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 いよいよ明日に迫った衆院選。各党が有権者に最後の支持を訴えているが、その動向に大きな影響を与えていると言われているのが、メディアが発表する「情勢調査」だ。公示直後(12日付)の新聞各紙を例にとると「自公、300議席の勢い」「自公、単独過半数の勢い」「自公、300議席超うかがう」「自公、300議席に迫る勢い」と報じており、多少の違いはあるものの、いずれも序盤から与党優勢を伝えてきた。

 そもそも「情勢調査」とはどのようにして行われてるのだろうか。そして、有権者の投票行動へ影響の観点から、問題はないのだろうか。19日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、専門家とともにこの「情勢調査」の実態に迫った。

■「互角」でも、候補者の順序が"優勢"を暗示している?!

 まず、「情勢調査」は、日頃よく耳にする「世論調査」とは異なるものだという。世論調査とは「社会的問題・政治的争点や政策などについて人々の意見・態度を把握するための統計的な調査」のことを指し、情勢調査は「統計的な調査で得た情報と過去の情報、独自の取材に基づいた情報も加味した調査」なのだ。

 元読売新聞記者で、言論サイト『アゴラ』の新田哲史編集長によると、各政党が独自に調査したデータを取材し、自分たちの調査結果、そして過去のデータをすり合わせ、トータルで判断するのだという。

 メディアの情勢調査に詳しい元実践女子大学副学長の飯田良明氏は「世論調査と情勢調査の最大の違いは、"必ず結果が出る"ということ。つまり、各新聞社・放送局の取材がどれくらい正確なのかが後でわかってしまう」と話す。前回(2014年)の衆院選における朝日新聞の情勢調査と結果を比較してみると、情勢調査では「290~318議席」の予測だった自民党は、投票の結果290議席を獲得。民主党も「66~89議席」の予測に対し、「73議席」を獲得している。

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 「補欠選挙や規模が小さい地方選挙などでは非常に見極めが難しく、取材力の差や読みの差が如実に現れる。また、競り合っている時ほど報道機関の力の差が出て来るので、あるテレビ局が"当選確実"と打った後にひっくり返ってしまったこともあった。今回の選挙のように、政党の離合集散が激しい場合は、なかなか読みづらい」(新田氏)。

 そんな「選挙情勢」報道を読み解く重要なカギとなるのが、"見出しの文言"だ。

 例えば選挙戦終盤の情勢を報じた朝日新聞の記事では、東京1区について「山田と海江田が互角の激しい戦いを展開」との表現を使っている。

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 飯田氏は「調査データを見ても、記者が取材しても、分からないということ。"互角""デッドヒート"などは、断定できない場合の、ある意味で"逃げ"の表現。ただ、届け出順では後の人の名前が先に書かれていたら、そちらが優勢になっているという意味」と説明。新田氏も「他にも"横一線"という言い方がある(笑)。ただ、実は数%でもリードしている方の名前を最初に持ってくるのが新聞記事のお約束になっている。東京1区の場合、海江田さんの名前を先に書いていた新聞もあるので、本当に競り合っているのだと思う」と指摘する。

 例えばA候補とB候補が争っている場合、「横一線、接戦、激しく競り合う、互角の戦い」という見出しでAの名前が先に記載されている場合、実質的にAが優勢で1~4ポイント以上の差がある事を暗に意味しているという。見出しが「大接戦、まったくの互角」で届出順に記載されている場合、実際にはABの差が1ポイント以下、ということのようだ(松田馨氏分析、堀江和博氏作成の表に基づく)。

 ほかにも、公示直後の毎日新聞は「希望伸び悩み」「立憲に勢い」といった表現を使用。これに対し読売新聞は「自公優勢 緩み警戒、希望は巻き返し図る」と報じている。「小選挙区の場合、"巻き返し"という表現は当選がほぼ不可能というニュアンスがある」(飯田氏)

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 こうした"暗黙の了解"について新田氏は「政治部経験者によると、記者によって表現に差があるとまずいので、やはり多くの新聞社には表現についてのマニュアルが存在する。ただ、例えばどこからが『優勢』で、どこからが「先行」と表現するのかといった細かな基準は新聞社によって違う部分はある」と明かした。

■調査報道が有権者に与える影響はないのか?

 状況を正確に把握、分析する為に行われる情勢調査だが、結果を報じることが有権者の投票行動に影響を与える可能性もある。報道が人の心理に影響を及ぼし、行動が変化する「アナウンスメント効果」だ。

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 「優勢と報道じられた候補者ならちゃんとした人に違いない」と思われて票が集まる現象や、"勝ち馬に乗る"とう状況を差す「バンドワゴン効果」、そして不利な状況にある者を助けたくなる心理から、「当選までもう少し」などと言われた候補を応援し、投票したくなる「アンダードッグ効果」と、2通りの影響が考えられる。飯田氏は「中選挙区制だった1986年の調査では、アナウンス効果の影響を受けないと回答した人が80%だった。ただ、気づかないうちに報道に影響を受けてしまっている可能性は否めない」と話す。

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 JX通信社が東京都民を対象に実施した情勢調査を見てみると、「自民39%・希望28%・立憲なし・共産14%・公明6%」(9月27日公表)、「自民28%・希望29%・立憲なし・共産10%・公明5%」(第二回・10月2日実施)、「自民29%・希望18%・立憲18%・共産7%・公明6%」(第三回・10月9日実施)、「自民30%・希望16%・立憲23%・共産8%・公明5%」(第四回目、10月18日実施)と、とりわけ新たに立ち上がった希望の党と立憲民主党の支持率が目まぐるしく動いていることがわかる。安倍vs小池の構図から立憲民主党を含む第三極の構図など、メディアの報道とともに変化しているようにも見える。

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 東京品川区の商店街で話を聞いてみると、

 「マスコミのこういうのを見て変わっていくのは構わないのではないか。情報が多く入ってくるわけだから」(60代男性)

 「私はまだ決めていないが、これを見たら自民党に入れた方がいいのかなとちょっと思った」(20代女性)

 「強いからと入れていたらいつまでたっても変わらないから。対抗勢力がいないといい方向に流れていかないと思うので自民党に入れない。これがどこまで本当の数字なのかというのは不確かなところだと思う」(40代男性)

 といった意見が聞かれた。

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 また、若者が多い渋谷の街頭でも聞いた。

 「素直に信用はできない。自分は放送の勉強をしているが、偏向報道についても勉強しているので本当なのかなと思う」(20代男性)

 「私はいいと思う。みんながそう思っているからこういう風になっているわけで」(18歳女性)

 「(参考に)しない。他の人のは見ても意味がないと思う。必要な人には必要。あっても無駄ではないのでは」(20代男性)

 と、活用する人、懐疑的な人、意見は様々だ。

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 新田氏は「小選挙区制では当選できる候補が1人だけなので、明らかに劣勢と報じられた候補者に入れること(死票化)を避けてしまう可能性がある。また、真っ二つに分かれている局面だと、報道の影響も出て来るのではないか」と推測。 インターネット上には、報道機関が情勢調査によって空気を作り出すことに加担しているのではないか、といった疑問の声もあるが、新田氏は「統計学をしっかり勉強した人が責任者を務めていて、紙面や放送内容の正確さが評価される場面でもあるので、数字をいじるということはない。結果として予想が外れたり、若干のズレが出たりはするが、陰謀論のようなものはない」と話す。

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 また、週刊誌で選挙報道に携わったこともある講談社の瀬尾傑氏は、もう一つの影響を指摘する。「党の方も情勢調査を見ながら応援演説のテコ入れをするし、選挙スタッフの士気にも影響する。今回も、与党が300議席に迫る勢いだという情勢調査に対して、自民党側の"そんなに楽じゃない"という発言が流れてくるのは、自営に対する引き締めという意味がある」。

■海外では情勢調査に制限も…日本の新聞社に考えを聞いてみた

 それでもあえて情勢調査が行われ、その結果を報道機関が大々的に報じる理由は何なのだろうか。

 山形県立米沢女子短期大学の亀ヶ谷雅彦教授の調べによると、イタリアでは投票前15日間の世論調査の公表を禁止、フランスでは投票前1週間の世論調査の公表禁止、オーストラリアでは選挙前日の水曜夜12時から選挙終了まで「選挙事項」の放送禁止、ドイツでは世論調査は公表していいものの、投票終了前の出口調査結果の公表禁止を取り決めている。

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 公職選挙法138条の3「人気投票の公表禁止」では、「何人も選挙に関し、公職に就くべき者を予想する人気投票の経過又は結果を公表してはならない」(一部抜粋)と定めている。その一方、公職選挙法148条では、新聞紙、雑誌の報道及び評論等の自由」として「新聞紙又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載する自由を妨げるものではない。但し虚偽の事項を掲載又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」(一部抜粋)と定めており、1962年に東京高裁も「虚偽、歪曲その他の表現の自由を濫用して選挙の公正を害しない限り違法ではない」との判断を示している。

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 日本の新聞社が情勢調査についてどう考えているのか、主要全国紙に「なぜ情勢調査を行うのか」「選挙の公平性についてどう考えているのか」を取材すると、

 「有権者が選挙に対する関心を高め、理解を深めるうえで不可欠」「報道機関の重要な使命と考えている」「公正かつ慎重な配慮をしており、今後とも報道機関の責務としてその努力を続けてまいります」(朝日新聞の回答要旨)

 「情勢調査を有権者が投票先を決める判断材料の一つになると位置付けている」「現在のところ科学的な知見が確立されているわけではない」「情勢調査によって公平性が崩されるとの指摘は当たらない」(毎日新聞の回答要旨)

 「読者の関心、興味に応える情報の一つとして必要」「読者の判断に委ねられており、公平性は保たれていると判断している」(産経新聞の回答要旨)

 「回答を控えさせていただきます」(日本経済新聞)

 との見解だった(読売新聞は番組放送時間までに返答なし)。

 瀬尾氏は「数字そのものを出してしまうと、人気投票になってしまう可能性もあるが、あくまでも各社が取材した成果であるという部分が重要。結果の予想が投票に影響を与える面もあるが、一方で皆に関心を持ってもらう、という側面もある。新聞も週刊誌も、情勢調査の報道をすると売れる。つまり、それだけ読者が関心を持っていること。講談社の『週刊現代』も、情勢調査を扱うと売れ行きがいい(笑)」と明かす。

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 飯田氏は「マスメディアには、社会でどういうことが問題になっているかを知らしめるという大きな機能ある。だから選挙をやっているのに、その報道が一つもないことが異常。各党がどれだけ議席数を獲得するのかということと、各選挙区の状況の2つを伝えて、判断材料になり得るものにする必要がある」と指摘。

 新田氏も「数字を出さずに文章表現で報じていくのは、その社会的な影響力と報道の自由とを考慮して生み出してきた一つの知恵だと思う。新聞社も締め切りギリギリまで粘るが、投票終了の夜8時に当確を出す放送局は絶対に間違えられないというプレッシャーもある。オーストラリアでは報道を制限する一方、投票に行かないと罰金を払う制度がある。選挙報道の制限と関心をもってもらい投票率を上げる仕組みの総合的な組み合わせを考えていく必要がある」と訴えた。(『AbemaPrime』より)

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