約5000万件のデータが流出したFacebook。このデータを不正使用したとされている「プロパガンダ製造機」とも呼ばれる会社におとり取材が入り、驚きの実態が明らかになった。
「これは信用を裏切る行為で非常に残念だ。私たちは人々のデータを守る基本的な責任がある。それができないならサービスを提供する資格はない」
神妙な面持ちでこう語ったFacebookのマーク・ザッカーバーグCEO。今世界ではこの情報流失問題を受け、電気自動車メーカー「テスラ」や「WhatsApp」をはじめ、名だたる企業や個人にFacebookを削除する動き「#deletefacebook」が広まっている。16日の報道以降、Facebookの株価は急落し、時価総額が8.4兆円も減少した。
ここまで世界が過敏に反応するのは、5000万件のデータがただの個人情報ではなかったため。そもそもの発端は、2014年にケンブリッジ大学の心理学者・コーガン氏がFacebook上で公開した、「自分の性格を分析できる」という心理テストアプリ。これによりコーガン教授は約5000万人のユーザーの名前だけでなく、何に“いいね”をしたのか、さらにはどんな性格の持ち主なのかなど、5000万人の心理データを入手した。この心理データが売却されたのではないかと世界の注目を浴びているのが、イギリスのコンサルティング企業「ケンブリッジ・アナリティカ」だ。
ケンブリッジ・アナリティカは、ロンドンの中心部に事務所を構える選挙コンサルティング会社。2016年のアメリカ大統領選において、トランプ陣営の選挙戦略を一手に担ったことで知られている。トランプ大統領のかつての盟友で、「影の大統領」とまで言われたスティーブン・バノン氏が創立者の1人であり、役員も務めていた。専門家の中にはこのケンブリッジ・アナリティカを「プロパガンダ製造機」と呼ぶ人もいる。
報道によると、ケンブリッジ・アナリティカは不正に入手した5000万件のユーザーの心理データ1つ1つに合わせて、Facebook上にトランプ大統領に投票するように巧妙に仕向けた広告を出していたとされる。
「私たちはデータを用いて、トランプ陣営に投票するよう説得可能な多くの有権者たちを特定していた」
こう語るのはケンブリッジ・アナリティカのアレクサンダー・ニックスCEO。ニックスCEOは今回の流出データの不正利用については否定しているが、元々「選挙にはSNSの力が絶大な効果を発揮する」と主張していた人物だ。
そんな中、イギリスのテレビ局「チャンネル4」が行ったおとり取材によって、ケンブリッジ・アナリティカのなりふり構わぬ選挙戦術が明らかになり、非難を浴びている。地元の選挙に影響を及ぼしたいと望むスリランカ人のビジネスマンに扮した記者に対して、ニックスCEOは得意げにこう語った。
「対抗馬に対して、うますぎる取引を提供しその現場を録画し、汚職の証拠としてネット上に投稿するんです。候補者の家に数人の女性を送り込むことは山ほどやってきた。特にウクライナ人の女性は美しいからうまくいきますよ」
ほかにも、ケンブリッジ・アナリティカが今までブラジル、メキシコ、ケニアなどの選挙で正体を隠しながら活動していたことや、職員に元スパイが数多く所属していることも誇らしげに語った。さらに、別の幹部はトランプ大統領と争ったヒラリー・クリントン候補を貶めるキャンペーンを行ったことや、証拠が残らない特殊なメールシステムの存在まで紹介したのである。
これらの報道に対して、ニックスCEOは「おとり取材が違法な意図を持っていないか探るために調子を合わせていただけ」とコメントしている。
■心理データを用いた広告で投票操作はできる?
世界中の選挙に影響を与えていたのではないかと疑惑が持たれるケンブリッジ・アナリティカ。しかし、本当に心理データに沿ったネット広告だけで投票行動を操作することは可能なのか。臨床心理士で明星大学准教授の藤井靖氏は次の見方を示す。
「既存のメディアは個人を対象にしていないので、いろんな人に万遍なく届く形で発信する。ほぼ個人の特徴に応じて発信される情報と、多くの人にわかりやすく広く伝える情報とでは、当然影響力があるのは前者。相対的に既存のメディアの発信よりもネットでの個別のメッセージの方が影響力は高くなる。最終的に投票行動に影響することは十分考えられる」
また、Facebookならではの利点もあったという。
「Facebookはみんな実名でやっていて、その日にあったことや真実の情報を流していることが多い。仮にそこに嘘が混じっている時に、それはあたかも本当のことなんじゃないかと思いやすい。形として自分でアクセスしているということになるので、受動的に受け取った情報よりもこうして得た情報は信じられやすい。そういう意味でも効果的だった」
専門家の中には、「心理データ」こそ演説やテレビ討論よりも影響力の大きい“最強の政治ツール”だとする人もいる。
東京工業大学准教授で社会学者の西田亮介氏は次のように指摘する。
「我々が投票で意思を決定する時には、当然マスメディアの情報だったりインターネットの情報だったり、何かを参考にしながら選ぶことが多い。しかし、その参照した先の情報や行動に、我々が気付かないうちに介入があったとするならば、我々の決定が自然なものではない可能性がある。アメリカの大統領選挙で言うならば、ヒラリー氏に投票していたかもしれない人が、そのことによってトランプ氏に投票したとするならば、これは言うまでもなく民主主義の危機」
一方で、アメリカが民主主義国家であるからこそ規制は難しい面があるという。
「最近、日本でも持ち込まれて注目されているのが“シャープパワー(Sharp Power)”という概念。民主主義国は言論の自由などいくつかの重要な特徴を持っていて、表現の自由のもとでは、ある意味嘘をつくことも表現の自由として許容されている。その脆弱性をつくことで民主主義国に危機をもたらすこと、いくつかのウィークポイントをつくことをシャープパワーという」
今回データ流出のきっかけを作ったケンブリッジ大学のコーガン氏は、ロシアとのつながりが深いことでも知られている。
西田氏は続けて「主に非民主主義国家が、民主主義国家が持っている固有の特徴をつくことによって民主主義の脆弱性を露呈させる。しかもこれを規制しようとすると、民主主義国家ならではの特徴が失われる懸念もあるので規制も困難。このFacebookの問題もフェイクニュースの問題も極めて対応が困難で、由々しき問題であることが提起されている」と警鐘を鳴らした。
■規制まではできない民主主義のジレンマ
『けやきヒルズ』(AbemaTV)に出演したハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎氏は、「#deletefacebook」の動きを「大きな変化」と指摘する。
「Facebookという会社は、シリコンバレーの象徴、新しいアメリカンドリームの形。ザッカーバーグさんはいつも、人と人が繋がった方が『世界が平和になる』『ビジネスがうまくいく』と理想主義を掲げている。元々Facebookは、恋人を探すようなところから始まっていて、良い意味でも悪い意味でも軽いノリで作られた会社。いま、自動運転車が事故を起こしたりGoogleにいつまでもプライバシーが残っていることが問題視されたりするなか、シリコンバレーやインターネットのあっけらかんとした明るさにストップがかかっている時代なんじゃないか」
また、アメリカ大統領選でデータが使われたとする点については、「アメリカの選挙がSNSにシフトしているのを、トランプ大統領は熟知していたのでは」としつつ、「最初SNSは、マスメディアに影響されていない市民の声を集められるツールだったが、段々何か影響を与えてしまおう、ビジネスしようとなっている。もし、データ流出が影響してトランプ大統領を選んでいたとしたら恐ろしい話」と危惧した。
西田氏が指摘した民主主義の脆弱性については「Facebookはある意味理想的な会社として捉えられている。みんなが自由に発信して自由に繋がれる、それは民主主義のいいところだが、だからこそ規制するのは難しい。それを否定すると国の成り立ちを否定することになってしまう。不正だけど規制まではできないという民主主義のジレンマ。ここで立ち返りたいのは、インターネットの色々なサービスがタダだということ。それを『おかしい』『なぜタダなのか』という当たり前の原則に立ち返って、知ることが大事」と見解を述べた。
(AbemaTV/『けやきヒルズ』より)