
29日、体操女子の宮川紗江選手と日本体操協会の山本宜史専務理事が相次いで記者会見を開いた。しかし、両者の認識には食い違う部分も多く、大きな議論を呼んでいる。同日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、会見直後にテレビ朝日のスポーツコメンテーター・宮嶋泰子氏とスポーツ庁のスポーツ審議会委員も務める境田正樹弁護士を招き、話を聞いた。
■「速見コーチへの処分はむしろ甘い」
両者の会見からは、速見コーチによる暴力は「あった」という点での一致は見られる。ただ、それがパワハラと呼べるものだったのかどうかについての受け止めは異なるものだった。協会側としては倫理規定に沿って下した判断も、宮川選手にとってはあくまでも厳しい叱責や指導の一環であり、「無期限登録抹消」などの処分も重すぎるという認識となっている。

宮嶋氏はこの2か月間、体操女子を取材してきた。その過程では、速見コーチと宮川選手の様子に違和感を覚えたことがあったという。
「ここのところ宮川選手は怪我や失敗が続いていたので、速見コーチに対する不信感も強まっていた。私も見ていて、"なぜこのようなことをするのだろう"と思うことはあった。試合前日に宮川選手が足を痛めたことがあったが、それは試合へのコンディション持っていき方が悪いということ。そして試合で失敗すると速見コーチがやってきて、その場で2人が睨み合っているのを見かけた。宮川選手も気が強いタイプだが、一体何をやっているのかと思った。40年以上取材をしているが、皆が注目している中でガン付ける選手とコーチは初めて見た。その矢先に暴力問題が出てきた」。

その上で、「速見コーチは普段はとても大人しい方だが、たまにカッとなることもある。協会に意見を寄せたコーチによると、海外での試合中に宮川選手を怒鳴ったり、ちょっとした暴力を振るったりすることがあったという。海外は日本以上に暴力行為に厳しいので、このままだと来年招待状が来なくなるかもしれないと、止めに入るコーチもいたという。確かに昔はどんなスポーツでも殴る蹴るというようなことがあったし、洗脳みたいなことも無かったとは言えない。実際、マラソンの瀬古利彦さんも私の取材に"ある意味、監督に洗脳されていた"と振り返っている。日本のスポーツは、小学校の先生との上下関係から始まるが、外国は横並びで選手とコーチは対等な関係。女子柔道の暴力問題があった時、私は暴力根絶プロジェクトのメンバーとして全柔連に毎日行っていた。山下泰裕さんは"コツン、もダメだ、今が日本のスポーツを変える時だ"と主張した。今では日本全体で2020年に向けて暴力はやめよういうムーブメントになっている。だからこそ速見コーチの行動が目立ったのだと思う。関係者へのヒアリングについても、山本専務理事は会見で"私がひとりひとりに聞いた。高圧的な聞き方ではない"と説明していた。あの方は優しい感じで喋る方だし、きちっとしたヒアリングがされたと信頼している。オリンピックが近いからこそ、こういう膿がいっぱい出てきた。処分するものはしっかり処分するべき」と話した。

境田弁護士は「確かにカリスマ的なコーチによって選手が強くなったという例はどのスポーツにもある。しかし、大阪・桜宮高校での男子バスケ部員自殺事件や、女子柔道代表選手の告発に全日本柔道連盟が対応できなかった問題などを受け、文部科学省が音頭を取って"暴力撲滅宣言"をした。今はどの団体も"本人の気持ちと関係なく、ハラスメント、セクハラは絶対にダメだ、根絶しよう"という方針でやってきた。私もスポーツ審議会の委員としてガイドライン作成に関わったが、ここでいう暴力は、基本的に刑法でいう暴行罪のようなもので、髪を引っ張るという行為は傷害罪に当たるので当然アウトだ。山本専務の対応も、このガイドラインに沿って行われたものだと思うし、いくら宮川選手が暴力を受け入れていたとしても、それは許されないという意思表示だとも受け取れる、むしろ他の協会でこういった処分が出れば、競技に関わる一切の活動停止や除名という判断したかもしれない。今回は宮川選手が未成年だから、親心でそうしたという見方もできるし、その意味では甘い処分だとも言える」と評価する。

一方、両者の会見について「まだ事実関係が詳しく分からないが、大相撲や日大タックル問題などを思い出した。コーチ・監督・選手、それに加えて協会という組織の上層部が絡んでくる。今回もまさに単に選手をケガさせた・させていないにとどまらず、体操協会のガバナンスがおかしいのではないかという疑念に発展してきたという点が、最近の事例と共通するという印象だ」とした。
■"朝日生命"、"大きな力"…塚原強化本部長の"真意"とは
堺田弁護士が指摘するように、宮川選手は会見で「強化本部長の周りには言うことを聞く人ばかり」「権力を使った暴力」という表現を用いて、協会からのパワハラが何度となくあったと主張した。それだけでなく、過去の暴力を理由に速見コーチを排除し、自身を朝日生命に入れる意図が塚原千恵子本部長にはあったと受け止めている。事実、朝日生命の体操クラブには、塚原強化本部長とその家族による「塚原体操センター」が深く関わっている。

これについても宮嶋氏は「"うわー"と思ったのは、"大きな力が働いていたとしか思えない""朝日生命のチームに入れられてしまうかもしれない"という宮川選手の発言。おそらく速見コーチも同じ認識で、2人はいつもこのような話をしていたのだろうと思った」と強調する。
「他の選手もナショナルトレーニングセンター(NTC)が混んでいるときには朝日生命の体育館に練習に行っている。塚原さんは勝負になれば自分の感情を押し殺せる人。私も話を聞いたが、"あの子がちゃんと調子を戻してきて、前みたいに着地できるようになったら私は使うよ"と言っていた。また、今回の世界選手権を最後にしたいという思いもあって、みんなにできる限り良いコンディションでいて欲しいと思っているはず。今回の件で練習にも集中できないという子たちも結構いるので、環境を守ってあげたいという気持ちはあったと思う。塚原強化本部長は確かに朝日生命の体操クラブにも関わっているし、本来はどこにも属さない人が強化本部長をやるべきだろう。しかし、そうなると協会幹部の人たちの経済面にも関わってくるので難しい」。
境田弁護士も「塚原強化本部長が宮川選手を引き抜いて、朝日生命や塚原体操センターの利益につなげようとしているとの見方もあるが、多くのスポーツ団体で財政が厳しく、役員はほとんど無報酬。食べていくために大学の監督などと兼任していることはよくあること。ただ、それが日本のスポーツ界の不透明感を生んでいる面はある」と指摘した。
■"考え方次第"でメダルの可能性も?…宮川選手の今後は
協会は今回、速見コーチに対してNTC出入り禁止処分も課している。しかし宮川選手と速見コーチは以外の別の場所で練習を続けることができる。また仮に宮川選手がオリンピックに出場できたとしても速見コーチは同行することができない。そうした状況も踏まえ、宮川選手は会見で「練習に集中できない」として世界選手権などへの出場を辞退する意向を明らかにした。

宮嶋氏は「世界大会ではコーチに割り当てられるIDカードの枚数は少なく、選手5、6人に対し2人だけという場合もあるので、下位の選手に専属コーチが付く可能性は低い。リオ五輪の時、速見コーチもIDカードをもらえない立場にあった。今回の処分によって、選手村にも入れず、会場の上の方から見ている"村外コーチ"にも務めることはできない。それでも自分でお金を払い、観客のような形で客席から指導することも不可能なことではない」と話す。
その上で宮嶋氏は「"小さい頃から"といっても、宮川選手が小学校5年生からの話で、それまではロシアのラズモフスキーコーチが彼女を作り上げたので、速見コーチが全てというわけではない。宮川選手は今18歳だが、その年頃から大学で今までとは違う環境で花を咲かせる選手はたくさんいる。村上茉愛選手も日体大に入り、環境やコーチを変えて金メダルを取った。速見コーチも教えられないわけではないし、体操協会も他の会場を探して練習することはできると提示している。ナショナルメンバーになれば、外国のコーチからの指導も受けられる。そういうメリットを生かせば、色々なことが可能だが、そこは宮川選手の考え方次第。宮川選手の会見でのしっかりとした喋り方を聞いていると、相当意思も強いと思う。この一件で、速見コーチと一緒にやるという気持ちがより強くなるかもしれないが、バネにして頑張って欲しいと思う」と呼びかけていた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)




