様々な「日本初」を仕掛け、稼働率90%以上、リピーター率70%という、国内屈指のホテルチェーンを作り上げた男がいる。それがスーパーホテルの創業者、山本梁介(75)だ。1996年の創業からわずか20年で顧客満足度指数ではビジネスホテル部門3連覇。2010年には帝国ホテルを上回り日本経営品質賞を2度受賞している。
神奈川県の人気エリア・武蔵小杉に昨秋オープンしたスーパーホテルの「ロハス」シリーズは環境と健康に考慮した新ブランドで、環境大臣認定のエコーファースト企業として唯一ホテル業界で認められている。料金は曜日によって異なるが、1泊8800円~で、朝食は食べ放題だ。
山本は1942年、大阪で80年続く老舗の繊維商社の家に生まれた。慶応大学卒業後の25歳で家業を継ぐも、何もかも上手くいかなかった。「父が早く亡くなって、若くして継いだわけです。肩の力が入りまして。自分の権利や主張を押し付けるのがリーダーシップだと思いこんでいた。やってることは正しかったかもしれないが、言うことを聞いてくれない。労働運動も起き、社員の気持ちが離れていった。学校のようにこの世の中はいかない。人間力という言葉を初めて知りました」。
ついに山本が下した決断が「退任」だった。「もちろん母親には言いにくかったですよ。それに会社自体は赤字じゃなかった。意を決して母に打ち明けると、『事業っていうのは執念や。その執念がなくなってるならやっていてもしょうがない。辞めなさい。ただ。従業員には迷惑をかけたらいかんよ』って言われたんです。こうも言われました。『私のところに月々これだけのカネは持ってこないといかんよ』ってね(笑)」。
こうして新事業に踏み出すことを決意した山本だが、何から始めていいか分からない。たまたま目にした英字新聞に、結婚適齢期が上がって独身者が増加、職業や文化的刺激を求めて都市部に集まる、という記事があった。「日本もいずれそうなる」と直感した山本は、今で言うところの「シングルマンション」の建築に着手。瞬く間に満室となり、事業は230棟・6000室まで拡大した。
しかし当時、世間はバブルの真っ只中。待っていたのは総量規制、バブル崩壊、貸し剥がしという負のスパイラルだった。「30年返済という計画だったが、10年以内に返せと言われました」。50歳で1000億以上の借金を背負ってしまった。
「これからはデフレになる」。そう考えた山本が目をつけた業界がホテルだった。「ホテルは全部高い。でも安かろう悪かろうでもダメだ」。目指したのは、高品質・低価格のホテルだ。そこでITを積極導入し効率化を図ろうとした。しかし、「当時のホテル業界の常識はいかにマンパワーでホスピタリティを上げるか」。同業者からは、「スーパーホテルは“スー”と出来て“パー”と消えるホテルですか」と揶揄されることもあった。
今では目玉となっている温泉の大浴場、設置のきっかけは母の「都市部で温泉に入りたい」「一人で入るんはもったいない。色んな人に入ってもらい」との言葉だった。それまでは少人数向けのビジネスホテルに大浴場はなかったが、温泉付きの大浴場は利用者からの評判も良かった。さらに、各部屋に風呂を設置するよりも大幅なコスト削減に繋がった。
■クレームは"神の声"
125店舗を展開するスーパーホテルが常識破りである点は、徹底した効率化にある。宿台帳は画面に直接記入、紙は使わない。入力された情報はそのまま端末に飛び、鍵が出てくる仕組みだ。その鍵もレシートに書かれた6桁の暗証番号で、夜間も入館が可能だ。チェックアウトなど、フロント業務のコストを削減した。
名物となっている、箱根・湯河原から運んできた天然温泉もコスト削減に寄与しているという。浴室の出入り口にはタオルではなく、水を吸う特殊な石を置いているのだ。さらに清掃スタッフからの意見を採用、客室のベッドは脚がないものにしている。忘れ物予防にもなる上、清掃時間も大幅に短縮できたという。業界に先駆け、部屋から電話もなくした。その代わり、仕事の話が落ち着いてできるよう、公衆電話と机と椅子のブースを作った。
「脚をなくすことで、掃除の時間が1室につき1日1分短縮できる。1万室あったら1万分以上の短縮だ。時給が1000円だとしたら、年間で5~6000万円くらいになる。天井が高く感じる効果もあって満足度もあがりました」。
しかし効率化だけでは客は寄り付かない。山本たちが頭を悩ませた点が「どこで付加価値をつけるのか」だった。そこで山本はビジネスホテル、という原点に立ち返る。「商談が成功しなきゃなんのために出張しているか分からない。そのためにはぐっすり休んで、肌つやもよく、精神も統一して集中して仕事に臨む。ぐっすり眠ることがビジネスマンにとって一番大事」。
そこで取り入れたアイテムが「選べる枕」だ。8種類をフロントに設置し、自由に選ぶことができ、「ぐっすり寝られなかったら料金を返却する」という驚きのキャンペーンも展開している。「当初は200万円の返金をしないといけない月もあった。今でもやっぱり月に20万円くらいはある」。しかし、クレームは"神の声"だと思うという山本。スーパーホテルではクレームのことを「ラッキーコール」と呼び、快く返金に応じることで、クレームを付けた人も次のリピーターになるのだという。
収益を上げながら評判を呼ぶ、ホテル業界の常識を大きく変える戦略で突き進んできたスーパーホテル。山本は自らの仕事の哲学を「感動させること。仕事を通じて感動させる、ということを実現していただきたい」と語った。
(AbemaTV/『偉大なる創業バカ一代』より)