苛烈な競争を繰り広げる高速バス業界にあって、最も勢いがあるといわれる会社「WILLER(ウィラー)」。1日21路線・280便を運行、東京‐大阪間で時期によっては3500円という破格の値段を実現している。また、保有台数200台を超えるバスの最大の特徴が、工夫を凝らした内装だ。オリジナリティあふれるシートを次々と発表し、バス利用者の裾野を広げてきた。
「バスに乗る人を増やそうと思った時に、遠足とか修学旅行で乗ったバスのイメージを変えないといけないと思った」。革新的なサービスを打ち出してきたWILLERの創業者が、村瀨茂高だ。1963年愛知県に生まれ、高校ではテニス特待生になるほどの腕前だった。愛知学院大商学部に在学中、旅行イベントを企画、仲間たちと起業した。1994年に30歳で独立、2005年に「WILLER ALLIANCE(現WILLER)」を設立した。「資本金は親から借りた。実家で正座して。父親は"会社は潰れてもいい、でも他人に迷惑をかけるな"と言った」。
旅行代理店を立ち上げて10年間、売上は順調に伸び、年間28億円を売り上げた。しかし40歳の誕生日の朝、転機が訪れる。年齢が1歳下の三木谷社長がぶち上げた数字にショックを受け、自分は落第した、と思うほどに落ち込んだ、「意外と俺、頑張ってるんじゃないの?って思っていた。そこで新聞を開いたら楽天の三木谷社長が"年商1000億を目指す"と話しているのが大きく出ていて…」。
しかし、生粋のポジティブ・シンキングだという村瀨は「5年で三木谷さんを抜こう」と決意、その日の全体朝礼で「今日で会社は潰れました。営業終了します」と切り出した。ざわつく社員たちを前に、畳み掛ける。「チャレンジ精神を忘れている。明日から新しい会社に変わります。新しい会社でもし働きたい人は部長も平社員も全員フラットでやるんだったら入社可能です」。こうして、第2の創業を迎えた。
黒字だったにもかかわらず旅行代理店を一度畳み、高速バス事業に乗り出した。「売上と社会貢献が比例するようにしたかった。作ったモノを客に出すんじゃなくてお客さんと一緒に作っていきたかった。資金繰りに時間を取られるのは嫌だ。だからおカネが先に入るビジネスにしよう。高速バスは結果論。安く簡単に安心してどこにでもいけるような世界を作ろうと。大都市と地方が循環するようにしていこう、と。そうすることで、ヒトの循環も生まれる」。
■若い女性をターゲットに車両づくり
「交通機関は老若男女に向けられたものが多いので、"全員が乗れるバスを作ろう"となってしまいがち。でも、ターゲットを定めることも大事。20代の女性と40代のビジネスマンとはニーズが違う。そのすみ分けは徹底している」。
WILLERの特徴であるピンク色の車体も意外な経緯で生まれた。「僕らの会社は若い人が多い。社内会議で『バス会社が使っていない色にしよう』って言ったら、入社1年目の若い社員が『ピンクがいいです』と。僕は『そんなんダメだよ』と言おうと思ったが、そうすると次の意見が出ない。だから『それいいよね』と言って、次の意見を待っていたんだけど、みんな『それいいよね』って言い始めた」。
このピンク色は思わぬ好評を博した。高速バスと縁遠い女性客にとってピンク色のバスは親しみを持ちやすかったのだ。村瀨たちが調べたところ、若い女性の高速バス利用が少ないことが分かった。理由は"狭い、辛い、不潔"。「ならばそのイメージを打ち消して、女性が乗れる世界観を作ろうと。つまり"空間を売る"ということ。ビジュアルで見た時に、乗客が"私達の乗り物"と思えるかが大事」。
■"顧客第一"で独自のシートを導入
現在、WILLERの会員数は400万人。顧客第一の考えを貫くため、会員たちにヒアリングを行い、寄せられた意見をもとにサービスを始めることもある。「隣が男性なので、気になって寝られなかった」という声を聞き、「常にオンラインで男性と女性をカウントしていて、かならず女性の隣の席は女性しか予約できないようになっている。さらに、予約した人が座る時は後部から女性が座るようになっている。バスは後部の方が暖かく、女性は寒がりが多いので」。
そんなWILLERのバスの代名詞とも言えるのが、「リラックス」「スリーパー」「コクーン」に代表されるユニークなシートだ。
「リラックス」はカノピー(顔を覆うフード)付きのシートのこと。20代女性向けの乗り物を企画していた際、女性たちが高速バスに乗らない理由として「女性同士でも化粧を落とした寝顔を見られたくない」という意見を目にし、ベビーカーに着想を得た。
「スリーパー」はすべて花柄のシートだ。「お花畑をイメージし、いろんな花柄にしようと考えた」。女性客のことを考慮し、女性の平均身長に合わせて作った。東京‐大阪の値段は往復1万3000円程度。「新幹線だと往復約2万8000円かかる。これなら朝から東京について丸1日遊んで夜行で帰ることができる。この潜在市場は大きいと思っている」と語る。
「コクーン」は、座席がパーテーションで全部仕切られており、椅子は全て斜めを向いている。「シートは倒されても嫌だし、倒す時も気を遣う。これなら倒した時に文句を言われない」。東京‐大阪間は片道1万円を切り、1週間前から満席になる。「ターゲットは新幹線の最終よりも遅い時間の便に乗りたくて、翌朝には着かないといけない人」。
■ライバルは"のぞみ"
「路線バス事業を営む人は、新幹線ができたらバスを止めようと思う。でも僕はまったく逆。中には安く移動したいという人もいる。それに新幹線が開通すると、そこにはすごい人数がいるから、バスを走らせれば新幹線から移ってくる。僕らは新幹線ができたところに順々に路線バス網を張り巡らせた。ライバルというより、コバンザメっていうこと(笑)」。
村瀨がそう話すとおり、東京‐大阪間の高速バスの大きなライバルが新幹線のぞみ号だ。WILLERでは、のぞみに引けを取らない付加価値と料金で勝負してきた。料金は新幹線の30%ほどで「東京‐大阪間の一番安いものになると一般的な料金で往復7000円。閑散期だったら片道2000円もある。いつも5000円という値段設定をしていると需要は生まれない。じゃあそこで半額の2500円に設定することで初めて乗ろうという人がでてくる。そういう市場を創造していくことを考えると料金の変動するところが市場を創造していく」。
WILLERのバス1台あたりの年間乗車効率が大体85%くらいと高止まりしているのも、この価格設定のためだ。「一般的には60%乗っていればいい方。60%乗せて40%空席で走る方がいいのか、85%に乗せつつ、割引した人が10%いるのと、どっちがいいか。ゼロにするよりも、割引しても乗せた方がいい」。
■「テクノロジー」で安全運行に取り組む
とはいえ、やはり高速バスの悩みは安全との両立だ。「鉄道は機械が事故を起こさない仕組みを持っている。鉄道は電車しか走っていないが、道路は違う。どれだけ安全の取り組みをしていても事故は起きる。ゼロにすることは約束できないが、いかにしてゼロに近づけるか」。
村瀨が導きだした答えが、「テクノロジー」を使うことだった。WILLERでは、運転手の耳に金具を着けている。「もし血流に異変が起こり、異常値になると運行管理者からドライバーにアラートが飛ぶようになっている」。これだけでも十分に新しい取り組みだが、さらに一歩進んで、数値のデータベース化にも取り組む。「上り坂のカーブなど、ドライバーがどうストレスを感じているかが分かるので、この道を通らずに行こうとか、どこで休憩を取ろうとかに役立てている」。
■「失敗は続ければ失敗でなくなる」
矢継ぎ早に新たな施策を講じる村瀨だが、実は「経営が苦手」だと思っているという。「多分僕だけじゃなくて、全社員が思ってる。経営者っていうよりはイノベーター的な要素が強い。管理が得意じゃない」。
だからこそ、社員を細かく管理するのではなく、自主自律を重んじる。「新卒1か月の人が『社長おかしくないすか?』って言える環境を作りたい」。社員たちも「満足せずに新しい山を登っていく」「少年のような人」「ある時思いつきのように"こんなこと考えたんだけど"って言ってくるんです。その時は顔が完全に笑ってるんですよね」と話す。
現在170億円を売り上げるまでに成長したWILLERが目を向けるのが世界の市場だ。来年までにASEANの5か国、アジア1か国の6か国展開を目指す。狙うのはASEAN内の旅行客だ。「ASEANは今GDPも上がっている。食べ物は衛生的なものがいい、安全な交通手段に乗りたい、という若い女性のニーズはある。(WILLERの"W"のマークを日本のブランドとして、同時多発的に各国で広げていきたい」。村瀨がイメージするのは日本の化粧品だ。「品質が良く、清潔感があって安心もある。それでいて値段はローカル価格」。
そんな村瀨の経営哲学は「失敗は続ければ失敗でなくなる」だ。「失敗は認めた時点では失敗だけど、最後まで僕は失敗したって言いたくない。諦めないってことだと思う。最初から成功するものが分かっていたら全員成功する。やりながら分かるんです。っていうことは続けないと分からない」と話した。