
18日夜、第159回芥川賞の受賞作に、高橋弘希さんの『送り火』が選ばれた。今回の芥川賞は、候補作である北条裕子さんの『美しい顔』に東日本大震災に関するルポルタージュなどとの類似表現が見つかったことでも注目されていた。
発表後、会見を開いた選考委員の島田雅彦氏は「この件に関しては、すでに場外乱闘というか、いわゆる盗用問題ということでネットでもかなりの議論になっているし、参照引用したものの態度というか誠実さが、この場合は問題になろうかと思う。その点については若干、フィクション化への努力というか事実の吟味、あるいはそれをもうちょっと自分の中に取り込んだ上で、換骨奪胎というか、自分なりにフィクションとしての表現に昇華していく努力が若干足りなかったのではないかという意見も出た」とコメントした。

同日放送のAbemaTV『AbemaPrime』に出演した書評家の大森望氏は「"俺たちは文学だから関係ない"という感じで一切触れないという対応も、昔だったらあったかもしれない。しかし島田さんは世の中の動きも見て、ちゃんとコメントしておかなければいけないと考えたのだろう。法律的な問題はないけども、道義的には問題があったと認識しているということだ。すでに選考に入ってからの騒動だったので、なんとも言えないが、『美しい顔』が受賞した可能性は十分あった」と話す。
「高橋弘希さんの『送り火』が選ばれたという結果については、業界の人は納得すると思う。ただ、普段は小説を読まず、純文学雑誌も手に取らない人たちにとっては、何事もなく、普通に終わったかのような結果になってしまった。技術的な点で言えば、明らかに『美しい顔』よりも『送り火』の方が優れているけれど、小説はそれだけではない。いかに心に訴え、読者を揺さぶるかという点で言えば『美しい顔』のインパクト、東日本大震災という題材に突っ込んで行くという、新人にしかできない力強さはあったと思う。普通だったらもう話がついていて、単行本にするときに類似箇所を削るといった対応をしたとも思うが、字面だけ直せばいいのかという意見もある。そもそも小説は何を題材にしても構わないと思うが、震災と、その被災地を取材したノンフィクションの一部を勝手に使ってしまった、さらに様々な点からバッシングを受けることになってしまった」。

大森氏は出版社同士の対立が騒動を大きくしてしまった可能性を指摘する。中でも、講談社の『群像』新人賞を取った『美しい顔』が、新潮社のノンフィクション作品である石井光太氏の『遺体』の表現を無断で引用していたという点が最も大きな対立軸だ。講談社の対応に対し、8bitNews主宰の堀潤氏は「『群像』編集部も北条さんをしっかりと守っているし、書き手をすごく大事にしていることが伝わった。出版社が作家を守り育てること、責任を持って防波堤になってやるという高らかな宣言だと思うと、出版社としての矜持を見せたなと感じる」と評価する。
大森氏は大森氏は「講談社の声明がネット上で大バッシングを受けた。新潮社は”単に参考文献の問題ではない"と声明を出し、ネットの反応を見ながらお互いにことを荒立てるような格好になってしまった。講談社としては"読んでもらえればわかる"ということで全文をネットで無料公開したのだろうが、叩いている人の99%は読まずに"パクリ・盗作""現場に行ったこともないのに書いてひどい"という見方ばかりが広まっている。この現状は、北条さんにとっては非常にかわいそうだ」との見方を示した。
その上で大森氏は「"場外乱闘"が悪いとはあまり思わない」とも指摘、「芥川賞と直木賞を同時受賞する女子高生が主人公の『響 ~小説家になる方法~』という人気漫画があるが、今回の騒動自体、漫画や映画の題材になってもおかしくない。騒動がなければ、震災を題材にしたああいう小説が書かれ、それを書いたのは若い女性で、ということも世間に知れ渡らなかったかもしれない。社会との接点があまりない文学の世界で、芥川賞・直木賞は人々との接点が生まれる唯一といってもいい機会。それを今回のように日本的な決着で何事もなかったかのように流してしまって良かったのかどうか。参考文献から似た表現をパクってくるような作家は候補にすべきではなかったという考え方と、小説の良さ、面白さは別なんだから、そこは別に判断するという考え方の両方があり得ると思う。仮に今回、"受賞作なし"という判断であれば、それはやっぱり『美しい顔』問題のせいだと言われたかもしれない。これだけの騒動にはなったが、みんなが"芥川賞はこれでいいのか"と怒るくらいの方が、文学にとってはためになる。今後、北条さんがデビューした『群像』で大特集を組めば良いいという意見や、単行本は該当箇所を墨塗りで出せばいいという意見もある。本の出し方も含め、むしろ徹底的にやった方がいい」と訴えた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)







