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 1995年に起きた、オウム真理教による東京都庁爆弾事件で、菊地直子元信者の無罪が確定する見通しとなった。

 これは都庁の職員が青島幸男都知事宛に届いた小包を開いたところ爆発、左手の指すべてと右手の親指が吹き飛ぶ大けがを負った事件で、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の逮捕の夜に発生したことから、捜査のかく乱などを狙ったものとして注目されていた。裁判で菊地元信者は爆薬の原料を運んだとして「爆発物取締罰則違反ほう助罪」と「殺人未遂ほう助罪」に問われていた。

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 焦点となったのは、爆弾の原料を運んだ際に「人を殺害したり、傷つけたりする危険性」があることを認識していたかどうかだった。一審で東京地裁は、爆発物の製造に関わった井上嘉浩死刑囚が「何らかの危険な化合物を製造し」「何らかの活動をすること」を菊地元信者が認識していたとして殺人未遂ほう助罪を認定、懲役5年を言い渡す一方、爆発物取締罰則違反ほう助罪については成立しないと判断。しかし二審で東京高裁は「テロ行為を認識して手助けしたと認めるには合理的な疑いが残る」として一審判決を取り消し、逆転無罪を言い渡していた。

 そして昨日、最高裁は「"何らかの活動"では曖昧で、危険性を予測するのは難しかった」「間接事実の積み重ねを通じて過剰な推認につなげている」として、菊地被告を有罪とした一審判決を「不合理」と指摘するとともに、二審判決について「一審の認定の不合理さを具体的に指摘しないまま異なる判断をするなど、問題がないわけではない」としつつも「無罪という結論は妥当」との判断を示した。

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 今回の決定を受け菊地元信者は「最高裁の決定も、事実関係をきちんと見ていただき、深く感謝申し上げます。これで無罪であることが確定することとなりましたことは、素直に、ありがたく受け止めたいと存じます。とはいえ、自分の行為が何の落ち度も責任もない方に重篤な被害を与えてしまったことにつながってしまったことを、これからの人生において重く受け止めていくことは、控訴審判決の後に申しあげたとおり変わりはありません。本当に申し訳ありませんでした」とのコメントを発表した。 

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■「捜査はかなり慎重に行われたはずだ」

 地下鉄サリン事件の殺人容疑などで警視庁に特別手配されていた菊地元信者。次々と信者らが逮捕される中、その行方は分からず、1999年には菊地被告ら3人の情報提供を呼びかけるため、総額600万円の懸賞金を出すことも発表された。2011年、そのうちの1人・平田信受刑者が出頭、逮捕され、翌年にはついに菊地元信者も神奈川県相模原市に潜伏していたところを逮捕された。姿を消してから17年が経過していた。菊地被告は元信者らと行動を共にし、名古屋市、埼玉県などで生活。逮捕直前まで「さくらい・ちづこ」の偽名で、一般男性と逃亡生活を送っていたという。

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 メディアや街頭ポスターを通じて、地下鉄サリン事件のイメージが強い菊地元信者だが、結果として地下鉄サリン事件での起訴は見送られ、裁判では東京都庁爆弾事件のみで争われた。

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 AbemaTV『AbemaPrime』に出演した元検事の落合洋司弁護士は「ポスターが長期間掲示されていたので、人々に一種の刷り込みがあった面はあるのではないか。もちろん地下鉄サリン事件についての容疑もあったが、有罪判決が得られるかどうかを検討し起訴するので、最終的には地下鉄サリン事件は起訴対象から落ちてしまったということ。厳密に証拠に基づいて、捜査はかなり慎重に行われたはずだ」と説明する。

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 今回の最高裁の決定については「一審判決の矛盾と二審判決の問題点を指摘しながら、被告の故意を認定するのは極めて困難だということをかなり細かく説明している。説得力もあると思うし、妥当な決定だろうという印象を持った」とし、「公判で菊地元信者は爆弾の原料を運搬した事自体は認めているが、それが殺人に使われるものだったという認識はなかったと主張してきた。裁判で人の心の中を開いて見ることはできないので、例えば当時の立場や教団が置かれていた状況、他の信者の証言の信用性を踏まえ、検察側は故意を立証できると考えた。一審もこれを是認して有罪にしたが、高裁と最高裁は"それは飛躍がありすぎて、証拠があるとは言えない"と判断したということ」と説明した。

■「検察も最高裁も、やるだけのことはやったと思う」

 今年5月、松本死刑囚の三女・麗華さんにインタビュー取材を行ったジャーナリストの堀潤氏は「娘として全容解明がなされていないという思いを持っていた。NHKアナウンサー時代には、地下鉄サリン事件で夫を亡くした高橋シズヱさん研修を受けたことがあるが、"遺族としてもどかしい"という話も伺った。捜査の過程も含めて、詳細まで把握できた中での裁判だったのだろうか。あくまでも現在までに出てきている材料の中で下した判断であって、ある意味で捜査の限界や司法の限界を示していると言えるのではないか」と疑問を呈する。

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 当時、東京地検公安部の検事として、信者たちの取り調べも担当した落合氏は「本件でも問題となった"認識"(故意)については、当時もかなり厳しいと感じることがあった。"ワーク"(修行の一環)として色んなことを命じられていたが、"言われたことに疑問を持たずやることが信者としての務めだ"という形だったので、何かを運べとか、どこかに行って来いと言われた時に、それがその犯罪のどの部分を担当しているかについて、全く分かっていない信者も多かった。しかし、"何かおかしなことをやっているな"と感じていた部分もある。それを故意と捉えるのか、証拠上の認定が難しい事例は多かった」と話す。

 その上で落合弁護士は「松本死刑囚についても、ほとんど自白はしなかったが、取り調べ自体はみっちりと行われ、色々な証拠から立証されてはいる。司法としてやるだけのことはやったと思う。今回の件に関しても、最高裁は憲法違反や法令違反を判断するところなので、検察側が事実誤認という争点で正面から上告するケースはほとんどない」と指摘。「事件の社会的影響の大きさや、被告が犯した罪の重大さ。やはり検察官としても、このまま無罪を是認して確定させるわけにはいかないと考え、あえて上告したということだと思う。一方、上告はあっさり退けられる場合もあるが、今回、最高裁はかなり中身に踏み込んで検討した上で判断している。最高裁としてもきちんと検討しなければならないと考えたのは間違いないだろう」との見方を示した。

■滝本太郎弁護士「ほかにも、無罪になってしかるべき人はいた」

 長男が元信徒だったことから「オウム真理教被害者の会」を立ち上げた永岡弘行さんは、それが原因でVXガスによる襲撃を受け、今も後遺症が残る。しかし、菊地元信者への判決については「マインドコントロールによって自分の頭で考えられる人間でなくなってしまっていたということ。率直に端的に申し上げるとよかったなという思いはしなくはない」と話す。

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 これまで192人が起訴され、完全無罪は今回の菊地被告を含めて2人だ。長年、教団と対峙してきたオウム真理教被害対策弁護団の滝本太郎弁護士も、「事件の認識がなかったのは明らかだから、これでよかったと思う。彼女は、オウムの中では実行犯の中では下っ端であって、言われるがまま、わけもわからずやっていた、ということは十分にわかること」とコメント。さらに「信者は上の人に言われる通りに、考えずにやる。認識のないままに関与していた人はかなりいた。ほかにも、無罪になってしかるべき人はいたと思う」と指摘する。

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 落合弁護士は「あくまで可能性としてだが、過去に有罪になっているからといって今のレベルに照らした場合、有罪かというと必ずしもそうじゃないというケースはあるかもしれない。間接証拠の検討はここ十数年で進んできた分野。いろんな事情を細かく分類して見ていくという裁判実務の習熟度があがってきた。(逆に言えば、当時であれば菊地元信者が)もっとラフな形で有罪認定をされていた可能性もある。その部分は再審制度などが活用され、救済されるところは救済されなければいけない」と話した。

 菊地元信者の裁判が終了したことで、オウム事件は残すところ高橋克也被告の裁判のみとなった。

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 堀潤氏は「当時、メディアが伝えたのはあくまで一側面で、報道のあり方にも問題はなかったかと思う。その報道に影響を受けた市民が裁判員制度で冷静な判断ができたのだろうか、こういう事件自体が裁判員裁判に馴染むのかとも思う。まだ解明されていない部分がある中、こうして終わっていくのがやるせない感じがする」と訴える。

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 落合弁護士は「途中で事実整理の仕方が変わってきた部分もあり、裁判員としては認定しづらかったのではないか。法治国家として、犯罪の立証は厳密に行われなければならないという原則は全ての人に適用されるもの。証拠に基づいて合理的に判断した結果についてはやむを得ない。しかし、無罪になったとはいえ、菊地元信者が教団に身をおいて加担していたという客観的事実はあり、責任として重いものがある。何ら責任がないというは言えないのも事実だ」と指摘した。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)


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