高英起氏は「文氏は朝鮮戦争で北朝鮮が嫌で逃げてきた人々の一人。本人が左派からだからといって北朝鮮の体制にシンパシーを感じているということではなく、あくまでリスクを抑える意味でのスタンス」と説明した上で、「米朝の正式な話し合いは難しいのではないか。アメリカはオバマ政権の頃から『核を手放さないと話さない』としており、北朝鮮は毎日のように『核は手放さない』と言っているので、平行線をたどっている」とコメント。加えて「北朝鮮という国は金正恩氏の判断が全てなので、結局、金正恩氏と話さないと何にもならない」と指摘した。
北朝鮮に融和的な政策を掲げる政権となれば、気になるのは将来的な「南北統一」の可能性だ。
高氏は「韓国からすれば、北朝鮮は自分の領土を不法占拠している状況だし、南北統一は国の大目標でもある。メディアの取材に対しても、多くの人は"必ず統一しなければならない"と答えるが、特に若い人の本音は統一を嫌っている。北朝鮮と韓国とでは、人々の考え方も生活習慣も大きく違ってしまっている。確かに韓国では脱北した人々たちも活躍してはいるが、仮に南北が統一すれば韓国に大きな経済的負担がのしかかる。ほとんどの人はOKとは言わないだろう」とした。
10日、大統領に就任した文氏は、すぐに訪朝の可能性を示唆、今後の動向は日米中の対北戦略にも影響を与えそうだ。
■日韓合意の履行はどうなるのか?
文政権の誕生は、日韓関係についても変化を生じさせかねない。
文氏は、2015年に日韓両政府が合意に至った慰安婦問題について、選挙中も「合意は無効、再交渉を推進する」と明言してきた。
日韓合意では、岸田文雄外務大臣が「韓国政府が、元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し、全ての慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととする」と説明したように、日本からの拠出金は韓国の財団を通じて元慰安婦やその遺族に支給された。一方、韓国は「在韓国日本大使館前の少女像に対し、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」とされている通り、ソウルの日本大使館前に建てられた慰安婦像の撤去を目指すこととなっている。
しかし、合意当初から、韓国国内ではこの内容に対し反発も大きく、大使館前の慰安婦像の撤去が行われないどころか、釜山の日本領事館前に新たな慰安婦像が設置された。日本政府の不信感は強く、長嶺駐韓大使が一時帰国するという事態に至る。さらに朴槿恵大統領の失脚が重なり、政治は空転。韓国側による合意の履行は宙に浮いたままとなっている。
春名氏は「選挙に勝たないと意味がないわけだから、前政権に対しての批判はするだろう。これから非常に微妙な米朝交渉が始まろうとしている時に、日韓がもめるのは日本にとっても韓国にとっても望ましくないだろう」と話す。
元経産官僚でコンサルタントの宇佐美典也氏は「国際舞台にこの問題を持ち込んだのは朴槿恵政権。日韓合意はすでに結ばれたのだから、今後は民間レベルでの争いだと流すのが良いのではないか」と指摘。
平井氏も「もっとクールに考えた方がいい。慰安婦の問題は、市民の問題であったはずだったが、そこを政治的問題として取り上げ、世論を刺激したことがいけなかったのではないか。歴史の問題は歴史の問題として取り扱わなければならなかった。アジアの国同士で一緒に物を言わないと大国には対抗できない。もう少しお互いがお互いを利用するというような感覚を文大統領には持ってほしい」とした。(AbemaTV/AbemaPrimeより)