6月7日(水)に、ジャパニーズヒップホップのオリジネーターであり、世界各国で高い評価を集めるDJ KRUSHが、活動25周年を記念したニューアルバム『軌跡』をリリースした。トラックリストを見て驚いた方も多いだろう。そう、今回リリースされるのは、日本語を操るラッパーたちを全面にフィーチャリングした作品なのだ。
DJ KRUSHと言えば、自他共に認めるインスト曲を得意とするアーティスト。もちろん、これまでにも国内外のラッパーをゲストに迎え、数多くの楽曲を制作してきてはいるものの、いわゆる<日本語ラップのアルバム>をリリースするのは初めてのことだ。自らの活動の節目となる年に、このようなスタイルでアルバムをリリースしようと考えたのは何故なのだろうか。今回は、そんなDJ KRUSHに新作『軌跡』、そして日本語ラップへの思いについてうかがった。
皆、こだわって本気でやってくれたというのは、本当に伝わってきた
ーところで今回アルバムは、どのような形で制作を進めていったのでしょうか?
K:まずラッパーそれぞれに、あんまり骨子は組んでない、軽くフックが入ってるくらいの構成の音源を各3曲くらいずつ送りました。それはもうメロウなモノだったり、リズムがズレまくってるモノだったり、ヘヴィなやつだったりと、全然違うテイストの曲。それでアルバムのコンセプトを伝えて、1曲選んでもらった。やり取りはメールでやったんだけど、これが結構面白くてさ。例えば5lackって、普段自分のプロジェクトでは、結構メロウな感じなんだよね。今回やったみたいなハードな感じの楽曲ってあんまりない。
ー確かにそうかもしれません。
K:きっと5lackも「自分はそこだけじゃない」みたいな思いを持ってたんだと思うんだよね。「今回は敢えてこのトラック」的なことは、言葉を濁しつつも言ってたし。「ちょっとハードコアで行きます」みたいな感じで。で、俺も実はそこが欲しかったんです。彼が自分のプロジェクトでやってるみたいな曲も渡したんだけど、本当は選んでほしくなかった(笑)。そしたら案の定というか、俺が一番やって欲しかった、一番変な曲を選んでくれたんで。
ー基本的にメールベースで制作を行っていったということでしょうか。
K:そうですね。ファイルを送って、ラップを乗せて返してもらって、もう一度ビートを詞にあわせて料理し直して。スクラッチを入れたり、ビートを抜き差ししたり、構成を変えたりね。そういう作業を、聴いてもらいながら何度も繰り返して。最終的なOKが出たら、正式にミックスするという形でした。そのやり取りというのは、全てのラッパーとやっています。
ーラップの内容にリンクしたSEやフレーズがサンプリングされていたと思うのですが、そのあたりも含めてお聞かせ下さい。
K:OMSBくんとの曲でサンプリングしたトライブの「Can I Kick It?」(※5)のフレーズは、元々のトラックには入ってなかったんだけど、彼が書いてきたリリックを見て「入れなきゃ!」って思ったんだよね。一応、気を使ってベースラインは引き直してるんだよ。RINOとの曲ではあれをサンプリングしてる。もちろん言うつもりだけどね(笑)。
※5:1990年に<A Tribe Called Quest>がリリースした超名曲。
ー実際にレコーディングしてみての感想はいかがですか?
K:皆、こだわって本気でやってくれたというのは、本当に伝わってきました。お互いに向かうべき場所が見えると、年齢なんか関係なくなってくる。彼らも良いものが作りたいわけだから、遠慮なしに「ここはこうして欲しい」というリクエストが来るようにもなる。物を作る時って、それが一番大切なんだなって、あらためて感じました。彼らも、そういうことをちゃんと分かっているんだよね。やっぱりシーンの中で、ここまで来ているアーティストだから。「芯があるな」って感じました。
ーレコーディング期間中で、何か印象深いエピソードがありましたら、お聞かせください。
K:基本的には、メールでファイルのやり取りをするという形だったから、そこまで派手な話はないんだよね。強いて言うなら、5lackとはメールをやり取りしてたな。彼から「今度フランスに行くんですよ」とか近況を伝えるメールが来たり。俺は「お前板橋なの?おれ練馬なんだけど!隣じゃん」みたいな。そういう普通の話もしてたよ(笑)。
ー実際にラッパーの皆さんと会うことはなかったんですね。
K:今回は会わなかったね。今回参加してくれたラッパーの中であるのは、以前一緒にやったことがある志人、ツアーのハワイ公演でライブをやってくれたMeiso(※7)。まあMeisoは昔から一緒に何かやりたいと思ってたので。あともちろんRINOは昔から知ってる。呂布カルマ、5lack、OMSBは会ってないかな。R-指定も会ったことない。
※7:B BOY PARK 2003のMCバトル覇者。日本とハワイを拠点に活動している。
ー27日にリリースパーティーがあるそうですが、その時に初めて会うラッパーも多いんですね。
K:残念ながらR-指定は出れないんだよね。彼は今ツアーの真っ只中で。でも、それ以外のラッパーは全員ステージに上りますよ。今回は彼らと一緒に生でライブをやる。で、R-指定は来れない分、25日にDOMMUNEで一緒にライブと喋りをやろうかなと思っています。
彼らがどう泳ぐかを見たいから、詩には絶対に口を出さなかった
ー制作に話を戻します。アルバムコンセプト以外で、ラップの内容に対して細かいテーマを与えたり、例えばリリックの内容、フロウに意見を言う事はありましたか?
K:それをやっちゃうとね。プールに例えると、俺は水を貯める土台をコンクリートで作る役。で、「彼には何色の水で泳いでもらうのがいいだろう?」って考えて、ブルーの水を深さ5メートルくらいまで張るとする。そこで泳ぎ方まで指定してしまうと全然面白くないでしょう?おれは彼らがどう泳ぐかを見たいんです。だから詩に感しては絶対に口を出さなかった。その人たちの中にある景色を出して欲しかったから。
ー前作リリース時のインタビューで『ブレードランナー』(※9)的な世界観に惹かれるとおっしゃっていましたよね。今作もディストピアSFを思わせるダークな雰囲気の楽曲が多いように思いました。例えばOMSBさんのラップはフッドの風景を描写しているだけなのに、どういうわけか『ブレードランナー』の世界を思わせる、なんとも言えない社会からの疎外感を感じさせる楽曲に仕上がっていました。
※9:1982年公開のSF映画。フィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作としている。2017年11月に続編が公開される予定。
K:ありがとうございます。ちゃんと見てくれてますね(笑)。
ーMeisoさんは、戦争や格差が拡大するネオリベラリズム社会への絶望、個人的に衝撃的だった志人さんのラップは、グローバル社会への警告であり、世界に対する愛の告白であり、同時に救済への意思表明にまで踏み込んだ凄まじい内容となっています。初めて聴いた時にどんな風に捉えられましたか?
K:志人に関しては、他のラッパーとは違う音の作り方をしました。5lackや呂布カルマと作った曲って、たまにKRUSHがスッと顔を出す瞬間があるんだ。ライムの間にスネアが現れたりね。でも志人はフックの概念も捨てているし、全然隙間がない。とにかく彼は、他のラッパーとは違っていました。そうなってくると、こっちも考える。それで、後ろから大きな手で彼の景色を支えることに徹した。手数も出さずに、あくまでも彼が主役という感じで。一緒に一冊の本を作るような感覚と言ったら良いのか。詩の内容も凄いけど、どんどん内容が移り変わって物語になっていくので、後ろで泳いでしまっても魅力を殺してしまうかなって思ったんです。ちなみに、あの詩って、俺が最初に送ったファイルからインスピレーションを受けて作ってくれたんですよ。鈴虫の声だったり、秋に入る時に聞こえてくるカナカナゼミの声が入っていたんですけど。そこから本当に何回もやり取りして、膨らませていって。完成までに結構時間がかかった。
ー前作『Butterfly Effect』に収録されている「LIVING IN THE FUTURE」で、BOSSさんは<すごく厳しい世の中だけど、それぞれの道で頑張っていこう>というメッセージを発されていた様に思います。でも、あれから2年が過ぎて、世の中は随分良くない方向に進んでいる様な気がするんです。言ってしまえば、ますます現実がディストピアSFの世界に近づいたという感覚がある。
K:そうだね。俺も皆と同じ様なことを感じているよ。色んな事が中々進んでいかないよね。
ー諦観に支配されて、無気力になっている人も多いように思います。
K:それでも俺らは地に足をつけて、ここにいる。だから何かをしなくちゃいけない。毎月お金を稼がなきゃいけないし、家に帰ればやることがある。俺は幸福にもDJで、音を作っている。一番好きなことを仕事にするって中々難しいことだと思うよ。もちろん俺は努力をしてきた。それでも本当に幸せなことだと感じている。周りがどうなろうと時代がどうなろうと、自分がやることは音楽でありDJだと決まっている。だから、それをやっていくしかない。音を聴いてくれている人たちもいるし、俺の背中を見ている人たちもいる。「お前の音を聴いて絵を描く様になったよ」とか「昔、ケムリ(※10)を聴いてたけど、子供が出来て、お前のショーを見に行ってるぞ」とか、そんな繋がりが出来ている。だから時代がどうあれ、とにかく自分がやらなきゃいけない事をやるしかない。自分と向き合って、逃げないで、やる。一番の強敵は自分だと思う。
これからのDJ KRUSH~手が動く以上、首が振れる以上はやる
ー25周年を迎えられました。今後の予定についてお聞かせ下さい。
K:とりあえず渋谷VISIONでのリリースパーティーは決まってる。で、制作面では、もう次のアルバムの話が持ち上がってる。十八番のインストで一枚作るつもりだよ。これはワールドワイド発売する予定。
ー若手ラッパーが世界進出するきっかけにもなりますもんね。ところでニューアルバムはいつ頃になりそうなんですか?
K:今年中に作って、リリースして、その流れで海外ツアーに出ようかなと思ってます。その隙間に色んな国のフェスに出たりね。
ー長期的なヴィジョンで言うといかがでしょう?例えばこれから10年をどう過ごしますか?
K:今年で54歳になるんだけど、今回参加してくれたラッパーって、30歳前後の子が中心だと思うんだ。俺の長女が30だからね。だからもう親子でやってる感覚。それが出来る時代になったんだなって思うよ。倅たちに「そこはハットいらない!ミュート!」とかって言われてさ(笑)。で、これから10年って言うと、64歳だよ?でも音楽なんて年齢は関係ない。歳が行ってても凄いアーティストは一杯いるからね。日本のヒップホップ界にも、そういう存在がいてもいいじゃん?普段はカキンカキンに冷えたビールをポケットに入れて公園を散歩したり、ママチャリの後ろに孫を乗せてたりする。でも家に帰ったら、BPM70のトラックなんかを作っててさ(笑)。
ー生涯引退はありえない?
K:まあ出来る限り続けていきたいよ。手が動く以上、首が振れる以上はやる。ちょっとカッコ良すぎるかな(笑)
ー本日はありがとうございました!
【終わりに】
常に最高のビートを作り上げてきたレジェンド、DJ KRUSHとのコラボレートである。言うまでもなく『軌跡』に参加したラッパーたちは、その全員が120%、いやそれ以上の力を発揮している。このアルバムを通じて、フリースタイルをきっかけにヒップホップに興味を持ち始めたキッズは、バトルラッパーたちの新たな魅力を発見し、またバトルには出ない実力派ラッパーたちと出会うことになる。そしてバトルブームの狂騒を冷ややかに見ている頑固な古参ヘッズ(私のような)は、バトルラッパーたちが優れたアーティストでもあることを知ることになるだろう。日本語ラップ界のゴッドファーザーは、その息子たちを引き連れて、世代やクラスタを越えて支持される見事なアルバムを作り上げた。現役ヘッズはもちろん、今はもうヒップホップを聴かなくなってしまった人々にも自信を持ってオススメしておきたい。
PHOTO:Obara Hiroki
『軌跡 (キセキ)』 (Es・U・Es Corporation/発売中)
01. Intro
02. ロムロムの滝 feat. OMSB
03. バック to ザ フューチャー feat. チプルソ
04. 若輩 feat. R-指定 (Creepy Nuts)
05. 裕福ナ國 feat. Meiso
06. 夢境
07. MONOLITH feat. 呂布カルマ
08. Dust Stream feat. RINO LATINA ll
09. 誰も知らない feat. 5lack
10. 結 ―YUI― feat. 志人