メディアでも耳にする機会の増えた「大人の発達障害」。その裏で苦悩する人が増えている。
漫画家の野波ツナさんもその一人で、その一人で、発達障害のひとつ「アスペルガー症候群」の夫との生活を描いた作品は累計20万部を売り上げた。
夫・アキラさんの趣味は音楽鑑賞、映画鑑賞、読書、SNS。外見は、まじめそう、穏やか、ガツガツしてない、若く見える。内面は、相手の気持ちや周囲の反応を気にしない、言葉通りに受け取り裏が読めない、思ったことをストレートに言う、感情表現が苦手、複数のことを同時にできない、未来の見通しがつけられない、といったものだった。20人に1人の割合でいるという、アスペルガー症候群の特徴を持っていた。
「ただ優しくて良い人だった。今思えば、共感というよりも、私に合わせてくれる人だった」。野波さんは結婚時のことをそう振り返る。
「家の中に入ると、モードが切り替わって自分を解放してしまい、外にいる時のようには振る舞えなくなってしまう。私に対してはずっと"ですます調"。どうしても変えられないと言っていて、強いこだわりだった。また、結婚式に呼ばれ"平服で来てください"と言われた時に、意味を取り違えてセーターとGパンで行って恥をかいた。そういうことが沢山あった」。
野波さんの漫画にも、次のようなシーンが登場する。1万円札を渡し、1000円以内で済む買い物を依頼したが、帰宅した夫から返ってきたお釣りは1000円ちょっと。頼んでもいない買い物をたくさんしてしまった。また、小学2年の子どもの寝かしつけを頼んだが、深夜1時頃に部屋を覗くと、なぜか2人ともテレビを見ていた。「子どもがまだ眠くないって言うから」と、TVを見せてしまっていた。
■「分かってもらえない」「共感してもらえない」…募る悩み
雑誌編集者の夫の言動に、少し変わった部分があると感じてはいたものの、結婚から数年は幸せな生活を送り、2人の子どもにも恵まれた。しかし、社長に不満を抱く夫に対し冗談半分で退職を勧めてみたところ、翌日には本当に会社を辞めてきてしまったり、出産時、陣痛を訴える自分に「このステージ、もう少しでクリアだから待ってください」と言ったりするなど、「夫に分かってもらえない」「共感してもらえない」という悩みを抱えるようになっていった。
心身共に辛くなってきたのは、2人目の子どもが生まれ、育児が大変になってきた時期だという。「言わないと助けてくれない。こんなに大変でバタバタしているのに、というところから段々始まった」。結婚14年目に入った頃、心身の不調を自覚するようになる。「2年間で10キロくらい痩せて、骨が浮いてきちゃった。それでも夫は心配してくれないし、こんなに悲しいのに誰にも言えないという思いが積もっていって、孤独だった。死にたいというか消えたい。私自身の存在がなくなってしまえば良いのに、とずっと思っていた」。
「どれだけ訴えれば伝わるの?私と話したくないから黙っているの?」。漫画には、そんな悲痛な叫びも描かれている。
3年後、通院した夫・アキラさんのアスペルガー症候群が発覚する。「アスペルガー症候群なんて聞いたこともなかった。子どもの頃に何か診断されたわけでもないし、普通に学校にも行っていた人なので、まさかそんなことあるわけないと。疑ってもいなかった。ある時、インターネットを見ていて、"これかもしれないよ"と話すと、夫は"僕のことが書いてある"と喜んだ。不思議に思っていた個性のことがわかったので、すっきりした。これで夫も自覚し、生活が変わるのかなと思ったが、結婚から17年も経っていたので、すぐには変わらなかった。期待してしまった分、揺り戻しで体調がさらに悪くなってしまった」。
■"あなたがそれでいいなら、僕もそれでいい"…すれ違いの末、別居
翌年、野波さんとアキラさんは別居することになる。「借金で家のローンが払えなくなり、家を売るしかなくなったというのが直接の理由。私は悲しみもしたし悩みもしたが、彼は感情が動かなかったようだ。"あなたがそれでいいなら、僕もそれでいい"、と」。
そして野波さんは、自身が「カサンドラ症候群」ではないかと考えるようになる。「カサンドラ症候群」の語源はギリシア神話に登場する人々から決して信じてもらえない預言者・トロイの王女の名前で、自己評価の低下・動悸・不眠といった抑うつ・自律神経失調症の症状を呈し、身体・精神共に不調に陥る状況を指す。
自助グループ「フルリール」代表で心理カウンセラーの真行結子氏は、「大人の発達障害がマスコミで取り上げられる機会が増え、それに伴ってカサンドラ症候群の認知度も上がってきた。それで夫婦関係がうまくいかない、コミュニケーションが取れないということに悩む女性の中に"私もカサンドラかも"と思う人が増えた。ただ、正式な病名ではない」と話す。
「夫がアスペルガーだったからといって、全ての妻がカサンドラになるわけではない。夫婦関係を良好に保っていくにはお互いが向き合うことが大事で、夫に自己認識があり、妻に寄り添う姿勢があれば、恐らくカサンドラにはなりにくい。奥様の気持ちに寄り添って、自分も変わっていこうという方もいらっしゃる一方、ご自身に発達障害があるという認識を持っていない夫も多い」。
■同じ苦しみを持つ女性たちとの対話で回復の可能性も
死を意識するほどまで苦しんだ野波さんを救ったのは、同じ苦しみを持つ人たちとの対話だった。
同じような状況に悩む女性たちが集まり、「夫は専門的な仕事をしていて、会社で誰も取れなかった資格をボンボン取っていく。すごいなと思っていたが、ゴミの分別もできない」「会話がキャッチボールにならない。返ってこないので、こちらからも話しかけなくなってきてしまって、感情がなくなってしまう。私の言葉はシャボン玉だと思うようにしている」。
現在は回復傾向にあるという野波さん。別居中の夫からの共感は得られなかったが、「本を書いているので、本を書きながら自分で自分をセルフカウンセリングしているようなところもある」と話す。
「4つのステップに分けて考える。まず1つ目が"自分のことを知る"。次に心と身体の両方を元気にすること。自助グループに参加したり、病気を治したり。その次に"夫の特性を知ること"。アスペルガーと言っても、100人いたら100通りなので、自分の夫がどんな人なのか良く知っておく。最後に、自分を見つめ直して、"自分の中の当たり前"を変えていく。私の場合、夫とは"OSが違う"という結論になった。私には、夫の中身は文字化けして見える。でも夫としてはそれがちゃんとしているということが分かった。そんな夫を変えようと思わないということがポイント。夫は変えられないから、自分を変えようというのが最後のステップ。症状が必ず良くなるとは断言はできないが、情報得たり、知識のある人のカウンセリングを受けたりすることで乗り越えられる可能性はある」。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
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